第二十七『欠陥品にしか見えない最高傑作』
「まったく……ひどい目に遭いましたよ……誰かさんのせいで」
不機嫌を隠そうともしないイノリの前でカズキは正座で座らされていた。
これはもう言い分けのしようがないほど全面的に100%カズキが悪い。
女の子の下着をマジマジと見たのだ。
女の子の下着なんて姉の洗濯物を干している時くらいにしか見たことがない。
ましてや着用時なんて――
その光景を思い出したカズキの顔が真っ赤に染まる。
「……なに考えているんですか?」
「な、なにも!」
「嘘ばっかり。どうせ破廉恥なことでも考えていたんでしょ、この変態」
「……出来れば変態呼ばわりは……事故、みたなものだろ?」
「事故? 何を言っているんですか。あなたは覚悟を見せると言って、私のスカートを捲り上げたんですよ? とんだスケベ野郎ですね」
「う……」
そう言われると返す言葉がない。
ただ、イノリに認められる覚悟を示す。
そのことだけを考えて魔力を漲らせたのに、どうしてこんなことになってしまったのか……
正直、ひと泡吹かせたいとも思っていたので、これはこれで大変満足出来る結果だったが……
それにこの事故が起きてしまったが故に、それまでの険悪な空気が霧散してくれたことも素直に有り難い。
まあ、針のむしろであることには変わりないが……
「……まあ、いいですよ。挑発した私にも責任の一端はありますから」
「そう言ってもらえると助かる」
「ええ、この借りは高くつきますよ?」
ニッコリと笑うイノリにカズキは引きつった笑みを浮かべることしか出来ない。
イノリの笑っていない笑顔に嫌な予感しか感じなかった。
「ちょっと、待っていて下さい」
イノリはそう言い残して部屋の奥へと向かった。
その数分後、ガサガサと何かを物色する音に、ガシャンガシャンと鳴り響く金属音。
一体なんの準備をしているのだろうか……
(もしかして……パンツを見た仕返し……とか?)
十分あり得そうだ。
イノリなら、カズキのアレを正当防衛を称して去勢する可能性だってあり得る。
いや、彼女の性格からして、その可能性は高そうだ。
イノリが顔を出した瞬間に土下座をすることも視野に入れながら、カズキは落ち着かない様子でイノリが戻ってくるのを待った。
そして――
「待たせてしまって済みません。ちょっと取り出すのに時間が――……って何をしているんですか?」
「い、いや……土下座?」
イノリが巨大な大剣を片手で運んできた光景を見た瞬間にカズキは地面に額を押しつける勢いで土下座していた。……なんとも情けない光景である。
「何をやっているんですか。顔を上げて下さい」
「お、おう……」
顔を上げたカズキは恐る恐るイノリの手に握られた剣を視界におさめる。
どう見てもカズキの身の丈以上ある巨大な刀身。
反り返った刃はまるで包丁をそのまま巨大化したようにも見える。もっと近いもので例えるなら『牙』だろうか?
鍔はなく、柄と刀身が一体になった剣。その刀身の根元には拳ほどの大きさをした水晶――『疑似魔術炉』が埋め込まれている。
驚くべき点はいかにも超重量を誇るその大剣をイノリは涼しい顔で片手で持ち運んでいる点だろうか。
「えっと、それは……?」
「……一応、約束ですからね」
イノリはそう言いながらカズキの前にその大剣を置いてから呟く。
「約束?」
「ええ、《グレイビル》が発動出来たら、アスカにテスターを頼んであげてもいいと約束したでしょ?」
「……まさか、その剣が?」
「ええ。これが私の最高傑作――《黒銀零式》です」
そう言って満足げな表情でイノリは胸を張った。
カズキは冷や汗を流しながら、目の前に置かれた剣と呼んでいいのか疑わしい大剣に視線を落とす。
(これが、最高傑作だって……?)
この無骨な剣が?
どう見たってまともに振れる剣じゃないだろ。試しに柄に手を伸ばしてみたが軽く力を入れても微動だにしない。
想像以上の重さだ。
(無理無理。これは無理だって……)
これはもはや武器じゃない。武器としての常識を凌駕した何かだ。
黙り込んだカズキにイノリは満足げな表情で《黒銀零式》を説明していく。
「いいですか? この剣には私の持てる全ての技術を注ぎ込んだんですよ? 剣には《零刻式》にも使われた最高高度を誇るオリハルコンを使用しているので、並大抵の魔力や攻撃にも屈しません! そして、《黒銀》の能力ですが、なんといっても従来の《魔導器》にはない機能を備えていることですかね。その一撃はあらゆる敵を薙ぎ倒す最強の一撃となることでしょう! どうですか? 《黒銀》を握ってみた感想は? この力強さに打ち震えましたか?」
「うん……震えたよ」
別の意味で。
実のところ、イノリの説明はほとんど頭に入ってこなかった。
カズキの思考を埋めていたのは、ただひたすらに困惑だけだった。
イノリの言った言葉が何一つ理解出来ない。
これが本当に最高傑作なのか?
言いたくはないが、これは間違いなく欠陥品だ。
今だってそうだ。
ほとんど全力で持ち上げようとしているのにまったく持ち上がる気配がない。
この剣をイノリが軽々と扱っていたのは、恐らく《グレイビル》の能力を使っていたからだろう。
念動力の力を借りず、この剣を持ち上げようと思ったら、まず魔力で肉体を少しでも強化しなければならない。
仕方なく魔力を全身に纏わせ、肉体を強化させる。
この強化は魔導士なら誰にでも出来る基礎的な技術だ。魔力を纏って身体能力を押し上げるようなもので、魔導士は魔力を纏うだけでニュートラルの状態から三倍ほどの比率で肉体を強化することが出来る。
カズキの場合、魔力そのものが桁外れなので、比率は十倍にも跳ね上がることがある。もっとも魔力操作が下手すぎるせいで波がありすぎるが……
因みに今の強化具合は一般の魔導士と同じ三倍だ。
カズキはその『強化』を使って、さらに両手で柄を握りしめる。
全身の筋肉を躍動させ、腰に力を入れながら、どうにか《黒銀零式》を持ち上げることに成功した。
が――
(お、重てえええええええええ!)
強化して持ち上げてなお、カズキは全身にびっしりと嫌な汗を浮かべていた。
足が震え、まともに立つことが出来ない。持ち上げているだけで体中の体力が奪われていくようだ。
どうにか《黒銀零式》を肩に担いだカズキを見て、イノリは満足げに頷いた。
「どうやら背負うことくらいは出来るみたいですね」
「……な、なんとかな」
正直、担いでいるだけで辛い。
担いだ肩がミシミシと嫌な音を立てる。折れていないのが不思議なくらいだった。
見るからに一杯一杯のカズキにイノリは驚愕の一言を投下した。
「では行きましょうか」
「は? い、行くってどこに?」
「訓練場ですよ。データを取らないでどうするんですか?」
「で、データ取るの?」
「ええ。せっかくですから、一つだけ課題を済ませてしまいましょう。アスカはそのまま《黒銀》を担いで持ってきて下さいね」
「……」
「頑張って下さいね? テスターさん?」
イノリの見せる笑顔が悪魔の微笑みに見えてならないカズキだった――
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