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 昼間とは思えないほど暗い世界に怖いなと由希は己の肩を抱きながら黒猫を呼ぶ。

 名前は知らないため黒猫と呼ぶ由希。 大之助でさえ黒猫の名を呼んでいるところを見たことがない。


「にゃあ」


 黒猫が鳴いた。

 だが、辺りを見渡すも黒猫の姿がない。 どこに行ったのかと見渡すと再び聞こえるにゃあという声。 耳をすますと黒猫の声は家の奥へと続いていた。


「ここにいるのか」


 奥にある部屋の襖を開いたとき、その黒猫を膝に乗せた男が部屋の中央に座っていた。


「あなたは一体…… 」


 先ほどまで感じなかった老婆以外の人の気配に由希は息を飲んだ。 男は黒猫を撫でていた手を止めて由希へと視線を送った。

 その瞳は両方とも閉じられていた。 光を受け付けないというように閉じられた瞳だったが、その口元は笑っているように由希は感じる。


「人のにおいがする」


 男はつぶやいた。 

 膝の上にいた黒猫を下ろすとその場に立ち上がった男の体は由希より頭一つ分以上も大きく、男の右足はよく見ると膝から下が見当たらない。

 いよいよお化けと遭遇したのか、と由希は逃げようと男に背を向けたのが間違いだった。


「とてもうまそうだ」


 男の声が耳元で聞こえた。

 由希の目の前で襖の扉が滑るように閉まると由希の額から冷汗がこぼれた。

 男に両方の腕をつかまれて引き寄せられた由希は男のほうへ引きずられ、背中から叩きつけるように抑えられた由希の唇を男はなぞる。

 驚きに開かれた由希の唇にそれを重ねた。

 ねっとりと絡みつく男の口づけに由希は目を細める。

 息苦しいと男の肩を叩く由希を逃がさないように男は己よりも一回りも小さい少年の体に体重を重ねた。


「とてもいいにおいがする」


 由希の唇から離れた男はつぶやいた。

 己の唇を舐めて由希の首に顔を埋めた男にくすぐったいと肩を押して抵抗を試みた由希だったが、びくりとも動かない男に諦めたのか力を抜いていく。


「暴れなくていいのか」

「暴れたって、離してくれないくせに」


 いじわるだと愚痴をこぼした由希に男は声にだして笑った。


  ※※※


 次に由希が目を覚ましたのは、再び大之助の使っている布団の中。

 前と同じように足元をめくって由希の足を撫でている大之助の姿があり、由希はため息をこぼした。 

 ただ前と違うのは由希がなにも着ていないということ。


「うわっ、ちょっ、裸じゃんか」


 恥ずかしいと布団をめくる大之助を蹴飛ばした。

 勢いよく壁に激突した大之助にざまあみろと由希は思いつつも、着ていた服が見当たらず布団からでることができなかった。


「服はどこですか! 」


 由希に蹴飛ばされた腹部をなでる大之助に問う。 洗っていると口にせずとも指さした先にある洗濯機が動いている様を見て、洗濯をしていることに気がつく。


「ありがとうって」


 布団からでるにでられない由希はそばに寄ってきた黒猫を抱いた。 あごを撫でると気持ちがいいのかごろごろと喉を鳴らす。

 もっと撫でてというように黒猫は由希へと視線を向けた。


「なにがですか」


 お礼を告げた大之助に由希は意味がわからないと問い返す。 


「ばあさんのところの奴に頼まれていたから。 生粋の人に会ってみたいと」


 だからと大之助は言う。

 そこで由希は初めて大之助とあの老婆によって仕組まれていたことに気がつく。 舌を打った由希に助かったと大之助は続ける。

 黒猫の頭を撫でるをのやめると黒猫は由希の左腕に尾を一度だけ絡ませてすぐに部屋から出ていった。


「あいつって、なんだったのですか」

「あれは、ばあさんの家に住みついた付喪神。 猫を通じて声をかけてきた」


 生粋の人に会わせてほしいと。


「どうしても見てみたいからと頼まれて。 でもただ会いに行ってくれと言ったって由希は行ってくれないだろうからお菓子を持っていくという名目で行ってもらった」


 あっけらかんと言う大之助をにらみつけた由希。 おっかないと胸の前で両手を広げた大之助は懐に入れていた一つの封筒を手にとるとそれを由希の手のひらに乗せる。


「バイト代を少し上乗せしておいた。 あとその付喪神から謝礼も入っているから」

「なんか、売春でもしたみたいで気分が悪いのですが」

「大丈夫、ただ体をじっくりねっとり見せてもらっただけで最後までしていないと言っていたから貞操は無事だと思うけど」


 それだけと言い、部屋からでていった大之助。 


「余計に気持ち悪い」


 由希のつぶやきは誰に聞かれるわけでもなく、すぐに消えていった。



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