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第十話『魔導戦(中)』

 《流乱》を終えたサツキの放つ威圧感が一変する。

 ピリピリと肌を刺すプレッシャーが強引にカズキの思考から余計な情報を切り離した。

 それと同時。


「さて、次はコイツだ!」


 腰を深く落とし、槍を構えたサツキが突進してくる。

 今度はあの霧の結界を張っていない。

《流乱》と呼ばれる魔術は発動していなかった。

 なら十分に対処は可能だ。

 カズキは炎の剣を構え、真っ向から受けて立つ。


「甘えッ!」


 カズキの対応にサツキは声を大にして叫ぶ。

 サツキの顔は罠に嵌まった獲物をあざ笑うかのように破顔し、その表情を裏付けするかのごとく、彼の背後から一瞬にして大量の水が押し寄せて来る。その規模はほとんど厄災レベルと言っていい。


「――なッ!」


 なんだ、あれは!?

 思わず叫び出しそうになった衝動をこらえ、カズキはすぐさま体を翻し走り出す。

 あの水量は剣で対処出来るレベルを超えている。

 まさしく津波そのもの。

 それを背よった相手に剣で真っ向から挑めば剣ごと粉砕されかねない。


 とにかく距離をッ!


 全力で駆けだしたカズキよりも圧倒的に速い速度でサツキが距離を詰めてくる。

 それも当然だ。たかが人間の脚力ごときが大自然の驚異に敵うはずがないっ!


「それが全力か?」

「――ぐッ!」


 すぐ側で聞こえる嘲笑にカズキは粒状の汗を浮かべた。

 津波に乗ったサツキの槍が今まさにカズキの心臓を穿たんとその切っ先をカズキに向ける。。


 どうする!?

 受けて立つか?

 それとも回避に専念する?

 いや、そのどちらも不可能に近いはず。

 なにせ津波の破壊力は一つの町を一瞬にして壊滅するほどの力を持つ。

 それほどの膂力を持った一撃をまともに受ければ、まず間違いなくこちらの体が保たない。

《魔導器》にしてもそうだ。

 この剣がどれほどの強度を持つのかわからないが、津波の持つ破壊力に耐えられるとはとても思えない。

 なら答えは一つ――


(受け流すしかないッ!)


 回避も防御も不可能。


 なら威力を可能な限り威力を殺し、カウンターの一撃を放つ――


「いくぜ! 《流撃》――!」


 津波の威力を纏った槍を振り回し、サツキがその切っ先をカズキに向かって突き出した。

 剣を構えたカズキは――


「――ッ!」


 あまりにも自分の考えが浅はかだったことにその瞬間気付くことが出来た。

 咄嗟に身をひねり、その一撃を受け流すことなく転がるように前転して《流撃》を避ける。

 直後――


 ガアァァァァァァンッ!


 訓練場全体が揺れるほどの巨大な衝撃が発生。

 直撃したフロアの床に大きなクレーターを作りだしたのだ。


(なんて威力だ……)


 カズキはその一撃を目の当たりにして背筋を凍らせるほどの悪寒を覚える。

 この訓練場にはカズキやサツキ――このフィールドにいる生徒全員と同じ強度の安全装置が働いているはずだ。

 その床に巨大なクレーターを作った意味を一瞬で理解したカズキはなりふり構わず後方へと逃げた。


「大した勘だな」


 波を纏った槍を旋回させながらサツキはどうでもよさげに呟く。

 カズキに対してもはや微塵の感心もないのは明らか。

 その眼差しは心底嫌気がさしているようにすら見える。



 一方でカズキは呼吸を整えると、改めてこの魔導士の持つ力量に敬畏を示した。

『戦闘科』でもこれほどの力を持った『学生魔導士』はそうはいない。

 それと同時――

 改めてトーカの言っていた条件の意味を理解する。

『ソロでランクB以上を達成出来る力量』

 その意味と強さを――



 だからこそわからないことがある。

 これほどの力を持ちながらなぜ『テスト魔導士』なんてやっているのか?

 サツキほどの実力者ならすでにどこかの部隊に配属されていてもおかしくはない。

 カズキのように『戦い』から逃げ出したかと言えばそうでもない。

 彼のどう猛な瞳は戦いに飢えたそれと同じ。

 強者を追い求め、また強くなることを望んでいる目。

 だからこそ――


「わからない……」

「……あぁ?」

「どうしてお前が『テスト魔導士』になったのか……そこまでの強さがありながら……」

「んだよ、そんな事か」


 サツキはぶっきらぼうに頭を掻くと一言――


「守る為に決まってんだろ」

「……守る?」


 何を?

 カズキの問いにサツキが答えることはなかった。

 ただ代わりに――


「テメエのように逃げ出してないことだけは確かだってことだ!」

「――ッ」


 カズキの心の弱さを正確に突いてきた。

 ビクリと反射的に肩が揺れる。

 体が無意識の内に恐怖に縛られる。問答無用で手足が震え、視界が黒く染まっていく……

 たった一言の言葉によって、カズキの心が負けた瞬間だった。

 カズキの動揺を悟ったのかサツキは唾を吐き捨てる。


「腰抜けが。テメエは俺たちテスターをも侮辱してやがる……虫ずが走るぜ」


 異様なまでに膨れあがった殺意にカズキは生唾を飲み込む。

 二人の攻防を見守っていたグレイが囁くようにカズキに声をかけた。


「お、おい、アスカ、もういいだろ? 止めにしようぜ。アレはマジでやばいって……」


 訓練場に穿たれたクレーターを見て引きつった表情を浮かべるグレイの提案をカズキは首を横に振ることで断る。


「どうしてだよ……もう俺たちのテスト稼働は終わってるだろ。これ以上はマジで怪我するって!」

「…………」


 グレイの言葉はもっともだった。

 彼の言葉に従い、剣を降ろすのが最も賢い選択なのだろう。

 心はすでに負けている。カズキの中に燻る本音が「降参しろ」と囁くのだ。


 だけど――


 引けない。

 カズキは本能がけたたましく鳴らす警鐘を、クラスメイトの忠告を無視して剣を握りしめる。


 本当は今すぐにでも逃げ出したい。

 サツキの背後に見える圧倒的な死の威圧間を前にカズキの心はすでに恐怖に塗り固められてていた。


 だが、完全にカズキの心が折れかけたその時、思い出したのだ。大切な人の言葉を。


『――その時は覚悟を決めなさい――』


 記憶の奥底に眠っていた大切な言葉が、折れかけたカズキの心を補完していく。

 何度も言葉を交わし、聞き慣れた声。恐らく生涯で一番一緒にいた時間が長かった彼女の声がカズキを崩壊寸前のギリギリで支えてくれたのだ。


(ああ、そうだ……)


 サツキの放つ死のイメージは確かに恐ろしい。

 だけど――

 あの日の死に比べれば――

 あの絶望に比べれば――


 この程度の死は――生ぬるい。


 本当の死を半年前に味わったカズキからしてみれば、たかが人間一人が内包する死のイメージはあまりに陳腐に過ぎるというものだ。

 


 その瞬間、カズキの全身の震えが止まる。

 剣の感触も、呼吸も、心音も、体温も全て感じられる。この時になってようやくカズキのコンディションは最高潮に達した。


 

 そうだ。負けない。

 魂が叫ぶのだ――!

 ここで負けることは許さないと!


「おおおああああああッ!」


 カズキは剣を構えるとサツキに向かって駆け出す。

 それは誰の目から見ても無謀な特攻。

 その場にいた全員が顔を覆う。または小さな悲鳴を上げた。

 だが、剣を構えたカズキだけは違った。

 悲愴な眼差しも脅えすらない。

 驚愕に満ちた表情もどこかに消え、その口元は僅かにつり上がっていた。


次回の更新でサツキとの戦いがひと段落する予定です。

その後、ゆっくりとヒロイン攻略に努めたいと思います。


次回の更新は明日を予定しております!

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