第十五話『二アの願い』
「ここが、俺の部屋か……」
カズキはゆっくりとドアノブを回し、扉を開けた。
室内は閑散としている。
木彫りの机が二つに二段式のベッドが一つ。
タンスやクローゼットの類いはない。
あるのは机とベッドのみ。
これがカズキに与えられた寮の一部屋だった。
これはなんとも――
「地味だ」
これでもまだオブラートに包んだ方だ。
なにせ本当に寝る為だけの部屋。それ以外の用途がない。というかスペースがない。
机とベッドだけで部屋の八割近くを占めている。
つまり狭すぎるのだ。
一人部屋だと言われればまだ納得出来る。
だが――この部屋は二人部屋。使用者はカズキを含めもう一人いる。
そのことを踏まえればまともな生活を遅れるような気がしない。
これでルームメイトとの仲が悪ければ居心地はますます最悪だ。
カズキは落胆したため息を吐きながら部屋の中に足を踏み入れる。
机の上にバック一つに纏めた荷物を乱雑に置くとキョロキョロと周囲を見渡す。
(どこかいいスペースはないかな?)
革布に巻かれた細長い杖のような物を手に握りながらカズキは狭い室内を練り歩く。
そしてベッドの下を覗き込み、思案の表情を浮かべ、
(ここにするか……)
カズキはベッドの下にその杖を隠すように置くと二段式ベッドの下の段に身を放り投げる。
「ふぅ……」
ようやく肩の力が抜け、肺から溜まった空気が一気に噴き出す。
弛緩した四肢を伸ばし、大の字になってベッドに仰向けになった。
こうしているだけで瞼が重くなる。眠ってしまいたい衝動に駆られそうだ。
けど……
「休んでる暇ないよな……」
考えないといけないことが沢山ある。
その中でも特にカズキの心労を占めているのは夕方の二アの用件だろう。
なにせ予想もしていなかった。
彼女の口からイノリのテスターになって欲しいと頼まれるなんて……
◆
「え? テスター?」
「うん。お願いしたいなって」
いやいや待った。
カズキは咄嗟に視線を逸らした。
(いやいや、これは何かの聞き間違えだろ? なんで治癒専門の彼女がテスターの依頼をするんだよ?)
テスターっていうのは《魔導器》を開発する『魔導士』のことだろ?
治癒のテスターってどういう意味?
まさか……人体実験とか……?
瞬間、カズキの脳裏にはベッドに貼り付けにされた自分に瞳を輝かせた二アが注射器を片手ににじり寄るイメージが浮かんだ。
そして二アがカズキの腕にその針を――
「それは嫌だッ!」
まだ死にたくない。
死にたくないから『魔導士』を辞めたっていうのにこんなところで命を捨てたくないッ!
「え? 嫌なの?」
「う……」
二アの純粋な瞳がカズキを射貫く。
邪気のない純粋な瞳にさすがのカズキもたじろぐ。
だが、ここは心を鬼にして断るべきだ。
「えっと、そのゴメン……」
「アスカ君なら大丈夫だと思っていたんだけど……」
「それは……」
これ以上、彼女の願いを無下にしたくない。
カズキの為にわざわざ頭を下げに来ているんだ。断るにしてもせめてちゃんと理由くらいは話したい。
だからカズキは顔を伏せながら本当の理由をポツリポツリと呟いた。
「俺は、もう決めているんだ。テスターになりたい魔導技師を」
「え? そうなの?」
「ああ。まだちゃんと話せていない。けど俺はあの子の……ヴァレンタインさんのテスターになるためだけに『テスト魔導士』を受けたんだよ」
「イノリの……?」
「ああ。だから、君のテスターにはなれない。ゴメン」
カズキは申し訳なさげに頭を下げた。
これが精一杯の謝罪。
彼女の好意を裏切る形だが仕方ない。なにせカズキにも、そして恐らくイノリ=ヴァレンタインにも退学という危機的状況が迫っているのだ。
手段は選らんで――
「え? いいよ、いいよ。私も同じことをお願いしようといていたから」
「……へ?」
いられないと思っていた。
次回、二アとイノリの関係が明らかになります!
次回の更新は明日を予定しております!