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第十七話『大切な一歩』

「けど、実際、どうしたものかね……」


 人嫌いな上に初めて交わした言葉がアレだ。

 間違いなくいい印象を持たれているとは思えない。

 実際にどう接すればいいのか想像も出来ない状況だ。

 二アから少なからずヒントらしきものを貰いはしたが、果たしてそれを有効活用出来るのだろうか?


「大体、甘い物に可愛い物が好きって女の子ならフツーじゃないのか?」


 二ア曰く、イノリは甘い物が好き。だがあまり食べたりすることはないらしい。

 その矛盾に首をひねりたくなるが、どうやらカロリー的な問題らしい。

 因みに可愛い物は動物でなく飾り物。動物はどちらかというと苦手。

 趣味は《魔導器》弄りを覗けば小説を読むことらしい。読んでいるジャンルは不明だ

 そんな情報を知ったところで彼女の攻略に役立つとは思えない。


「いや、でもデートならアリか?」


 この都市はこの国の中でも娯楽の多い巨大都市だ。

 学院が近くにあることで学生のためのスポットなんかも多い。さらには前線から離れていることもあって他国との貿易の拠点、観光地にもなっているくらいだ。

 近場のカフェでは女性に人気のスイーツを扱う店や路地に入れば怪しい店も数多く存在する。

 話題性が尽きることはまず無いと言っていい。

 カズキはこれまでほとんどの用事を学院内で済ませてきたが、ストレス発散で町に繰り出す生徒が多いことも知っている。

 なら、イノリをデートに誘ってまずは交友を深めるのもアリといえばアリかもしれない。

 最もそれはカズキにその度胸があればの話だが……


(うん。無理)


 幸いなことにカズキにその度胸は欠片もない。女の子と二人っきりになるなんてまず無理。

 まして一緒に出かけるなんて想像することすら出来ない。


「ナンパなんて出来るわけねえって……」


 これは想像以上に高難易度なミッションだ。

 頭を抱えて悶絶していると――

 突然、なんの前触れもなく部屋の扉が開き、見知った顔が我が物顔で室内に足を踏み入れてきた。


「また随分と舐めたことを考えているみたいだな、てめえ……」


 その人物――サツキ=アレンは渋面を浮かべこめかみを押さえながら、ベッドの中で身悶えしていたカズキを軽蔑の視線で見下していた。





「あ、アレン!?」


 サツキの登場にカズキは勢いよく体を起した。

 緩んだ気分が一瞬で引き締まる。

 警戒心むき出しでカズキは無遠慮に部屋に入室してきた男を睨む。

 そんなカズキを無視してサツキはまだ荷物の置かれていなかった机にドサリとリュックを投げ捨てると、椅子に腰をかけて、カズキと向かい合った。


「最悪だ」


 ポツリと漏らしたサツキに呟きにカズキも思わず同意してしまった。


(それはこっちの台詞だって……)


 まさかルームメイトが同じ『テスト魔導士』で尚且つ、昼間に一戦を交えた相手となれば居心地の悪さはマックス。

 それに決闘の行方だって有耶無耶なままときた。

 どうやっても友好的な関係を築けるとは思えない。

 カズキはこれから先の寮生活を思い浮かべ、肩を落とし深いため息を吐いた。

 その時だった。

 椅子に腰掛け、目を閉じていたサツキがおもむろに口を開けていった。


「……テメエ、少しはまともになったのか?」

「え……?」


 どういう意味だ?

 カズキは首を傾げサツキの言葉を心の中で繰り返えす。

 が、その意味を理解することが叶わなかった。

 仕方なくカズキは本人にその意味を聞こうと口を開けた。


「それは、どういう意味?」

「意味、ね……」


 サツキは背もたれに体重をかけ、ギシギシと椅子を揺らしながら視線を宙に彷徨わせる。

 腕を組んだまま数秒が過ぎ、カズキが痺れをきらせてきたところで呆れにも近い口調でサツキは言った。


「テスト魔導士としての自覚は出てきたか? ってことだよ」

「テスト魔導士の? そんなの理事長から話しを聞かされた時にしてきたつもりだけど?」

「……そんなんだから、お前は俺達『テスト魔導士』を、あいつら『魔導技師』をバカにした態度がとれるんだよ……」


 その一言にカズキは沸点が上昇するのを感じた。

 ギュッと唇を噛みしめ、怒りを抑え込む。

 ここでまた感情を爆発させてしまえば昼間の二の舞だ。

 カズキだってそこまで導火線は短くない。

 言葉は言葉で返すべきだ。

 十分に怒り心頭な視線を向けつつ、カズキは極めて平静を装った口調で反論した。


「どうかな? 俺も俺なりに『テスト魔導士』としてやってきたつもりだけど?」

「それがあのオママゴトか? 笑えないにもほどがあるぞ」

「……遊びじゃないよ。俺は真剣に……」

「真剣になんだ? 真剣に技師の《魔導器》をバカにしていたのか?」

「…………」


 うん。もうダメだ。我慢出来ない。

 拳こそ出ないまでもカズキは十分すぎるほど語尾を強めていた。


「さっきからなんだ。俺の何が気にくわないんだよ、アンタは」

「気に入らねえな、『テスト魔導士』の傘を着て前線から逃げてきた臆病者を見ると特に!」

「な……ッ!」

「知ってるぜ。カズキ=アスカ……半年前、突発的に発令されたSSランクの依頼『黒竜の撃退』任務で生き残った『学生魔導士』――《最強魔導士》とまで呼ばれた天才『魔導士』」

「なんで……それを……」

「知らねえわけないだろ。なにせ帝国魔導士団が一人死ぬほどの大事件だ。その依頼に参加した生徒の名前までは出回っちゃいねえが、この学院の『学生魔導士』ならその生徒の名前くらい知ってるさ。そして、ソイツがそれ以降一度も戦っていないこともな」

「あ……」


 サツキの言葉はまったく耳に入ってこない。

 冷水の中に放り込まれたように体が震え、意識が遠のいていく。

 俯き、ベッドの生地を見つめる。

 まともに話が出来るような精神状態ではない。

 カズキの態度をどうとったのか、サツキはフンと鼻を鳴らす。


「お前は戦いから逃げて『テスト魔導士』になった口だ。そんなヤツが真剣だ? バカにするなよ」





(もう、止めてくれ……)


 口には出さずともカズキは俯きながらそう願った。

 サツキが口に出す度に、あの頃の記憶が鮮明に蘇ってきそうだ。

 血にぬれた牙。貫かれた体。血を吐き出しながら「逃げて」と言い聞かせる血の気の失せた彼女の顔――

 思い出したくない。思い出した瞬間、きっとカズキは涙を流してその場で吐き倒れてしまうだろう。

 力なく座り込んだカズキの胸ぐらを掴み、サツキは顔を近づけた。


「いいか? 『テスト魔導士』は逃げ道じゃねえ。俺達は命賭けで《魔導器》を創り上げていんだよ。オメエみたいにクラスのご機嫌取りで起動実験してるわけじゃない。俺達はな、大勢の技師たち中からただ一人を選んでソイツの為に『魔導士』として全力を尽くすんだよ。テスターっていうのは未完成の《魔導器》をいち早く完成させ、戦場に送り出すことだ。この絶望に満ちた戦いに希望を与えるのが俺達の役目なんだよ。その為の『テスト魔導士』その為の『魔導技師』だ」

「俺は……」

「『テスト魔導士』として自覚もない。『魔導技師』の要望もロクに聞きもしない。だからお前のやっていることは遊びなんだよ」


 サツキは言いたいことを言い切って満足したのかカズキの体を突き飛ばすと、ベッドの二段目へと登り始めた。

 そしてギシッと軋む音が聞こえてから数分後、微かな寝息が聞こえて来る。

 カズキはその寝息を聞きながら足を抱きかかえ蹲った。


「……寝るの早すぎだろ」


 思わずそう愚痴ってからカズキは何度も深呼吸を繰り返し、乱れた精神をコントロールさせていく。

 意識が浮上し、サツキの言葉を飲み込めるようになるまで数十分を要した。



 実のところ、サツキの言い分は何一つ間違ってはいなかった。

 カズキは戦いから逃げ、『魔導士』から逃げ、今ここにいる。

 戦場の仲間を見捨て、逃げたことに負い目を感じなくもないが、カズキはこの選択を間違っているとは思っていない。


 俺にはもう、戦う理由も覚悟もないから……


 半年間、自堕落と過ごし、腐ってしまった体と心。こんなカズキを仲間だと思う『魔導士』はもういないだろう。

 だから後は朽ちゆくだけ……

 戦いも何もかも忘れ平和に腐っていく。それだけが望みだった。

 だから『戦闘科』から逃げたことは間違いじゃない。

『テスト魔導士』に逃げたのも事実だ。



 けど……


(今はもうそれだけじゃない……)


 カズキは今、この場所でやりたいことを見つけ出しつつある。

 放課後、二アの《魔導器》を見て、彼女の言葉を聞いて――


 カズキの中には無自覚の覚悟が芽生えつつあった。


 だから、サツキの言い分は半分正解で半分間違っている。


「俺だって、もう変わってるよ」


 動機は不純。『テスト魔導士』としての自覚だって不十分だろう。

 だけど、それでももうカズキは『テスト魔導士』としての大切な一歩を踏み出していたことだけは確かだった――。


ブックマークありがとうございます!


次回の更新は明日を予定しています。

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