第二十六『ふしだらな覚悟』
「つまり、イノリの作ろうとしている武器は、大勢の『魔導士』に対してじゃなく、たった一人の『魔導士』の為に作ろうとしているのか?」
カズキは驚愕の表情を隠そうとせず、イノリに尋ねた。
当の本人はどことなく満足げな表情を浮かべ、首肯する。
「大ざっぱに言えばそうですね。理想は魔王を倒せる力と知恵、覚悟があることです。あと、王子様のようなイケメンである事は絶対に譲れません。包容力があって誰にでも好かれて、それでいてたった一人の女の子為に全てを投げ出せるような男性がいいですね。経済力があると申し分ありません。あ、白馬に跨がってというのも追加しましょう! 因みに――」
「ちょ、ちょっと待て! 条件が厳しすぎないか?」
「何を言ってるんですか? 英雄ですよ? 理想は高くしないと」
「いくら何でも高すぎるって言ってんだ。それに誰にでも好かれるのに一人の女の子しか選べないって、後ろから刺されるような状況になりかねないぞ!」
「はあ? 浮気なんてダメですよ。そんなの英雄以前に人として問題がありますね」
「何もそこまで言って無いだろ? ほら英雄色を好むって言葉もあるくらいだし……」
「浮気を容認しろと? ダメですね。私の英雄なら私だけを選んでくれないと」
「どうして君の英雄になってるんだよ?」
「当たり前じゃないですか! 私が英雄に助けて貰うお姫――って! 何を言わせるんですか、アスカは!」
「君が自爆したんだろ!」
真っ赤になって怒鳴りつけるイノリに思わず気が滅入る。
一見、現実主義者に見えるが、実はかなり夢見がちな少女なのではないだろうか?
頭を掻きながらカズキはぼやく。
「つまり、君はその厳しい条件をクリアした人にしか扱えない《魔導器》を作ったわけか……」
その条件じゃ、確かに誰も起動出来ないわけだ。
誰も起動出来なかった理由に思い至り、カジキは盛大にため息を吐く。
(もっと、マシな条件にすれば失敗作なんて言われずに済んだだろうに……)
思わず憐憫の視線をイノリに向けてしまい、カズキの視線に気付いたイノリが不機嫌そうに眉を寄せる。
「何を言っているんですか。《グレイビル》を使うだけなら、そこまで条件は厳しくありませんよ。そもそも《グレイビル》は言ってしまえば試作機ですから」
「試作?」
「ええ。実は《零刻式》を分解してみて分かったのは外装に使われている金属くらいなんですよ。もちろんブッラクボックスにも手を出してはみたんですけど、ほとんど解析することが出来ませんでした。私では《零刻式》を再現することは出来ないでしょうね」
「え? そうなのか? けど《グレイビル》は確かに発動していたよな?」
「ええ。《グレイビル》の核――『疑似魔術炉』は恐らく、ブラックボックスの中に組み込まれているんでしょうね。なら話は簡単じゃないですか。ブラックボックスを別の《魔導器》にそのまま移植すればいいんですよ。言ってしまえば今の《グレイビル》は私が開発した装甲に耐えられるか確認する為の試作機なんですよ。因みに、ブッラクボックスはほとんど解析出来ませんでしたが、それでも、一つだけ解析出来た機能があるので、それを私なりにアレンジしたものを搭載させた実験機でもありますね」
「つまり、《零刻式》の劣化版ってことになるのか?」
「む……その言い方はしゃくに障りますが、簡単に言えばそうですね。言っときますが《グレイビル》を操作出来なければ私の《魔導器》を動かすことなんて絶対に出来ませんよ」
「……なるほど。《グレイビル》を動かすことが出来れば俺は君の『テスト魔導士』にふさわしいってことだな?」
「――は!? ま、まあ、そうですね。万が一にでも動かせたらならその時はアスカに『テスト魔導士』をお願いしてあげなくもないですよ」
「その言葉、確かに聞いたからな」
カズキはニヤリと口元を吊り上げた。それを見たイノリは顔を青白くく染め、ぞわりと身震いしていたがカズキは一切に気にしない。
言質はとれた。あとはこの《魔導器》を発動させるだけだ。
カズキがブレスレットに意識を集中させる中、イノリが戸惑いがちに呟いた。
「……まさかとは思いますが、アスカのお願いって私のテスターになることなんですか?」
「ん? そうだよ。それが俺の用件」
「はぁ……意味が分かりませんね。私の《魔導器》は誰にも発動出来ないことは分かっているはずですよね? なのに、テスターになろうとする――バカですね」
「バカじゃないだろ!? まあ、最初は嫌々だったことは認めるよ。そもそも俺はもう『魔導士』なんて目指していないんだ。このまま退学になったって構わなかった」
けど、二アの持つ《魔導器》を見て、イノリの手がける《魔導器》を見たくなった。
彼女の力は必ずこの戦いをいい方向に導いてくれるものだと確信出来たからだ。
もし、本当に英雄が誕生したなら、それはきっと素晴らしいことに違いない。
それに――
カズキには無理でも残されたデータを元に、いつか現れる英雄の為にイノリが《魔導器》を完成に導いてくれるなら、『魔導士』から逃げたことに後悔しないで済みそうだった。
言ってしまえばただの言い逃れにすぎない。『俺はただ逃げたんじゃないぞ』と自分に言い聞かせる為の建前だ。
そんな打算的な考えを見抜いたのか、イノリの表情が陰る。
「……なんですか? それ……ならどうして、アスカはまだこの学院に残っているんですか?」
「え……?」
「魔導士を辞めたいなら辞めればいいじゃないですか。実際にこの学院を去る生徒だって少なくないんですよ。さっさと辞めて戦いから逃げて、親のすねでもかじって生きればいいじゃないですか」
「それは……」
「なんですか? こんな下らない理由でこの学院にしがみつくなんてみっともないったらありゃしない。『テスト魔導士』は逃げ道じゃないんですよ」
「……わかってるよ」
異様な程に的を得たイノリの口撃にカズキは引きつった表情を浮かべながらも、小さく首を振った。
これ以上は不味い……理性の歯止めが効かなくなりそうだった。
心の奥底からドロドロとした黒い感情が溢れ出し、カズキの精神を犯していく。
「いいえ。わかってませんね。だから退学になっても構わないって思えるんです」
「……」
ああ、そうだ。
退学になったって構わない。
総合科に席を置いたのは卒業後の進路が自由に決められるからだ。
けど、どうして、イノリにそこまで言われないといけない?
イノリはカズキの後悔も絶望も――恐怖も何も知らないのに……
戦いが怖いと思って何が悪い?
もうあんな思いをするくらいなら――逃げたっていいじゃないか。
「アンタに――何が分かるんだよ」
「……はあ?」
気付いた時にはもう手遅れだった。
カズキは憤りをぶつけるように声を張り上げる。
「アンタに何が分かるっていうんだ! いつ死ぬかわからない世界で、何もかもを失って、大切な家族すら見殺しにして……圧倒的な力の差を見せつけられて……怖いって、逃げたいって思っても仕方ないだろ? 後方で《魔導器》を開発しているだけのアンタにはわからない世界だ。戦場では今、この瞬間も誰かが死んでいるんだぞ! 死ぬことが怖いのは悪いことか? 仲間が目の前でやられて、怖じ気づくのは悪いことか? 戦いから逃げ出すのは悪いことなのかよ!」
「……悪いですね」
「お前……ッ!」
咄嗟に食いしばった唇の端から血が覗く。
カズキは必死に感情を押しとどめる。そうでもしないと今にもイノリを殴り飛ばしてしまいそうだった。
溢れた怒りが魔力となってイノリに圧しかかるが、イノリは涼しい顔を浮かべている。
いや、それどころか挑発しているようにさえ見える笑みすら携えていたのだ。
「そうやって、安全な場所で吠えて何になるんですか? それで誰かが救われるとでも? 笑わせないで下さい。今のあなたには誰も助けられない。戦うことなんて出来やしないんですよ。逃げることが悪いなんて言いません。尻尾を巻いて逃げるのが悪いんですよ。必要なのは覚悟です。戦う覚悟。守る覚悟。生き抜く覚悟。今のあなたにはそれすらない。だから悪いんですよ」
「アンタに何が分かる?」
「わかりますよ。あなたには覚悟なんてこれっぽちもない。その証拠にほら。恐怖に怖じ気づいて私の《魔導器》を発動出来ていないじゃないですか。言っておきますけど、私たちも遊びじゃないんですよ。《魔導器》開発が安全だとでも? 『テスト魔導士』が安全だと本気でそう思っているんですか? いい機会だから教えてあげますよ。総合科で事故にあって死亡する生徒の数はあなたのいた戦闘科と同じくらいです」
「……」
「安全なわけないでしょ? 兵器を作っているんですよ? どんな事故に遭うかわからない。いつ《魔導器》が暴走して技師を、テスターを巻き込むかわからない。こっちも死と隣り合わせなんですよ。いつ死ぬかわからない恐怖が私にわかるか? ですって? 笑わせないで下さい。あなたこそその恐怖を本当に理解しているんですか?」
「く……ッ!」
カズキは勢いに任せてイノリにブレスレットをつけた腕を突きつけた。
念動力の力を使えば、イノリを吹き飛ばすことだって造作もない。
警告のつもりでカズキは魔力を高めていく。
カズキの愚行を見たイノリの視線が険しいものとなり、嫌悪を隠そうともしなかった。
「……最低ですね。言葉で叶わないとわかれば力ですか? それでどうするんです? あなたにその覚悟があるんですか?」
「くそったれ……確かにアンタの言う通りだ。今の俺に戦う覚悟なんてないさ。認めるよ。アンタは正しい。アンタの言うことは全て正論だ。けど、それで納得出来るほど人は強くない」
「ええ、それで?」
「だから、見せてやるよ。俺の覚悟を――」
散々言われてむかっ腹が立つ。どうしてこんなにイライラするのかわからない。
いや、彼女の言葉が全て真実だからか。
言い分けのしようがないほど正確で、正論で、だから胸に突き刺さる。
だから見せつけてやる。正論だらけの言葉でも、彼女の言葉が正しくても、カズキにだって譲れない覚悟の一つくらいある。
カズキの中にある覚悟――決意とも呼べるそれは、散々言いたい放題のこの女にひと泡吹かせてやりたいという下らない意地でもあった。
その為にはどんなことがあっても彼女の側にいなければならない。意地でも彼女の《魔導器》を完成させて、今の言葉を撤回させてやりたかった。
その為の覚悟が今、カズキの中に芽生えたのだった。
「見せてやるよ――《グレイビル》!」
直後――
一陣の風が吹いた。
あまりにも弱々しいそれは意思を持ってイノリに吹き付ける。
《グレイビル》によって発動した風が彼女の体を撫で――
「――へ?」
「……あ……」
予想外の事態を引き起こしたのだ。
風は彼女のスカートを巻き上げ、カズキの視界に白い逆三角形の布地を晒しだした。
その瞬間、カズキもイノリも顔を真っ赤に染め、互いに言葉を失った。
「え……ちょっと!」
イノリは慌てて、スカートを押さえ込むが未だに風が吹き荒れるので、その行動に大した意味はなく、白いレースのパンツが見え隠れする。なんとも心臓に悪い光景だ。
カズキは棒立ちのまま、その姿に目を奪われ――
鋭い視線で睨んで来たイノリにドッと嫌な汗を流していた。
「……ちょっと、何してるんですか! さっさと《グレイビル》を止めて下さい!」
「え……っと、これってやっぱり俺のせい?」
「当たり前じゃないですか! この変態!」
「け、けど……どうしたら止まるんだ?」
「魔力を押さえれば止まるでしょ! そんなこともわからないんですか!」
言われてカズキは慌てて魔力を止めるのだった。
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