第二十二話『屋上のナンパ師』
「こ、こんなところで奇遇だね!」
「な、なんですか、突然……?」
昼休み、クラスの連中がこぞって食堂へと足を運ぶ中、別行動のイノリをこっそりと追いかけたカズキは人気のない屋上でお弁当を広げたイノリにタイミングを見計らって声をかけていた。
いくら話しかけても無視を決め込まれる。加えて今朝の一件で、クラスの前で大っぴらに『テスター』の話を持ち出すわけにもいかなくなったカズキはキャラじゃないと理解しつつも、イノリが一人になった瞬間を見計らい、ナンパをしてみたのだ。
……うん。実際にやってみると、かなり勇気のいる行動だぞ、ナンパ。
軽い口調で話しかけてみたものの、どうやって会話を広げようか?
――そう言えば誰かが言っていたな……困った時は容姿を褒めろって……
(……仕方ねえ、それでいくか)
イノリの容姿を食い入るように見つめ、一番褒めやすいポイントを探す。
カズキが選んだポイントは――
「その服可愛いね?」
学院の制服だった。(わざわざそこをチョイスするのがカズキのカズキたる由縁だが……)
むろん、イノリは思いっきり引きつった表情を浮かべ、変態でも見るような蔑んだ視線をカズキに向ける。
「あ、あなた、どんな趣味してるんですか? 制服ですよ、コレ……なんですか? そういう趣味ですか? キモいので近づかないで下さい」
「う……」
またしてもカズキのハートに亀裂が走る。
一体何が間違っていたのか……
だが、勇気を振り絞って声をかけたのだ。ここで逃げれば、もう二度と同じ真似は出来ない。
カズキは青ざめた表情を浮かべながら、笑顔を崩さず言った。
次の選択肢は決めている。
容姿がダメなら価値観を共有するのだ!
「ここ、いい場所だね?」
「そうですか? 屋上なんて鳥の糞で汚れて、雨でコケが生えて、サビだらけでとてもいい場所とは思えませんが?」
「……うん。そうだった」
あまりも的確すぎるツッコみにカズキは渋々頷く。
現実的すぎるよ……
「まあ、その分、人は寄りつきませんが」
「そうなのか?」
「ええ。大抵は屋上の扉を開けた瞬間にしかめっ面で戻りますから。なので、昼休みにここを訪れるようなお馬鹿さんはあなたくらいですね」
「いや、ヴァレンタインさんもそうじゃ……」
「失礼ですね。私は一人でお弁当を食べられる場所を探してここを見つけたんです。昼間は寮にも戻れませんから。興味本位で来たあなたと一緒にしないで下さい。後、名字で呼ばないで下さい」
「え? でも、友達とかと食べたりしないのか?」
「……あなた、私に喧嘩でも売っているんですか? 買いますよ、その喧嘩――だいたい友達がいたらこんな場所でご飯なんて食べませんよ」
「え? いるだろ? 二アと親友だよな?」
「……誰から聞いたんですか?」
ギロリと鋭い視線で睨まれる。
これはやぶ蛇だっただろうか? 確か、ケンカしたって聞いていたし……
けど、ここまで険悪な仲だと聞かされてなかったぞ?
「え、えっと、それは……」
「大方、二アから聞いたんですよね?」
図星を指摘され、カズキは無言で頷いた。
「……あの子は優しい子なんですよ。困っている子を見捨てられないようなそんな子です。最初は一緒にお弁当を食べていましたよ。けど、私といるとあの子は昼休みになっても他の生徒と喋れませんから」
なんとなく、イノリの言いたいことはわかる。
色んな意味で悪い噂の絶えないイノリに関わりたくなくて、一緒にいる二アに対してもどこか距離をとっていたのだろう。
それは初日のクラスメイトの反応を見ても明らかだった。
遠巻きに見る生徒。バカにする生徒。そんな視線をイノリは常に浴びているのだ。
だからこそ、イノリは。
「私と一緒じゃなければ、二アは皆から声をかけられるような可愛いらしい女の子です。昼休みくらい他の生徒に気を利かせてもいいじゃないですか」
「優しいんだな」
「勘違いしないで下さい。私だって一人の時間が欲しいだけです。それに二アは今日から『戦闘科』の討伐依頼に同伴することになっていますから、どのみち私は一人ですよ」
「そう言えば、そんなことも言っていたな……」
昨日、別れ際に二アはそんなことを呟いていた。
イノリの《魔導器》の評価が認められ、治癒術師としての頭角を現した二アは今日から『戦闘科』の専属治癒術師として高ランクの依頼に同伴しているらしい。
ランクの詳細は教えてもらえなかったが、「無理はしないよ」と言われた手前、引き留めるわけにもいかなかった。
二アの持つ《魔導器》の性能は規格外だが、その代償を聞いた今となっては、彼女がその力に頼るような状況に陥らないことを祈るだけしか出来ない。もっとも、二ア自身がその代償を誰よりも理解しているから、安易に《魔導器》を発動させるような真似はしないと思いたいが……
「ええ、そうですよ。彼女から何を吹き込まれたか知りませんが、これ以上、私に関わらないで下さい」
「え、いや、でも……」
「なんですか? まだ何か言いたいことでも? 私、これでもお腹が空いているんです。ゆっくり食べさせて下さいよ」
「あ、そうだね。食事の邪魔してゴメン」
イノリの言い分に納得して渋々引き下がる。
(仕方ない。『テスター』の話を切り出すのは食後でいいか……)
カズキは一人納得すると、弁当を食べようとして硬直した。
(あれ、そういえば俺、昼飯買ったっけ?)
そう思って、すぐ脇を見てみる。
紙袋はおろか、飲み物一つない。
(あれ? おかしいな?)
イノリのストーキングに夢中でそこまで思考が回らなかったのだろうか?
だが、一瞬でも目を離せば、野良猫のように素早い彼女を見つけることは困難だったはず。
そう思えば安い傷だ――と割り切れればよかったのだが……
ぐう……と物静かな屋上でカズキの腹の虫が盛大に抗議の音を上げた。
「あなた……ご飯は食べないんですか?」
イノリが訝しい視線をカズキに向けて言った。
無論、そうしたいのは山々だ。だが、休みの残り時間から推測しても購買に出向いて昼食を買う時間が残されているとはとても思えない。
カズキは苦し紛れの言い分けを考え、躊躇うように口に出した。
「えっと、だ、ダイエット?」
「なんで、私に聞くんですか? 知るわけないじゃないですか、あなたの都合なんて。もしかしてお昼、用意してないんですか?」
イノリの視線は押し黙るカズキの姿を見て、徐々に呆れたものへと変わっていく。
「まさか、本当に用意してないんですか?」
「あ、あはは、つい夢中になりすぎて……」
「何に夢中になっていたのかは聞かないでおいてあげます。何だか、身の危険を感じるので……」
その言葉は間違っていない。
影ながらイノリを追っていたことを彼女が知れば、ただでさえ低い好感度がさらに下がってしまうのは容易に想像出来た。
「まあ、コレは俺の不注意だから、ヴァレンタインさんは気にしないで」
「……困るんですよ」
「え? な、何が?」
「二アに何を言われたのか知りませんが、勝手に私の心配をして、そのせいでお腹を空かせたままじゃあ、私が悪者みたいだって言ったんです」
「そ、そんなことは……」
「いいから、コレ!」
問答無用で差し出されたのは小さなサンドイッチだった。
具材はシンプルに卵とレタス。
それを目の前に出されたカズキはキョトンとした顔でイノリを見た。
「こんなものしかありませんが、よければどうぞ……」
視線を合わせず、仏頂面でイノリはそのサンドイッチをカズキに手渡す。
「いいのか?」
「ええ。目の前でひもじい視線を向けられるよりはマシですから……」
イノリはそれだけ言い終えると食事に戻った。
無言で残りのサンドイッチを口に運ぶその姿はまさに『これ以上喋りかけるな』の一言に尽きる。
カズキは仕方なく(とは言っても十分に感謝の気持ちを込めてだが)渡されたサンドイッチを口の中に放り込んだ。
「ッ!」
ゆっくりと咀嚼し、胃の中へと流し込んだカズキは驚愕に目を見開く!
肩は震え、頬は少しばかり朱がさす。
その動揺ぶりに、無視を決め込んでいたイノリが不安げな視線をカズキに向ける。
「ど、どうしたんですか? まさか、不味かった、とか?」
流石に好意で譲って貰った食べ物をマズイなんて言えるわけがない。
いや、不味いというよりはむしろその逆。
このサンドイッチは、
「めちゃくちゃ旨い」
つい言葉をなくしてしまうほど美味しかったのだ。
「は? お、美味しい?」
「ああ、かなり。こんなサンドイッチ、食べたことがない……」
卵はしっかりと塩こしょうで味付けされ、レタスはみずみずしく食感はシャキシャキ。
パンはそのまま使うのではなく、少しばかり焼いて食感を強くしてあった。
確かな噛み応えと、食材の美味しさは小ぶりサンドイッチといえど、十分すぎるほどカズキの胃を満たしていた。
欲を言えば、もう何個か欲しいところだが、何度もパンを噛むことである程度、食欲を抑えられるのか、それほど空腹を感じなくなったので、これなら夕方まで保つだろう。
「ありがとう! ご馳走さま!」
カズキはパンッと両手を合わせてイノリに向かって頭を下げる。
イノリは呆然としたまま、カズキを見据え、
「い、いえ……、そんなに喜ばれるとかえって気味悪いです」
そんなことを言っていた。(イノリらしい反応ではあるが……)
カズキは若干引き気味のイノリに詰め寄ると興奮冷めやらぬ表情を浮かべ、このサンドイッチの出所を聞いた。
「そんなことはないって! マジで旨かった。どこで売ってるのか聞いてもいいか?」
「はぁ!?」
今度はイノリが目を見開いて驚く番だった。
そんなに驚くような質問だっただろうか?
売っている場所を聞いただけで、それ以上の意味はなかったはず……
イノリの動揺ぶりにカズキが首を傾げた――その時だ。
「……売ってませんよ」
イノリがポツリと呟いた。
予想外の返答にカズキは面食らってしまう。
売ってないってことは、つまり、これは……そういうこと……なのか?
「な、なんですか?」
恥ずかしそうな表情を浮かべたままジロリと鋭い視線が向けられ、カズキは慌てて視線を逸らす――が、カズキの顔もイノリと同じく真っ赤だった。
口元を押さえ、必死に表情をコントロールしていたその内心は――
(やっべええええええ! ヴァレンタインさんの手作りを食べて、旨いって絶賛してたんだ、俺! は、恥ずかしいいいいいいいい!)
カズキは荒れ狂う嵐のような恥ずかしさを必死に押さえ込んでいた。
そんなカズキを余所にイノリは小さくため息を一つ。
「……もう用がないならさっさと教室に帰って下さいよ――と言いたいところなんですけど、どうせあなたはまた私に付きまとう気ですよね?」
「え……?」
食事を終えたイノリは体育座りで壁にもたれかかると事も無げに呟いた。
「昨日からことあるごとに言い寄られて鬱陶しいんですよ。今日に限ってはご飯まで食べられちゃうし……」
「そ、それは……」
言い分けの仕様がないので、カズキは言い淀むことしか出来ない。
人付き合いが苦手で、イノリのような性格の人にはまず近寄らないカズキがこうして喋りかけるのには個人的な理由があるからだ。
それを今、説明するわけにもいかないし、二アとの約束も反故にはしたくない。
だから、
「ゴメン」
と頭を下げることしか思い浮かばない。
「いいですよ。あなたの身勝手さは十分によくわかりました。私が折れるしかないってことも……」
「え……?」
どういう心境の変化だ?
カズキがキョトンとしている間にまくし立てるようにイノリはこう言ったのだ。
「これ以上、付きまとわれても迷惑ですから。だから、一つだけ、あなたの用件を聞いてあげますよ。まぁ、それを承諾するかどうかは私次第ですけど……」
本当に、この数分で何が起ったのか……彼女の心境の変化に戸惑いを隠すことが出来ず、カズキは休みが終えるその時まで、呆け続けていたのだった――
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