第二話『先のない未来』
カズキの冷めた口調。その中に隠された『脅えや恐怖』を敏感に感じ取ったトーカは落胆したようなため息を吐く。
だが、それも仕方のないことだった。
いくら戦う力があろうと戦う意思のない兵士をここに置いとくわけにはいかない。
いても邪魔なだけだ。
そう判断するのが一つの部隊を預かる彼女にとって正しい選択。
正しい選択であるはずなのだが――
(教育者として……いや、私個人としてはどうだろうな……)
臆病だから排除する――では学院のメンツは保てないだろう。
何より、今、この場でカズキ=アスカという才能の原石を捨てるのはあまりにも惜しいのではないか?
曲がりなりにとはいえ学院最高クラスであるSSランク達成者とあらば尚更だろう。
それに――
(あいつとの約束もある)
半年前に交わした親友との約束が脳裏を掠める。
冗談半分みたいな約束だったが、それでも親友の最後の我が儘だ。簡単に破りたくはない。
一人の教育者としても、そしてトーカ個人としてもこのままカズキを切り捨てるという選択肢を選ぶことが出来そうになかった。
(……仕方ないか)
そこまで考えたトーカはゆっくりと口を開く。
「ところでアスカ、お前はこれからどうするつもりだ?」
「え? どうするってもちろん働きますよ。でないと生活が出来ませんから」
カズキの言い分はもっともだ。
働かざる者食うべからず。
それはどこの国でも万国共通で、働き口がなければろくに食って生活することもままならない。
だからカズキのように学院を辞めて手に職を持って働くという考え方そのものは悪くないだろう。
ただそれは――『余所の学院の話』ならだ。
「そうだな。その考えは正しい。だが――お前は働くどころかロクに仕事を見つけることも出来ないだろうな。断言してもいい」
そう言い切ったトーカにカズキは眉をピクリと動かした。
「なぜ、そう言い切れるんですか? その根拠は?」
「もちろんあるに決まっているだろ。お前はこの学院を途中で退学した生徒の進路を知っているか?」
「え……? いえ、知りません」
「だろうな。知っていれば退学なんてこと喜べるはずがない。言っておくぞ。この学院を辞めた生徒の働き口は無いにひとしい。一生ニートのまま生涯を終える生徒がほとんどだ」
その言葉を聞いたカズキの顔が明らかに動揺した。
「まあ親のすねをかじって生きていく生活は楽でいいだろう。だが、お前は違うよな?」
「――ッ!」
その強張った表情を見て一瞬ばかり罪悪感を抱くか、トーカはそれを押し殺す。
今のカズキには頼れる身内は一人もいない。
そのことを突きつけられたカズキに平静を装えるはずがない。その隙にトーカはさらに外堀を埋めていく。
「そもそもお前たち『戦闘科』の学生は『魔導士』になるためにこの学院で生活している。もちろんその講義内容はいかにして魔族に勝ち、生き残るか……その一点に絞られていると言っても過言ではない。故に本来なら学ぶべき一般教養のそのほとんどをお前は身につけていないんだ。
そんな状況で社会に出ても爪弾きにあうだけ。なにせもっと優秀な人材は大勢いるからな。それに退学者という学歴がどうしてもついて回る。その点だけ見ても継続力のない人材だと判断されかねない。だからこそこの学院を途中退場した生徒達はろくな仕事に就くことも出来ず結局親に泣きつくしかなくなるわけだ」
この学院を退学した生徒の行く末を聞かされたカズキの顔は真っ青に青ざめていた。
無理もない。
頼れる家族がいない少年だ。
その未来が路頭に迷う生活しか無いと言われればその反応は至極当然のこと。
事実、カズキのように頼るべき身よりも無く学院を去った者の中には犯罪に手を染める者も大勢いる。
犯罪に手を染めた『元魔導士』同士が手を組み、昨今ではテロ組織まがいな事件も起しているくらいだ。
その組織の弾圧も『帝国魔導士団』の仕事の一つだが、今はそこまで話さなくてもいいだろう。
重要なのは今、このまま学院を去ることが間違いだとカズキに認識させることなのだから――
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