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第十九話『シノ』

 黒竜との決戦を控えた前夜、野営地に集まった魔導士はざっと十五人程度といったところ。

 その中の八人近くはカズキを含めた『学生魔導士』になるので、実際に黒竜と戦う『帝国魔導士団』の魔導士は七人になる。


「思ったより少ないな……」


 少なくとも十人は来ると読んでいたカズキは野営地にあるテントをボケーッとした表情で見つめながら大きな欠伸をしていた。

 むしろ人数が少ない事に関しては僥倖と言える。

 カズキの目的は物資の護衛などではなく、戦闘に赴く魔導士を尾行して『うっかり』黒竜を倒す事なのだから。

 これだけ少ない人数なら、彼らの目を欺く事も容易いだろう。


 だが、疑問は残る。

 なぜ、これだけ人数が少ないのか……編成を間違えたとしか思えない人数だ。


 その疑問は遠くから聞こえる女性の声が答えとなった。

 思わず顔をしかめるカズキ。その声の主に心当たりがあり、今この瞬間、一番会いたくない人物であるがゆえの表情だった。


(なんだってこんなところにいるんだよ……)


 こちらに目掛けて走ってきていた女性に対し、思わず煩わしい視線を向けるのだった――





「わっ! と……ごめんなさいね!」


 その女性は『学生魔導士』にあてがわれたテントに向かって小走りで駆け寄り、途中ぶつかりかけた魔導士に愛想笑いを浮かべて軽い感じで謝った――


「い、いえ! 滅相もありません! 自分の方が不注意でした! すみません!」


 が、謝られた魔導士の方が予想以上に恐縮してしまい、彼女以上に深々と頭を下げ、土下座でもしそうな勢いで謝るものだから、彼女も思わず足を止めてしまった。


「えっと……なんで君が謝るのかな?」

「え? そ、それは……当然の事では?」

「じゃあ、聞くけど、君、私に何か謝るような事でもしたの? 私はあるよ? こんな人が大勢いる場所で周りも確認せずに飛び出して君にぶつかりかけたんだから」

「いえ、自分は飛び出してきた隊長に気付けず……」

「ほら、君は私が飛び出してきた事を自覚しているよね。君にはなんの落ち度もないよ。君が謝ることは一つもないってこと。いい? 理由もなく頭を下げちゃダメ。そんなの君も私も気分が悪いだけだから。それに悪い事は悪いって指摘出来るようになってもらわないと私が背中を預けづらいよ?」

「は、はい……」

「ほら~またそうやって表情を暗くする。ダメだよ。明るく元気に! それが私の隊のモットーなんだから。それに――」

「おい、その辺りにしてやれ」


 無造作に白銀の髪を掻きながら、二人のやりとりを眺めていたイクスがため息交じりに彼女を諫める。


「あ、イクス君?」

「まったく、何をしているかと思えば部下に説教か?」

「ち、違うよ! 私はただ間違えている事を指摘してあげようと……」

「それが説教って言うんだよ。それよりほら、行かなくていいのか?」


 イクスがカズキたちの方に一瞥いれると、その視線に気付いた女性が本来の目的を思い出したのか間の抜けた表情を覗かせた。


「あっ、忘れてた! ご、ゴメンねイクス君、後は任せるよ」

「……お前、俺がまだ『学生魔導士』って知っているよな? 自分の部下のお守りを学生に丸投げする気か?」

「そ、そんな事ないって! これも経験、だよ。それにウチに正式配属されたらイクス君は副官になる予定なんだからこれも練習ってことで」

「……聞いてないぞ。副官なんて」

「うん。今決めたからね。ほらイクス君って面倒見がいいじゃない? きっと先生とか誰かを導く立場に向いているんだよ。だから私からの面倒ごとは全て副官である君に丸投げしようと思うの。部下のケアもその内の一つだよ」

「……かってなこと言いやがって……大体、そんなのお前の部下が納得するわけ……」

「いいえ! 自分はイクスさんの実力を十二分に知っています! 私などでは足元にすら及ばないことも――是非我らを導いて下さい!」

「おい!」


 イクスの引きつった表情を見て、納得した笑みを浮かべる女性。その胸中は「やっぱり先生に向いているな~」とのんきな事を考えていた。


「トーカちゃんには悪い事をしちゃったよ」


「あ? 何か言ったか?」

「ううん。何でもないよ。では後は任せました、イクス副隊長!」

「あ、おい、誰が副隊長だ! 誰が!」


 彼女はイクスの罵声を聞き流しながら脱兎の如く走り出し、『学生魔導士』が集まるテントにやってくると、荒れた息を整える事すらせず、先ほど部下に見せていた笑みとは真逆――批難するような鋭い視線を欠伸をかみ殺していたカズキに向ける。


「……どうして来たの?」

「……姉ちゃん」


 怒りを押し殺した言葉にカズキは喉を鳴らして押し黙る。

 周囲にいた生徒たちは間の抜けた表情でカズキたち二人を眺めていた。


 大方、カズキの口から漏れた「姉ちゃん」という単語に驚いているのだろう。


 目の前にいる女性とカズキの間柄を知った生徒たちが驚愕の瞳を宿すのはそうおかしな事ではなかった。


 彼女――シノ=アスカは『帝国魔導士団』四番隊隊長を務める女性だ。明るい性格。十人いれば十人魅了する朗らかな笑みに本人は否定するだろうが幼さの残った顔立ちは男女問わず人気があり、『帝国魔導士団』四番隊はその実、『学生魔導士』から一番の人気を誇っている。


 シノは艶やかなカズキと同じ黒髪を腰近くまで伸ばし、その長い髪は夜風に揺れて幻想的な美しさを見せていた。

 黒真珠のように美しい瞳は一心にカズキに向けられ、その瞳には怒りの色が滲んでいる。

 周囲の学生どもは気付かないだろうが、シノはまず瞳で感情を見せるのだ。

 目は口ほどにものを言う――まさにそれを体現していた。


 カズキはその視線に気圧され、萎縮してしまう。

 そんなカズキを見たシノはこれ見よがしに盛大なため息を吐くと、呆れた様子で眉間に手を当てる。


「参加者リストを見た時は我が目を疑ったわ。どうして来たのよ?」

「来ちゃ悪いのかよ? 参加資格は十分に満たしているぞ?」

「悪いわよ。参加資格云々の前にアンタにはまだ早すぎるわ」

「早い……だって? 俺の実力知ってんだろ? 姉ちゃんの部下どもより実力は上だぜ?」

「なに言っているのよ……彼らに失礼でしょ」

「……だいたい、俺がまだ『学生魔導士』をしているのも、姉ちゃんが学院に圧力をかけているからだろ? どうして俺を認めてくれないんだよ!」


 日頃ため込んできた鬱憤を晴らすようにカズキは声を荒げていた。

 そもそもシアがカズキを認めてくれてさえいれば、こんな任務に赴く必要はなかったのだ。

 それも語弊がある。『学生魔導士』ですらなく『帝国魔導士団』に入団してシアと肩を並べて戦っていた筈なのだ。

 なのにシアはカズキが四番隊へ入団する事を拒むどころか、学院に圧力をかける始末。

 そのせいでカズキは『帝国魔導士団』に入団する事も叶わず、こして『学生魔導士』として燻っているわけなのだが……



 思わず漏れたカズキの本音を聞いたシアの視線が明らかに軽蔑したような視線に変わる。

 そして、カズキの言から何かを読み取ったのか、はは~んと馬鹿にしたような失笑を浮かべた。


「なるほどね……つまり私に認めて欲しくてこんな分不相応な依頼に手を出したわけか……それであわよくば偶然を装って黒竜を退治しようと……」

「わ、悪いかよ?」

「悪いわよ」


 ピシャリと言い放ったシノにカズキは目を見開いて硬直する。


「今すぐ帰りなさい。ここはカズキのような子供が来ていい場所じゃないわ」

「こ、子供扱いするなよ……俺は魔導士だ」

「誰が魔導士よ? アンタはただおもちゃを与えられて粋がっている子供じゃない」

「……姉ちゃんに何が分かるっていうんだよ!」

「……カズキ」


 禄に話を聞こうとしないカズキにシノが思案顔を浮かべる。

 一度こうだと決めたら人の話を聞かない性格は一体誰に似たのだろう?

 熱が入り、理性の枷が外れかかったカズキをどう宥めたものか……

 面倒くさげに眉が垂れ下がったシノの背後から二人にとって聞き慣れた声が聞こえた。


「いい加減そこまでにしとけよ、お前ら」

「あ、イクス君いいところに!」

「げっ……先輩」

「姉弟揃っていい挨拶だな。特にアスカ、お前は目を輝かせて俺を見るんじゃねえよ」

「え? どっちもアスカなんだけど?」

「隊長の事に決まってんだろ? また俺に面倒ごとを押しつけようとしてんだろ? 姉弟のスキンシップから逃げようとしてんじゃねえ」

「だって、カズキが物わかり悪いから……」

「流石姉弟、似なくていいところまでそっくりだ」

「イクス君って時々ひどいこと言うよね? 私、これでも隊長なんだよ?」

「隊長でも間違った事は指摘しろ。それがこの隊の指針なんだろ?」

「ひ、ひどいよ~」


 泣き崩れるシノを尻目にイクスは押し黙っていたカズキに「しょうがねえ……」と言わんばかりのしかめ面を浮かべ、向き直る。その姿はまさしく面倒見のいい先生のような雰囲気だった。


「アスカ、お前もお前だ」

「先輩?」

「隊長の言葉も少しは理解しろ。突っぱねているだけじゃ何時までたっても一人前として認めてもらえねえぞ?」

「けど、姉ちゃんが……」

「俺に泣きつくな。たくっ、お前ら姉弟は揃って俺を便利屋か何かと勘違いしやがる。けどな、今回ばかりは隊長の方が正しいって事だけは理解しろ。来ちまったもんはしょうがねえし、お前は本来の任務にだけ目を向けてろ。間違っても黒竜に挑もうとか考えるんじゃねえぞ? もし、その気なら縄でふん縛ってその辺に転がすからな?」

「……わかりましたよ」


 カズキは本当に渋々といった様子で頷く。


 どちらにせよ、四番隊隊長であるシノ――そして魔導士の技量ではカズキですら尊敬するイクスに目をつけられたのだ。


 もはや『うっかり』を装って黒竜を倒すなど出来そうにない。

 カズキはすっかり意気消沈し、ふてくされたようにテントに入るとそのままふて寝を決め込み夜を明かすのだった。



 そして翌日――



 戦いに赴くシノやイクスたち『帝国魔導士団』を見送ったカズキたち。

 物資護衛という荷物番に緊張の糸が途切れ、完全に警戒心が緩んでいたその時だった――



『グルアアアアアアアアアアアアアア!』



 大気を揺るがす巨大な咆吼と共に、ここにはいない筈の黒竜が遙か上空の雲を引き裂き、カズキたちの前に現れると、黄金に輝く獰猛な瞳をカズキたちに向けるのだった。


次回の更新でカズキの回想編は終わりを迎えます。


どんな結末になるのか……楽しみにして頂けると幸いです!


次回の更新は明日を予定しております!

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