第二十四話『零刻式』
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「こ、これ……《零刻式》か……!」
あまりの動揺ぶりにブレスレットを取りこぼしそうになる。
それほどまでに貴重な《魔導器》なのだ。
「ええ、そうですよ」
何でもないように呟くイノリに思わず戦慄を覚える。
「れ、《零刻式》がどんな《魔導器》か知っているんだよな……?」
「当たり前じゃないですか。この世界で初めて《魔導器》を開発した帝国魔導士団零番隊隊長レイジが制作した世界に十三機しかない《魔導器》のことですよね?」
「そうだけど……それだけじゃないさ……」
「それも知っていますよ。今、魔導士に普及している《帝国式魔導器》と違って、《零刻式》の基幹部は全くのブラックボックス。レイジだけにしか造れない《魔導器》で、最大の特徴は――」
「シンプルな能力故に強い。そして、何よりも《魔導器》の強度が《帝国式魔導器》よりも遙かに強い」
「……あなたも知っているんじゃないですか」
「知っているさ。魔導士なら誰でも知っている。十三機しか存在しない貴重な武器ってこともな。それに――」
《零刻式》は唯一、カズキの魔力に耐えられる《魔導器》だ。知らないはずがない。
そして、その《零刻式》のほとんどは現在、帝国魔導士団の隊長が所持している。
まず、こんな場所でお目にかかれる代物ではない。
「どうして、これほどの《魔導器》を……?」
「……父が入学祝いにくれたんですよ。コレを使って勉強しなさいって。元々はお爺様の形見だそうですよ」
「お爺さんの?」
「ええ、ヴァレンタイン財団は今でこそ《魔導器》開発を中心に活躍していますが、その発端を作ったのは当時、帝国魔導士団で隊長を務めていたお爺様がつくった《魔導器》の研究施設なんですよ。魔導士を引退した後も、研究の役にたつと考えられてこの《グレイビル》を父に渡したそうなんですが……」
「上手くいかなかったんだな?」
「ええ、そうですね。《零刻式》の心臓部はブラックボックス。誰も《零刻式》の心臓部を調べることが出来ずに、今ではもっぱら《帝国式》の開発に力を入れています。言ってしまえばいらなくなったお下がりを貰っただけですね」
「いや、それでも《零刻式》を譲るなんて普通じゃ考えられないよ」
「……うちの親はその辺りがバカなんですよ。量産出来てそれでいて安定性があればそれでいいと思っている親です。開発も出来ない、解明することも出来ない兵器に命を預けたくないんですよ。まったく、これだからうちの《魔導器》は強度が弱いとか、金に取り憑いた亡者とか呼ばれるんですよ」
イノリは苛立ちを隠さずに悪態をついた。
ヴァレンタイン財団の《魔導器》は現在出回る《帝国式魔導器》の二割近くをしめている。
《帝国式魔導器》の心臓部である『疑似魔術炉』は魔導技師に公開されており、認可を受けた魔導技師なら誰でも制作出来るのだ。
大勢の魔導技師が腕を競い合う中で実に二割のシェアを占めている――その莫大な利益がここまでヴァレンタイン財団を大きくし、今でも新たな《魔導器》開発に取り組める豊富な人材、資源や財力などの活力をもたらしているのだ。
その財団の長であるイノリの父はシェアを独占し続けたせいで一部の魔導技師から金の亡者とかいう難癖をつけられていたり、あまり良い噂を耳にしない。
だが――
お世辞を抜きにしてもヴァレンタイン財団の手がける《魔導器》の性能は素晴らしいと思う。
確かに一番出回っている『ヤガミ』の《帝国式魔導器》に比べれば性能の強度も劣る。
だが、それでも最前線で戦うなら十分すぎる性能を秘めているのだ。
だから決してバカにされるような《魔導器》ではないと思う。
何より、実の娘から悪辣な評価を下されたイノリの両親を思うと少しばかり不憫だったのだ。
「そんなこと、ないと思うけど?」
「……いいんですよ。無理に言わなくても。そもそもあなたは父の《魔導器》を一度も使ったことがないでしょ?」
「ど、どうして、そう思ったんだ?」
「あなたの魔力は巨大すぎるんですよ。《帝国式》の耐久度を上回るほどの魔力……あなたの全力に《帝国式》は耐えられないはず。耐えられるのは《零刻式》だけですね」
「そ、それは……」
図星だった。
カズキが『学生魔導士』の時代に愛用していたのは何を隠そう《零刻式》の魔導器だった。
能力はシンプルで使いやすく、耐久度も申し分なかった。何より、カズキの全力に耐えられる唯一の武器だったのだ。
「言いたくなければ別にいいですよ。私には関係ないことですから。ところでそろそろ返してくれます?」
「あ、ああ……悪い」
イノリにブレスレットを返そうとした時、カズキは《零刻式》のもう一つの特徴を思い出して腕を止めた。
そうだ。確か《零刻式》は――
「ちょ、ちょっと待ってくれ。《零刻式》って確か、その全てが武器の形をしていたはず……」
そうだ。それも《零刻式》の特徴だった。
魔族に対抗する為につくられた十三機の『切り札』――その全ては魔族と直接戦える武器の形をしていると姉から聞いたことがあった。
けれど、イノリの《零刻式》はブレスレット。
その形状から武器のイメージは浮かばない。
どういうことだ? と疑いの眼差しをイノリに向けると――
イノリは目をキラキラと輝かしてカズキに詰め寄ってきたのだ。
まるで『待ってました!』と言わんばかりにふんす! と鼻をならし、興奮しきった眼差しで早口に捲し立てる。
「そうです! そうなんですよ! 《零刻式》は全て武器の形状をしていますよ。そこには一つの例外もないと言われています! 流石|《零刻式》を使っていただけはありますね。なら、どうして私の《グレイビル》が武器の形状をしていないか説明出来ますか?」
「そ、そんなの……」
わかるわけがない。
カズキは特別|《魔導器》に詳しいわけじゃない。
姉の言葉を有言実行しているだけにすぎないのだ。
『戦場で最後に信じられるのは自分と相棒だけよ』
姉の口癖だった。
戦いの中で孤立無援になる事も多い。
大量の魔族を前にたった一人で立ち向かわなければならない時、信じられるのは今日まで積み上げてきた己自身と、一緒に生き抜いてきた相棒とも呼べる武器だけ。
だからこそ命を預ける武器に関しては詳しくありなさい。とカズキにしつこく言い聞かせてきたのだ。
カズキが詳しいのは《零刻式》の中でも自分の相棒だった武器だけ。他の《零刻式》に関しては基礎程度の知識しか持ち合わせていない。
いや、待てよ――
『学生魔導士』だったカズキですら相棒のことをよく知りたいと思ったのだ。
それなら魔導技師は――自分の手がける《魔導器》を魔導士以上に知りたいのではないか?
その疑問がカズキの脳裏に過ぎった時、自然と口が動いてしまった。
「……まさか、分解したのか?」
カズキのその問いに納得する様子でイノリは鼻を鳴らす。
「ええ、そうですよ。命を預けるんですから、その性能は丸裸にしたいじゃないですか。因みに、祖父の《零刻式》はもともと手甲だったので私には重すぎた。というのもありますが――」
なんてことなく言ってのけるアイリだが、カズキは開いた口が塞がらなかった。
同時に、彼女の持つ技術力には改めて驚かされる。
なにせ大勢の魔導技師がさじを投げた《零刻式》のブラックボックスにたった一人で挑戦し、ある種の成功を収めたのだから……
武器の形状からブレスレットに変化しているが、魔術の力は一切失われていない。
彼女は《零刻式》を自分用にアレンジするという快挙を成し遂げてみせた。その功績を見る限りでは、十分に学院を卒業出来るほどの実力を兼ね備えているはず。
「……どうして、その成果を発表しないんだ?」
「……言っている意味がわかりませんが」
「《零刻式》を改造出来る腕前だ。君はこの学院の誰よりも魔導技師として力がある。今、量産されている《帝国式》を設計することなんて簡単じゃないのか?」
「愚問ですね。あの程度《帝国式》ならとっくに解析出来ていますよ。見てみればわかります」
イノリは部屋の片隅に押しやられた金属の塊を漁り出す。
取り出したのは『ヴァレンタイン財団』のエンブレムが彫られた金属の部品だった。
「父が魔導技師をしていることもあって、サンプルは大量に手に入りましたからね、《零刻式》より解析は簡単でしたよ」
「まさか、《帝国式》も解体したのか?」
「ええ。《魔導器》のフォルムに使われている金属材質の解析までは済みましたよ。最も流石に『疑似魔術炉』のメカニズムはわかりませんでしたが……」
「そこまでわかればむしろ凄いよ……」
魔導技師たちに公開されている情報は『疑似魔術炉』に魔術を付与させる方法だ。
肝心の『疑似魔術炉』の設計図は非公開となっている。
「こればかりは制作者に聞かないとわかりませんね」
そこが一学生としての限界なのだろう。
もし、彼女がその腕に見合う成果を学院に提示出来ていれば、彼女は『疑似魔術炉』を制作した八番隊に推薦されていたはずだ。
「そこまで出来て、どうして君は『退学』なんていう目にあっているんだ?」
「……どこでその話を聞いたんですか?」
「噂だよ。前期の成績がよくなかったて聞いたから」
実力がないわけじゃない。彼女の力ならすぐに卒業資格くらいは入手出来るだろう。
それをしないのは、案外カズキと同じ理由なのかもしれない……
「……アスカ、あなたは私の通り名を知っていますか?」
「うん。一応は」
「その由来も?」
「いいや。気分のいい名前じゃなかったから触れようと思わなかったんだ。もし、君がいいと思うなら君の口から教えて欲しい……」
嘘だ。
本当は二アから聞いていたが、あえてそれを口にしなかった。
二アとの約束をイノリに言いたくなかったのも理由の一つだが――
それ以上にイノリがその通り名をどう受け止めているかが気になり、彼女の本心を聞いてみたくなったのだ。
「なら、教えてあげますよ。簡単な話です。私のつくる《魔導器》は全て欠陥品で誰にも扱えないからですよ」
そう言ってイノリは自嘲ぎみに笑ってみせた。
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