第二十八話『イノリの独壇場』
カズキがイノリの正式な『テスト魔導士』となって数日、数人の『学生魔導士』が自主的に訓練に明け暮れる訓練場の一角をイノリとカズキが陣取っていた。
第五訓練場のように特殊な設備があるわけでもなく、最低限の施設保護と魔導士保護の装置だけが置かれたここ第一訓練場にはカズキのような『テスト魔導士』はただの一人もいない。
己の訓練を邪魔されて眉間に皺を寄せる『学生魔導士』は全員が戦闘専門の魔導士――『戦闘科』の面々だ。
言うなればこの第一訓練場は『戦闘科』の生徒――とりわけ高ランクの依頼に挑めるエリートだけに与えられた訓練施設。暗黙の了解ではあるが、ただの『戦闘科』――ましてや『総合科』の生徒が使っていいような場所ではないのだ。
であるのに、イノリがこの訓練場を選んだ理由は至極単純。
施設の広さに対して、使用する学生の数があまりに少ないからだ。
言ってしまえば無駄に有り余っている訓練場の一角を間借りしただけ。他の訓練場では生徒がごった返し、禄に場所も取れなかった。この第一訓練場は他の訓練場を利用する生徒が額に青筋を立ててしまいそうなほどに、見事に閑散としたものだった。
それを知りながらも他の学生がこの場所を使わないのは、この第一訓練場を優先的に使うエリート様が放つ無言のプレッシャーに耐えきれないからだろう――とイノリは推測していた。
そして、そのプレッシャーはイノリの前では何の効果も示さない。イノリ節炸裂だった。
『そんなこと知ったこっちゃないんですよ』
その一言と共に冷水のように浴びせられたエリート面すら黙らせる氷河の如く鋭い視線が一瞬でも彼らを黙らせたのは記憶に新しい。
『戦闘科』というのは無駄にプライドの高い連中の集まりだ。そんな彼らが一瞬でも気圧された上に、「それがルールだろ?」と第一訓練場の所有権を主張したところで、理路整然と捲し立てられたイノリの反論の余地すらない正論の前にあっさりと踏みにじられたとあっては、彼らの無駄なメンツを保つ為にも、イノリとカズキの行動を黙認するしかなかった。いわゆる触らぬ神に祟りなし――というヤツである。
もっとも、イノリはそんな彼らの意思の弱さに呆れて物も言えなかった。たかが女の言葉一つで尻込みするな! と深いため息と共にイノリ達に背を向ける自称エリートを冷めた目で見返したものだ。
男なら意地と根性で己の意思を貫いて見せろ! とその目が、口が、体中から発される不機嫌さが如実に語っていたのは言うまでもない。
そんな経緯で無事、誰からも邪魔される事のない訓練場所を手に入れたイノリとカズキだったが、それでもまだイノリには頭痛の種がある。
それは、今、目の前で阿呆の様に《黒銀》で素振りしているカズキのことだ。
カズキも当然、第一訓練場の暗黙の――を知っており、イノリがこの場所に躊躇なく突撃した時は大いに肝を冷やしたものだが、今ではその暗黙を気にした素振りはない。
ただ一心不乱に剣を振う男。輝く汗をまき散らし、空虚な熱意に燃える瞳は端から見れば、さぞや清潔感溢れる好青年に見えた事だろう。
イノリにしてみれば滑稽でしかなかったが……
「ぐ、おぉぉぉっ!」
「はい、は~ち、きゅ~う……ほら、ラスト一回ですよ。諦めないでください」
裂帛の気合いと共に《黒銀》を打ち下ろしたカズキに気の抜けたかけ声をかける。
今日の素振りは二桁に届くがどうか――その最後の一刀をカズキは真剣な表情で打ち下ろし、イノリはしょうもない物を見るのような興味の欠片もない視線を送る。
「ど、りゃああああああ!」
「じゅ~う……はい、お疲れ様です」
最後の素振りで精根尽き果てたカズキは《黒銀》をその場で取りこぼし、ガシャン! と盛大な音を響かせる。ついでにその豪快な音にエリートの苛立ちもマックスだ。
イノリは如何にも事務的な口調で訓練の終わりを告げ、眼鏡型の《魔導器》――《へカーテ》を覗き込む。
この《へカーテ》のレンズには対象となる魔導士の魔力量や脈拍など――身体バイタルを映し出す他、《魔導器》の出力、安定性、持続力など、必要な情報をインプットする事で自動的にデータを取ってくれるという優れものだ。
その気になれば、この眼鏡で相対する魔導士の魔力も測定出来――『馬鹿なッ! これほどの魔力を!?』みたいな夢が詰まった測定器にもなり得たりする実にロマン溢れる《魔導器》だ。
イノリは赤いフレームの眼鏡をクイっとあげ、カズキの魔力を軽く測定する。
身体強化に全力の魔力を注いだせいか微弱な魔力量しか検出されない。
数値でいえば『魔力量 10』といったところか……
魔力は生命力そのものとも言えるエネルギー体であるため、いかにカズキがこのたかが十回の素振りで疲弊したかが見て取れる。
因みに、全快のカズキの魔力量はこの《へカーテ》では測定する事が出来なかった。本当に化け物クラスの魔力だ。
イノリはとりあえず《へカーテ》が記録した映像を保存する。後に部屋に備付けられた大型の記憶媒体用魔導器に記録を保存するのだ。
魔導技師が試作段階の《魔導器》のデータを取る常套手段で、実際にイノリもその方法を採用しているが――
このデータが《黒銀》に生かされることはまず無いだろう……
「……まったく、だらしない」
呆れて物も言えないイノリは汗だくで死に体のカズキの体に言葉で鞭を打つ。
ギロリと鋭い剣幕でイノリを見返すカズキ。言葉による反論は一切なく、体はピクリとも動かない。
魔力欠乏に加え、重度の筋肉痛がカズキの体を蝕んでいるのだろう。
歩けるだけの体力を回復させたらすぐに医療用魔導器に向かわせる事を視野に入れながらイノリはさらに言葉による責めを続ける。
「いつになったら本格的に試験を始める気ですか? ここ数日、たった数回の素振りに付き合わされる私の身にもなって下さい。まったくいい迷惑ですよ」
「ふ……ざ、けんな、よ……無茶苦茶重たいんだよ……この剣……」
イノリは床に放り出された《黒銀》を手に取ると、重さを感じさせない素振りで身に合わない大剣を担いだ。
カズキに向ける挑発めいた視線が『こんなに軽いのに?』と馬鹿にしていたのは言うまでもない。
カズキは苦虫を何回もかみ殺した様な屈辱的な表情を浮かべ、プイッとそっぽを向く。
「はい、はい、俺の力不足ですよね……」
「ええ、その通りですよ?」
ふてくされたカズキの言い分を真っ向から肯定するイノリに「ぐっ」とうめき声が漏れる。当然出所はカズキの喉だ。
イノリは丁寧に《黒銀》を回収すると大の字になって横たわるカズキをジト目で見ながら、「どうして、こんな馬鹿に頼っているのだろう?」と己の選択に首を傾げるのだった――
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