第十二話『残響』
「はぁ――……」
校舎と学生寮を繋ぐ中庭のベンチに腰掛け、カズキは何度目になるか数えるのを諦めたため息を吐いた。
同時にうずたかく積まれた『ポーション』の山を見て眉間にしわを寄せる。
ポーションとは消費した魔力回復を促進させるドリンクで、本来は黄色い色をした炭酸飲料に近い味がするのだが、何故かカズキが飲んでいたのは黒く濁った液体で、炭酸とはほど遠い苦みが含まれていた。飲んでも大丈夫と売店のおばちゃんは太鼓判を押していたのに大失敗だ。
余談だが魔力回復には精神を活性化させる必要があり、大量のカフェインが含まれていたりするのだが……
いったい何本飲んでいるだ、俺は!
自分自身に突っ込みを入れながら眠気が吹き飛んだ思考で(今日は眠れそうにないな……)などどうでもいいことを考えていると――
「あの~」
何時からそこにいたのか、一人の女生徒が困惑した表情を浮かべながらベンチに腰掛けるカズキを見下ろしていた。
「え? な、なに……?」
突然の出来事に対人スキルゼロのカズキはアタフタと手を振りながら狼狽する。
よく見るととても美人な女の子だ。
背中の中程まである金色の髪。片側のサイドは三つ編みで結ばれ、長めの髪は赤いリボンで結ばれており、背中では一房のポニーテールが彼女の動きに合わせ可愛らしく踊っている。
瞳は空のように澄んだ青い宝玉。新雪のようにしみ一つない白い肌。
そのやや幼い顔立ちは一見すると年下のようにも見える。
だが――
制服の下から主張する二つの頂が彼女の幼さを打ち消していた。
でかい。
その一言に尽きる。
クラスの中にも大きな胸の女性はいたがその生徒にも引けをとらないだろう。
十分に育った頂と幼い顔立ちの矛盾がより神秘的に彼女の美しさを描き出しているのは確かだ。
そこまで考えてカズキはようやく少女がこの場にいる理由に思考を巡らせた。
恐る恐る少女に向き直るとおっかなびっくりと相手の様子を伺うような視線を向けて言った。
「お、俺に何か用?」
「え~と、うん、そう……かな?」
少女は困った様子で頬を掻きながら曖昧に頷く。
要領を得ない彼女の仕草にカズキは警戒心を募らせる。
彼女がカズキに声をかけた理由は大きく分けて二つくらいだろう。
一つは彼女が『魔導技師』でカズキにテスターの依頼をしに来た。
もう一つは――一目惚れという線だ。
………………
…………
……
うん。自分で考えておいてなんだが二つ目はありえないな。
カズキは彼女が『テスターを依頼しに来た生徒の一人』であると考え、すぐさまどう断るかに思考を巡らす。
イノリとの初接触は最悪な展開だったがまだチャンスがないわけではない。
今、やらなければならないのはどう彼女のテスターになるか、その一点に尽きるだろう。
(なら、俺はさっきまで本当にどうでもいいことを考えていたことになるんだな……)
彼女に話しかけられる直前までカズキはサツキとの決闘のことばかり考えていた。
冷静になった途端、自分がいかに愚かな行動をとっていたか、痛々しいほどに理解し、悶々としていたりする。
魔導士を辞めると決意したのに、殺気を当てられただけで当時の感覚が蘇り、体が勝手に動いてしまったこと。
そしてサツキの『死』のイメージに脅え、外聞をはばかることなく、必死になって抗ったり――
どう考えてもあの戦いで『死ぬ』ことはなかったというのに、随分と恥ずかしい醜態を晒してしまったものだ。
そして肝心の勝負の行方は――
どう考えてもサツキの勝ちだった。
戦っている最中は負けるつもりなど毛頭なかった。だが最後の最後で致命的な隙を見せ、あろう事かその隙を見逃してもらったのだ。
これが敗北以外のなんだというのか。
カズキは勝負に負けた。
それに、サツキの言葉が棘となってカズキの心に深く刺さったままなのだ。
(アレンの言っていたように俺は『テスト魔導士』のまねごとをしていたってことになるのか?)
あの勝負から得られた事実はその一点と言っていいだろう。
カズキは勝負に負けたばかりか彼の発した言葉の半分も理解出来ていないのだから。
最後の最後までサツキの言う『テスターの面汚し』を演じていただけかもしれないのだ。
そんなことを悶々と考え、気付けば夕日が差し込む時間までベンチで一人ボーッとしていた。
「隣り座ってもいいかな?」
「え? ど、どうぞ」
カズキはベンチの脇にうず高く積まれた空き瓶を退かすと彼女が座れるだけのスペースを確保。
大量の空き瓶を間に挟む形でベンチを占領する。
さて、これからどうしよう?
彼女はカズキに用があって来たらしい。
ならここで「それじゃあお先に」と言って席を立つのは失礼だろう。
そうしたいのは山々だが――と人見知り全開のカズキに、
「アスカ君って思っていたより物静かなんだね」
と少女が話しかけてきた。どうやらすぐには解放してくれなさそうな雰囲気にカズキは内心で盛大に肩を落とすのだった。
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