第十一話『魔導戦(下)』
思い出せ――
半年前の感覚を――
戦ってきたその日々を――
その経験を、記憶を、その隅々まで――
勝つことは自分の全てを引き出すことに他ならない。
たとえ鈍っていようが、かつての日々に嘘はない。
勝つ為の術がその中にしか眠っていないのなら、それを呼び起こせ!
(いくぜ……)
カズキは深く腰を落とす。
腰をひねり、全身の筋肉を引き絞る。
溜めた力を足元、腰、肩へと躍動させ、腕の一本へと集約させ――
全身の力を一点に。さらには遠心力すら加えた最速にして最大の一刀。
「《風斬》――!」
カズキの持つ剣技の中で最速の一撃を誇る《風斬》。
風を斬った風圧すらも鎌鼬にする二重の剣戟だ。
『戦闘科』時代、カズキの『相棒』を十全に使う為に編み出した独自の剣技。その一つ
だ。
防ぐことは出来ない。
刃を防いだところで受けた体は大きく弾かれ――
その隙だらけの体勢に本命の鎌鼬が牙をむくのだから。
「――ッ!」
ガキイィィィン……と甲高い金属音が響く。
予想通りサツキがカズキの一撃を受け止めたのだ。
だがカズキは剣を握りしめたまま奥歯を噛みしめる。
(さすが、大自然の力を具現化した力だな……)
完璧に受けきられた……
遠心力を上乗せした《風斬り》が不発に終わったのだ。
その理由は、サツキが背負った大量の水――
水圧にカズキの一閃が押し負け、本命の鎌鼬すら濁流に呑まれて消滅してしまった。
サツキを支えるその水流にカズキの全てが敗北したのだ。
けど――
(それも予想の範囲ッ!)
受け止められるのは当然。
なにせ相手は町一つを潰すほどの水圧を操る『魔導士』だ。
カズキ程度の腕力など受け止められて当然。
だからこそ――
(この瞬間が欲しかったッ)
必要なのはこのタイミング。
サツキが刃を受け止め、足を止めたこの瞬間だ。
もはや、武器の破損を恐れはしない。
武器を心配して全力が出せませんでした。が通用する世界ではないのだ。魔導士の戦いは!
だから、全力を持って、カズキは死の魔の手から逃れることを選択する。
「う、おおおおおおおあああああああああああッ!」
ありったけの魔力を注ぎ込み《魔導器》を発動させる。
刀身を渦のように這い回る炎の蔦が展開され、高温の炎がサツキの纏った水流とぶつかった瞬間、大量の蒸気を生みだす。
程なくして――
「ぐ……お……」
これまで均衡を保っていた力のバランスが崩れはじめた。
カズキは吹き荒れる炎を推進力として利用し、さらにその熱はサツキの水を勢いよく蒸発させ、力を奪い取っていく。
当然、水の支えを失ったサツキの体は大きくバランスを崩し――カズキの一太刀によって槍を弾かれた。
(ここだッ!)
狙い通りの展開が訪れたことを見計らい、カズキは二度目の《風斬》を放つ――
その直後――
「……こんなところでッ!」
握っていた剣の重みが突如消え失せる。
パリィン……という音に続いて銀色の破片が視界に飛び込んだ。
手元を見るまでもない。カズキの握っていた刀型の《魔導器》が今し方粉々に砕け散ったのだ。
その事実はカズキだけでなく、この訓練場にいた誰もが息を呑む光景だった。
本来、《魔導器》が砕けるなんてことは滅多に起こり得ない。《魔導器》の動力源たる『疑似魔術炉』の性能に耐えうるだけの強度を《魔導器》の外郭は有しているのだから。
《魔導器》を破壊できるのは同じ《魔導器》か魔族の魔術くらい――
恐らくこの場にいる大勢の人がそう思っている事実は実のところ全くのデマだ。
強大な力、たとえば腕力があれば《魔導器》を破壊することは決して不可能じゃない。
要は『疑似魔術炉』が有する駆動負荷よりも強い力を生み出せればいいのだから。
だが、カズキにはもちろん《魔導器》を破壊できるほどの腕力を持ち合わせてはいない。
持っているのは――
《魔導器》を破壊できるほどの強大な魔力だけ――
「――く、お」
武器を失ったカズキはこの破壊現象に驚きはしたが、すぐさま冷静さを取り戻していた。
カズキにとってこの現象は慣れた――と言っていいほどよくあることだ。
カズキは恐らく人間の中では規格外の魔力を持つ人間。
魔力を厳密に計測する方法は今のところ存在しないが、数ある《魔導器》の多くを自身の魔力だけで破壊した経緯からそう判断されているにすぎない。
それだけの魔力があるなら《魔導器》など不要と断じることもできるだろうが、人間は魔族と違い、《魔導器》を介さないと魔術を使用出来ないので、いかに高い魔力があろうがそれに耐えうるだけのスペックを誇った《魔導器》がないとただの宝の持ち腐れ。
カズキは幾度となく経験した教訓からこの事態を冷静に対処する。
まず、もうこの剣は役に立たない。カズキは柄から手を離す。
次にカズキの体勢はもう《風斬》のモーションに入っていた。この状態から技を止めることは可能だろうが、急な姿勢の変更はかなりの負担を体に与える。
だから《風斬》を止めることは出来ない。止めて体の腱が千切れたり、筋肉が断裂したりするのは厄介だ。
ならこの体勢のまま出来ることに集中することくらいだが……
その出来ることも一つしかなかった。
魔導士にしか通用しない『対・魔導士』の技でしかないが……
カズキは小さく吼えると剣を手放した右手を大きく開ける。
体はそのまま《風斬》の体捌き通りの動きで空の右手を振う。
足先から右手の一箇所に力が収束されていく。
全身の力と遠心力がプラスされた渾身の空振り――
だが――
パシイイイイン!
という乾いた音と何かを握った固く冷たい感触が手の平に伝わる。
「ッ! てめえ……!」
サツキのうめき声ともとれる囁きが耳もとで聞こえた。
それと同時、サツキの体が完全に停止する。
いや、捕まえられたと言うべきか。サツキの持つ槍をカズキの空いた右手で握りしめることによって。
カズキは両手で槍の柄を握りしめると完全にホールド。
その狙いはサツキの手から槍を奪い取ることではなかった。
狙いはカズキの剣と同じく、魔力による槍の破壊だ。
サツキの刺すような視線と滲んだ冷や汗からすでにカズキの戦略は看破されているだろう。
だが、それがどうした? 魔力を流すのは一瞬でいい。一呼吸する間に全力の魔力解放。
それで恐らくサツキの《魔導器》も破壊。条件は対等になる。
いや、対等どころか恐らくサツキはカズキほど体術に心得がない可能性がある。
このまま押し切ることが出来るかもしれないのだ。
「ッ――!」
カズキは息を詰め、魔力解放に全神経を研ぎ澄ます。
放出されたカズキの魔力に耐えきれず、槍の柄に亀裂が入った。
その瞬間。
「ぐ、おおおおおおおおおおおおおおおッ!」
サツキの咆吼がカズキの全身を突き抜ける!
その雄叫びに身がすくんだ瞬間、カズキの腹部に強烈な衝撃が入る。
よく見ればサツキの水流を纏った拳がカズキの腹を突いていたのだ。
安全装置の反発力で体が吹き飛ばされ、床に強か体を打ちつける。
「がッ!」
短い悲鳴と共に大量の空気が肺から放出され、ゲホゲホと咳き込む。
酸欠により視界が真っ白になったのは一瞬ですぐさま色を取り戻した瞳でサツキを睨む。
(や、やべえ……)
もし再び槍を突いてくるなら全力で後退する必要があった。
だが、思いもよらぬ強打を受けた体は未だ回復にはほど遠く、起き上がることが出来ない。
敗北と同時に一度押さえこんだ『死』のイメージがカズキの首筋を舐めた。
だが――
「……ちっ」
サツキはもうもうと白い煙を上げる半壊状態の槍を一瞥すると眉間にシワを寄せ、無言で槍を下ろしたのだ。
そのままカズキに背を向け、訓練場を後にしようとする。その背中が語っていた『もう終いだ』と。
「ッ! く……」
なんとか立ち上がるだけの体力を回復させてカズキは去りゆく背中に向かって声を張り上げる。
「なんで……ッ」
決着をつけないのか?
今、この瞬間こそまさに絶好のシチュエーション。
いかに《魔導器》が半壊していようが強引に魔術を使えばカズキに勝てていたはず。
だからこそ、ここ一番の勝負を捨てる理由が思い至らなかった。
サツキはピタリと足を止めると振り向くことなく告げる。
「俺の目的はてめえを倒すことじゃねえ」
「……え?」
サツキの口にした言葉にカズキの思考が空回りする。
今まさにお互いの意思を貫くために刃を交えていたはずだ。
この決闘に引き分けはない。どちらかが勝ち、どちらかが負ける。
そうでないと意味がない。
引き分けは己の意思を曲げる行為だ。
そんな愚行を戦闘専門の魔導士が許すはずがない。
カズキのその思考をまるで読み取ったようにサツキは素っ気のない声で呟く。
「いつまで『魔導士』でいるつもりだ?」
「な……んだって……?」
そんなのいつまでもない。
とうの昔、半年前のあの日にカズキは魔導士を辞めている。
「アスカ、お前は魔導士を嫌っているくせにその思考はどこまでも魔導士そのものだ。だからお前はテスト魔導士の重みを理解してない。していないから無様なんだよ」
「テスト、魔導士の重み?」
「……そいつが少しでもわかればもう少しはまともな面構えになるだろうよ……『テスト魔導士(笑)』さん」
サツキは言いたいことだけ言って満足したのか訓練場を後にして、波乱に満ちたカズキの初日は意外な結末で幕を閉じたのだった――。
この回でサツキとの戦いは終了です!
カズキのチート性能が垣間見える回でした。
因みにカズキのようにポンポンポンポン《魔導器》を壊せる人間はいません!
魔族との決戦兵器ですから……
次回の更新は明日を予定しております。新しい正統派ヒロイン登場の予感が!




