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第二十三『舞い降りた混沌』

「汚い部屋ですが、どうぞ」


 放課後、授業が終わるなりイノリに手を引かれる形で、カズキは彼女の部屋に足を踏み入れていた。

 女の子の部屋というフレーズに期待と不安がうなぎ上りでカズキは終始、照れ隠しの苦笑いを浮かべていたものだ。

 イノリの部屋の光景を見るまでは……



 彼女の部屋に訪れた途端に初めて異性の部屋に入るという緊張感が一瞬で霧散する。

 カズキは目を見開き、イノリの部屋を見渡した。


「お、おう……お邪魔します」

「適当に座って下さい。お茶くらいなら出しますよ?」

「う、うん。ありがとう……」


 カズキは額に汗を浮かべ、曖昧に頷く。


 どこに座ればいいんだ?


 初めて入った女の子の部屋はとても部屋と呼べる代物ではなかった。

 ――『物置』

 いや、それすらも生ぬるい。まさにゴミ屋敷。足の置き場すらない状況。彼女が言った通りの『汚い部屋』だ。

 玄関の前には様々な金属の部品が散乱。

 破片を踏まないように気をつけながら、彼女の背中を追う。


「な、なあ、ヴァレンタインさん」

「……アスカ最初に言っておきます……私、名字で呼ばれるの嫌いなんですよ」

「え? どうして?」

「家と比較されるのが嫌いなんです。ヴァレンタイン財団の一人娘なのにこんな様か? とか、家の名前にドロを塗るつもりか? とか、そんなの私の知ったことじゃないんですよ。下らない評価をつける連中も、親と比較してバカにする連中も虫ずが走ります。だから名字で呼ばれるのは嫌いなんですよ」

「そうか。ならなんて呼ぼう? イノリって呼べばいいのか?」

「別に名前を呼ぶ必要はありませんよ。さっさと用件を聞いて追い返すだけですから。今日限りで金輪際アスカと関わるつもりはありませんよ」

「手厳しいな……」


 通された部屋は玄関同様、見事なまでの散らかりよりだ。

 唯一、座れるスペースがあるのはピンクのシーツが目立つベッドくらいだろう。

 仕方なくカズキはそのベッドに腰掛ける。

 イノリはチラリとカズキを見ると何か言いたげな表情を浮かべるが、キッチンの奥へと姿を消した。


 差し出されたのは花柄模様があてがわれたティーカップに注がれた紅茶だ。

 お茶請けとしてクッキーも一緒に出された。

 カズキは一言お礼を言ってからお茶を飲み、場が和むのを待つ。

 互いの一息ついたところでイノリが心底面倒くさそうに指先で眉間を揉みながら本題に入った。


「それで? 用件はなんですか?」

「ああ、その前に一ついいか?」

「……? ええ、どうぞ?」

「この部屋ちょっと汚すぎない?」


 床に散らばった金属の部品が邪魔で、座るスペースがない。

 唯一のベッドはカズキが占領していた。

 今、イノリはカップを片手に壁にもたれかかっている状態だ。

 とてもじゃないが落ち着いて話しが出来る雰囲気じゃない。

 そもそも、彼女の部屋でカズキだけがベッドに座っている状況がすでに申し訳ない。

 場所を譲るにしても、もう少しこの部屋は片付けたい。精神衛生上よくなかった。

 まずは、部屋を片づけよう。それがカズキの出した提案だ。


「部屋を片づければ、私に関わらないでくれるんですか?」

「それとこれとは話が別。このままの状態じゃ落ち着いて話しが出来ないんだ。せめて、君は座るべきだ。この部屋の主なんだから」

「……私だって礼儀ってものは知っているつもりです。仮にもお客様を立たせて、私だけが腰を落ち着けるなんて失礼な真似出来ませんよ」


 なら、もう少し、部屋を片づけてくれ。

 そう言いたい衝動を抑え込み、カズキは平静を装う。


「……仕方ありませんね」


 イノリは気怠げに制服の袖をまくる。

 彼女の腕には見慣れないブレスレットが巻かれていた。

 銀色の金属ブレスレット。

 腕輪の中心には水晶のようなものが取り付けられていた。

 装飾の類いは一切ない。オシャレとして身につけているものでないことは一目でわかる。


(まさか、《魔導器》か……?)


 指輪型の魔導器など、《魔導器》の形は千差万別。

 だが、意外といえば意外だった。

 イノリの本職はその《魔導器》を作る技師。完成された市販の《魔導器》を手慣れた様子で扱う姿に違和感を覚えるのだ。


「すぐに片づけるんで」


 イノリは面倒くさそうにブレスレットをつけた腕を前に構える。

 そして、瞳を閉じ、魔力を高めていく。

 部屋全体に緊張感が走る。

 魔力というエネルギーが《魔導器》に集められ、その余波が軽い衝撃となってカズキの前髪を揺らした。


「お願い――《グレイビル》」


 イノリが《魔導器》を発動。

 銀色のブレスレットの輝きが増し、それと同時に不可視の力が波のように部屋全体に浸透していく。


(なんだ、この力は……?)


 体の重量が軽くなったような錯覚に襲われる。風なんて吹いていないのに制服や髪が波立つ。

 どう見ても《魔導器》を発動させているというのに、その魔術の正体が掴めない。


 イノリは《魔導器》を発動させたまま、腕を軽く振う。

 弧を描くように振われた腕の動きに合わせ、周囲に散乱していた金属片に変化が生じた。


 なんの前触れもなく、カタカタと音を響かせると、ひとりでに動き、部屋の隅へと移動していくのだ。

 その光景を見ていたカズキは驚きのあまり、言葉を失っていた。

 彼女の一撫でで、部屋に散らばっていたゴミ山は一箇所に集められ、一瞬で部屋が片付いた。

 この現象に名前をつけるとするなら――


「サイコキネシスか?」

「当たらずとも遠からず、です。これで話をするスペースは作れましたよね? いい加減ベッドから降りてもらえます?」

「あ、ああ……」


 カズキは言われるままにベッドから降り、空いたスペースに座り込んだ。

 イノリもベッドに腰を下ろす。


「今の《魔導器》の力だよな?」

「それ以外に何があるんですか?」

「いや、凄い力だと思って……」


 サイコキネシスのような物を操作する念力の《魔導器》の数は実は多い。

 一見、魔術そのものは『概念操作系』に見えるかもしれないが、実はそうではないのだ。

 風を操る『自然操作系』でも同じことが可能で、念動力といえばもっぱら何らかの『自然操作系』の発展型だと考えられているのだ。

 だが――一度に大量の物体を操作する念動力を見たのは初めてだった。

 興味がないといったら嘘になる。


「よかったら見せてもらえる?」

「はぁ? なんでですか?」

「俺だって一応……魔導士の端くれみたいな者だから……な。初めて見る《魔導器》には興味があるんだよ」

「……まぁ、別に構いませんが」


 歯切れが悪く答えたカズキに不機嫌そうな顔を浮かべたイノリが微かに頷く。

 イノリは腕からブレスレットを外すとカズキに手渡した。



 まず、驚いたのがその軽さだ。

 想像以上に軽い。長時間つけていてもまったく負担にならないだろう。

 これまで武器型の《魔導器》を扱ってきたカズキにしてみれば、異質な形状に見えがちだが、遠くから物を動かす能力であるが故に、武器である要素は必要ないのかもしれない。

 カズキそのままブレスレットを注意深く観察し、ブレスレットの裏側に彫られた【銘】を見た瞬間、カズキの体が強張る。

 こんな場所にあるはずがないと何度も瞬きを繰り返す。

 だが、その【銘】が本物であることはカズキが誰よりも知っている。

 カズキは予想外の出会いに息を詰まらせながらこれ以上ない真剣な眼差しをイノリに向け、恐る恐る言ったのだった。


「こ、これ……《零刻式》か……!」


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