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第九話『魔導戦(上)』

「ぐ、おおおおおおおお!」


 カズキは全身の魔力を奮い立たせ、《魔導器》を発動。

 その刀身にカズキすら巻き込む炎熱の渦を発生させた。

 柄を握りしめた手の皮が焼ける痛みに口元を引き絞る。

 安全装置が即座に作動し、青白い光の粒子がカズキの両手から立ち昇った。

 だが――痛みに耐えながら《魔導器》を発動させたかいはあったようだ。


 金属を焼く異臭がカズキの鼻につく。


 ジュッという音は槍の先端を焼いた音だった。


「チィッ!」


 サツキは舌を打ち鳴らすと苦い表情を浮かべカズキから距離を離す。

 焦げ付いた槍の先端を見てその表情が怒りに溢れる。


「おい、アン!」

「なに、サツキ?」


 サツキの背後で空中に投影したデータを見ていた一人の女生徒がサツキに目を配る。

 恐らくは彼女がサツキの持つ《魔導器》の技師なのだろう。

 データに目を走らせていた彼女が眼鏡のブリッジに触れると空中に投影していたデータが消えていく。

 眼鏡型の《魔導器》でサツキの武器を測定していたのだ。

 彼女は戦闘の最中に呼びかけられことに意外そうな表情を見せながらも小首を傾げた。


「テスト項目はあと何が残っていた?」

「項目? それなら耐久と、後は……《流撃》と《流乱》のテスト稼働かしら?」

「なら、この勝負で残り項目も消化する。因みに――耐久性は難ありだッ!」


 サツキは槍の先端を地面すれすれで構え、カズキに向かって駆け出す。

 カズキに勝ると劣らない速度で距離を詰めたサツキは槍を振り上げた。

 カズキは剣を打ち下ろして迎撃する。

 甲高い金属音と火花が散った。



 炎を纏ったカズキの剣はサツキの持つ槍を溶かし、もうもうと煙が燻る。

 すぐにでもカズキの炎がこの槍を溶断する。

 誰もがそう思う中、カズキは額に冷たい汗を浮かべる。



 おかしい……

 確かにこの煙はカズキの炎によって生じたもの。

 だが、それにしてはこの煙は妙だ。



 立ち上る煙はすでにカズキの視界を覆うばかりか二人の周囲をすっぽりと覆っていた。

 多すぎる――ッ!

 その違和感はすぐにカズキに向かって牙を剥いた。

 煙で視界が絶たれた瞬間、


「《流乱》――ッ!」


 サツキの声が木霊する。


(不味いッ――!)


 カズキはすぐに鍔迫り合いから脱出。全力で後ろに逃げる。

 だが――



 煙に紛れて乱反射した光がカズキの視界を白く染めた。

 視界が途切れたその瞬間、胸に強烈な痛みが貫く。

 槍の石突きがカズキの胸部を突いたのだ。

 石突きの打突は胸骨を突き抜け肺にまで届く。

 振動で呼吸が止まる。

 安全装置のおかげで肋骨を折るまではいかないが、それでも骨折時の痛みは味わう。


「ぐっ……」


 カズキは肺から溜まった空気と血を吐き出しながらすぐさまバックステップで距離をとる。

 だが、その程度でこの霧の結界から逃れることは出来なかった。

 きらきらと水滴が霧の中で乱反射する。

 研ぎ澄まされ鏡のように磨かれたカズキの刀身とサツキのもつ槍の刃がその水滴と霧に照らされて光り、余計に視界を悪くしていたのだ。


(この状況でどうして俺の位置を……?)


 濃密な霧は視界を完全に遮り、カズキに居場所を知る術はない。

 いったいどうして……


「そこだぁッ!」


 考える暇も無く、サツキの石突きが霧の中から突き出される。

 カズキはすんでのところで反応。刃を返してその一撃を受け流す。

 なんとか危機的状況を脱することは出来たが、同時にカズキは背筋が凍る感覚を覚えていた。



 的確すぎるッ!

 正確にこちらの急所を狙ってきた一撃にカズキは戦慄する。

 視界の悪い、いやもう完全に絶たれたこの霧の中でこれほど的確な攻撃を行える技量にカズキは生唾を飲み込む。

 戦いの技量だけで見ればサツキという男はカズキの剣を上回っている。



 対策はある。

 けど、それを行うには《魔導器》にかなりの負担を与える。

 その一回でもしかしたら壊してしまう可能性……

 悪くいえばその対応をした途端、破損しかねない。

 だから、カズキはその手段を決めあぐねていた。


(なにかカラクリがあるはずだ。この魔術のカラクリが……ッ)


 その策がとれない以上、カズキはこの結界をどうにかするしかない。


(相手は人間だ。人間の使う魔術は絶対に何かの理屈があるッ!)


 魔族の魔術はそれこそ理屈のない魔法みたいな奇蹟の技だが、人間の使う魔術は違う。

『疑似魔術炉』で発動する魔術は一見して魔法みたいに見えるが、そこには筋の通った理屈があるのだ。

 だからサツキがカズキの居場所を知ることの出来る理由もきっとある。

 それがわかればいくらでも対処が可能だ。

 カズキは何度も打ち出される石突きを交わしながら必死に脳をフル回転させる。



 感じろ。

 その違和感を。

 この魔術の弱点を――

 相手は完成された《魔導器》じゃない。未完成の《魔導器》だ。

 ならその弱み――欠点は完成されたそれよりも見つけやすいはずッ!


「ははッ! そこだッ!」

「ぐ、アッ……!」


 何度目かの突きがカズキの肩を捉え、突き飛ばす。

 握力がなくなり、刀を取りこぼしそうになる。

 カズキはすぐさま利き手から刀を持ち替え、反撃に出る。

 突き出された場所にサツキはいるはず。

 避けられる可能性も考慮して、カズキは突きではなく、横薙ぎに剣を振う。

 だが、


「悪くない手だ」


 身を屈めたサツキの頭上をカズキの剣が空しく通過しただけだった。


「嘘だろ?」


 これはもうカズキの姿が見えているとしか思えない。

 それもかなり正確に。


(まさか……)


 カズキはすぐさま距離を離すと、なにもない場所で勢いよく刀を振り回した。

 剣圧が周囲の霧を一瞬晴らす。

 ――が、それも一瞬のことで、すぐさま濃密な霧が再びカズキを覆い隠した。

 だが、カズキはその場を動かず、あろう事か刀を縦に構え、身を屈めて蹲る。

 まるで打ってくれといわんばかりにその場から動こうとしない。

 そのカズキめがけて石突きが勢いよく突き出される――!




 ◆




 だが、その一撃はカズキの頭上を通過しただけだった。

 カズキは小さく微笑むと最小限の動きだけで体を起し、刀を突き出す。

 その一撃は槍の下を真っ直ぐにくぐり抜け、その根元を持つサツキの脇腹を貫いた。


「グッ……!」


 バチンッ! と青白い光が剣尖と脇腹の間で火花を散らした。

 それは安全装置が危険を感じた時に展開する防護壁だ。

 この防護壁は本来、物体同士を反発させる能力がある。もし訓練中に大怪我に繋がるような衝撃が訪れた時、その原因となる物体から強制的に保護者をはじき出す機能が備わっているのだ。

 カズキはその機能を利用した。

 グッと刀に力を込め、反発力を高めると同時に自身も後方へジャンプ。その衝撃を推進剤に大きく跳躍する。

 今度こそ霧の外に脱出したカズキは脇腹を押さえて睨み付けるサツキと対面した。


「てめえ……気付いたのか?」

「ああ」


 と、カズキは頷き、《流乱》の正体を暴いていく――


「もともと違和感はあったんだ。槍の攻撃には突きと払いが存在する。けどお前は一度だって払いを使わなかった。最初はそういうスタンスなのかと思ったけど、あの霧が発生する前、確かに払いも使っていた」


 それこそがこの魔術を解く鍵の一つでもあった。


「お前はあえて払いを使わなかったんだ。払うことで霧の中の水滴を飛ばさない為に。あの水滴は刃の光を乱反射させるだけじゃなく、水滴の位置を君に伝える役目もあったんだ。だからこの水滴の揺らぎで俺の位置を正確に知ることが出来た」


 もっとも槍の刃先じゃなく石突きを使ったのは防護壁の反発を気にしてのことだろうが……

 カズキが跳躍して霧の中から抜け出したように、攻撃の威力が増すにつれて防護壁の反発作用は高くなっていく。

 そして石突きよりも槍の刃先の方が当然攻撃力は高い。

 サツキはカズキがその機能を利用して結界から逃れるのを防ぐ為にあえて石突きを使用していたのだ。

 もっともそこまで説明するつもりはないが……

 サツキは苦々しい表情を浮かべ、唾を吐く。


「まあ、正解だ。ならもう対処方も検討がついているな?」

「? まあ、それは……」


 なぜそんなことを聞いてくるのか?

 技の対策を練られることは魔導士にとってよくない。

 その技が通用しなくなることで派生した魔術すら使えなくなるからだ。

 だから、技のカラクリを肯定し、あまつさえ対策方法まで聞いてくるとはカズキも思っていなかった。


(どういうつもりだ……)


「まあ、そんな不思議そうな顔するな。聞かせろよ、テメエの対策ってヤツを」

「……簡単な話だ。《流乱》は水滴で相手の位置を探る。ならその水滴を飛ばす、あるいはまともに感知出来なくなるまで乱れさせればいい。俺がやったように……」


 剣圧で一度水滴を飛ばし、身を屈めて固定したことでサツキはカズキの位置を見失った。

 他にも――


「テメエの剣を使えば簡単にこの技を破れるよな?」

「――ッ!」


 今まさにカズキが考えていたことを指摘され思わず息を詰まらせる。

 まさにその通りだ。

 今カズキの使っている《魔導器》は炎を纏うもの。

 それを展開し、水滴を蒸発させれば相手に位置を気取られなくなる。

 もっともこの剣の炎は強大すぎて展開するだけで目印になりかねないが……

 だが、操作性の高い炎の武器なら《流乱》を完全に防ぐことが出来るのも事実だ。

 そして、防ぐことが出来るということは、逆に言えば攻撃に利用することも可能になる。

 けれど、その事実を素直に認めるのも何だか気分が悪く、カズキは小さく鼻を鳴らす程度に留まった。



 カズキのそこ態度をどう受け取ったのか、サツキの表情は目に見えるほどに歪む。

 鋭い視線はより強く、自慢げに能力を語っていた能弁な唇は横一文字に閉じられた。

 カズキの態度の何がそこまでサツキの怒りを買ったのか判断出来ない。

 だが、今のサツキには先ほどまで感じなかった感覚を覚える。

 まるで、相手にされてないような……

 カズキのその疑問は次の瞬間には記憶の中から消し飛ぶことになるのだった。


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