第十六話『ゴミ溜めの姫』
カズキは間の抜けた返事をして顔を上げた。
そこには困った表情を浮かべ、苦笑いを浮かべた二アがカズキを見つめている。
「同じ、こと?」
「うん。アスカ君にイノリのテスターになって欲しいなぁって思って話かけたんだけど……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! それ、どういうことだよ!?」
「えーっと、言葉通りかな? イノリのテスト魔導士になって欲しいの。あのね、ここだけの話なんだけど……イノリは今期の成績が悪ければ退学処分になるらしいの。だから高ランクのアスカ君に手伝って欲しくて」
「つ、つまり、彼女の退学を取り消す為に力を貸して欲しいってこと?」
「うん。そうだよ」
つまり、なんだ……
彼女はカズキの目的と同じ理由で話しかけてきたのか?
二アは当然、カズキ側の事情など知っているはずがない。
つまり、二アはイノリのことを心配してわざわざカズキに話を持ちかけてきたのだ。
彼女がそこまでする理由は――
「友達、なのか?」
「うん。親友、だよ」
「そう……か」
親友。彼女がそう口にしたのだ。余程に深い仲なのだろう。
「ちなみにこの子もイノリが作ってくれたんだ」
「え? そうなのか? その時計をヴァレンタインさんが?」
「うん。本当は廃棄予定の失敗作らしかったんだけど、私が無理言って譲ってもらったんだ。その後にこの子の性能を先生が知ってくれたおかげでイノリは前期の成績を収めることが出来たんだけど……」
「そう、だったのか……」
トーカが口にしていた課題とはこれのことだろうな。
失敗作でもいい。何かしら成果を見せてみろ――大方そんなところだろう。
そして恐らく二アがイノリの代わりにこの懐中時計を使ってその課題をクリアした。
「けど、イノリ、凄い怒っちゃって……あれ以来、《魔導器》の話を私にすることもなくなったんだ……」
「……それはそうだろうな」
「えへへ、そうだよね。だってイノリ、これを渡す時に言ったんだ。『どうしてもって時以外はこれを絶対に使っちゃいけない』って。それを破ったんだから怒るのは当然だよね……」
「そうだよ。大切な人が自分のせいで傷つく姿なんて見たくないに決まってる。二アだけじゃない。《魔導器》を渡したヴァレンタインさんだって傷ついてるよ。自分のせいで二アの時間が減ったって」
「……そう、だよね。私、勝手にイノリの《魔導器》を発動して……安易に使っちゃダメって言われていたのに……」
「あ――……」
俯き、目元を赤くさせた二アを見てカズキは困ったように頭を掻いた。
どうも言い過ぎたみたいだ。
思わず過去の自分に重ねて二アを糾弾してしまった。
二アの境遇はカズキとはまったく異なるもの。
まだ二アとイノリの仲はやり直しがきく。
カズキと違ってまだ引き返すことが出来るのだ。
取り返しのつかない失敗をしてしまったカズキとはわけが違う。
それがわかっているのに、思わず強く言ってしまった。
カズキは渋面を浮かべながら言った。
「いや……まあ、仲直り出来るんじゃないのか? 禁句になったの《魔導器》に関してだけだろ? なら、また同じように話せる日がくるって」
「アスカ君?」
「要するに、だ。俺が彼女を退学から救う。その後に二アとヴァレンタインさんが仲直りする。簡単な話だろ?」
「けど……アスカ君、イノリと話出来てないよね……?」
「それは、これから、頑張るってことで……」
そう言われてしまえば何も言い返せない。
なにせ『気色悪い』と言われ拒絶されたのだ。
彼女との距離はあまりにも遠い。どうやって話しかけるか、それすら思い浮かばないのだ。
「なあ、二ア」
「なに?」
「ヴァレンタインさんってもしかして男が嫌い?」
「え? どうだろ? どちらかというと人が嫌いなイメージがあるかな?」
「……だよね……」
彼女の冷え切った視線はカズキと同じで人付き合いを苦手とする人の視線だ。
寄るな、触るな、喋りかけるな。
その三拍子がそろった拒絶の視線。
「入学当初はそうじゃなかったんだけどね……」
「そうなの?」
「うん。誰に対しても優しくて《魔導器》にかける情熱は誰よりも強かった。今もそれは変わらないと思うけど……」
二アは言いづらそうに言葉を濁した。
その間にカズキはイノリに関する情報を思い出す。
そう言えば、クラス連中が言っていたな……
『ゴミ溜め』って……
「二ア、言いづらいことかもしれないけど、教えてくれないか? クラスの連中が言っていたんだ。ヴァレンタインさんのことをその……」
「『ゴミ溜め』って?」
「……」
まさに言わんとしていたことを言われ、カズキは黙って頷いた。
「アスカ君ももう聞いたんだ」
「まあ、成り行きで……あんまいい意味じゃないよな?」
「うん……実はね、入学してから今日までイノリの作った《魔導器》は一度も完成したことがないの」
「……は?」
それは、どういうことだ?
一度も完成してない? 入学して一年以上が経つのに?
総合科のことは何もしらないが、《魔導器》に関する基礎知識を学んでいる魔導技師が課題などで出された簡単な《魔導器》を造れないということがあるのだろうか?
「それは――かなり難しい《魔導器》を作っているからか?」
「ううん。違うの。イノリは魔導技師でありながら、魔導技師の専門科目を受講してないの。だからイノリの作った《魔導器》はどれも評価基準を満たせなかった。ううん。ひどい時は誰にも起動出来なかったくらい。だからイノリの作った《魔導器》は生まれたその瞬間から欠陥器で、だから学院のみんなからゴミしか生み出さない『ゴミ溜め』って呼ばれて来たの……」
「そんな……なんで……そんなことを?」
「わからないよ。私も一度聞いてみたことがあるの。どうして講義に参加しないの? って……そしたらイノリ、『アレは私の求める技術じゃない』って……実際、この子も私以外には『発動』出来ないんだよ?」
「その時計が?」
「うん。だからイノリもこの子をくれたんだと思う。きっと私がこの子を起動出来るはずがないって安心してたんだと思うの。けど私がこの子をイノリの《魔導器》として先生たちの前で起動させちゃって……」
「それでか……仲が悪くなったのは」
「うん。あれ以降、イノリは私に《魔導器》の話をしなくなったの。けど、イノリはまだ諦めてないと思う。イノリはイノリの《魔導器》を完成させたいと思っているはずなの。けど、その役目は私じゃない。私には出来ない。だから、お願い、アスカ君。イノリを助けてあげて」
「……」
実際に話を聞いてわかったことがある。
クラスがイノリを遠巻きに見ていた理由。そして『ゴミ溜め』という意味。
けど、それを踏まえてもわからないことは当然ある。
なぜ、彼女はそう評価されながら自らの道を正さないのか?
彼女の求める《魔導器》の先になにがあるのか?
「ったく、しょうがねえ……」
自分でも笑ってしまう。
二アの時計を見る限り、彼女の創る《魔導器》の能力は命に関わる危険性がある。
その危険性を知らなかったのと知っている現状では『イノリのテスターになる』意味が一変する。命を賭ける覚悟を持つ必要があるのだ。
死にたくない――と戦場から尻尾巻いて逃げ出したというのに、ここでその命を賭けるのは本末転倒もいいところだ。
そんなことカズキは百も承知だった。
だけど――
イノリの創る《魔導器》を見てみたくなったのだ。
ただ退学を回避するだけじゃない。
彼女の作る《魔導器》に純粋に興味が湧いた。
『私の求める技術じゃない』
そう話したイノリの力が、あの絶望をひっくり返してくれるかもしれない。
これはあの絶望から逃げたカズキに残されたただ一つの贖罪でもあるのだ。
(魔導士を辞めるにしても、俺にまだ出来ることがあるなら……)
残された戦士達になにか希望を送れるならそれはきっと『新たな力』になるだろう。
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――――
どちらにせよ、最初からカズキの答えは決まっている。
「ああ、任せてくれ」
カズキは二アに微笑みながらその一言を口にしていた――
イノリの通り名が本人が知らない間に主人公に暴露された回でした。
次回の更新は明日を予定しています!
予想外の人物と再会の予感が……ッ!




