発情期
雨が止んだ。
ぽつりぽつりと名残惜しそうに落ちてきていた滴もすっかり止んでしまい、うっすらと雲の隙間から太陽が差し込んでいる。
これは暑くなるなぁと由希は独り言をこぼしながら店の敷居をくぐったとき、ようという陽気な、でもどこか疲れたような声が由希を呼んだ。 店の縁側へと足を進めると由希を呼んだ声の主が手を振っていた。
「よう、由希。 やっと来たな… 」
ため息をこぼしていたのは大之助の兄である甚一郎だった。
なぜか上着を脱いでいた甚一郎の上半身はなにかが噛みついた跡、ところどころにつけられたうっ血の跡。 そしてその原因を作ったであろう腰にしがみつく大之助の姿。
口を開いた大之助。 ちらりと見えた鋭い牙を兄の腹部に食いこませる。 痛みに顔を歪ませた甚一郎は大之助の頭を叩く。
「どんな状態なんですか? 」
「由希、訳はあとで話すからとりあえず代わってくれ。 数時間もこの状態だからトイレにも行けなくてな… そろそろ限界だわ」
意味のわからない由希だったが甚一郎に手招きをされては拒むこともできずに近寄ると甚一郎に大之助を渡された。 ずしりとした重みに重いと由希が呟く前に甚一郎はトイレへと駆けこんでいく。
「大之助さん? 」
甚一郎に手渡された大之助の重みで由希はしりもちをついた。
由希の首元に顔を埋めて、ちろりと舐める。 くすぐったいともらした由希を抱きしめて違うとつぶやく。
「甚一郎は? 」
「い、いまトイレに行ってますけど」
それを聞くと大之助は由希から体を離すと体をふらつかせながら、トイレへと歩みを進める。
トイレの前へとやってくると扉を力強く叩いた。
「早くでてこい」
大之助はゆっくりと言い放つ。 少し待てという甚一郎の言葉をかき消すようにもう一度、扉を今度は激しく殴りつけた。 トイレの中からため息が聞こえてくる。
「大之助さん、せめてトイレだけ行かせては… 」
「甚一郎!! 」
由希の声が聞こえていないというように何度もトイレの扉を叩いた大之助。 扉を壊そうと足を振り上げた大之助だったが、開かれた扉の先に立っていた甚一郎を確認すると足を戻して甚一郎にしがみついた。
「ほら、大之助。 ここでは動きにくいからさっきのところに戻るぞ」
大之助の頭をなでるとおとなしく甚一郎の背中に回りこみ、腰に腕を回した。 それを確認した甚一郎は大之助をひきずっていく。
「悪い、由希。 なにか飲み物を淹れてくれないか? 」
甚一郎の言葉にただいまと由希は台所に向かった。 後ろでいい加減にしろーという力のない甚一郎の声が耳に入ってくる。




