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「こんにちは、大之助さん」


 無造作に伸ばした髪の毛をがりがりとひっかく男。

 ちらりと見えた人であるならばそこにあるはずの耳はそこになく、かわりに頭に猫のようにとがった耳が生えていた。 人の尾てい骨のところからは黒い尾が生えて、男の左足に絡みついている。


「由希」

「掃除から始めますので」


 腕をまくりあげてバケツに水を入れた由希は中にあった雑巾を絞っていると大之助に呼ばれた。 

 大之助の右手には巫女特有の赤い服、左手にはどこかお屋敷で働いている者が着ているような黒いメイド服。 もちろん、ひらひらのレース付きで。


「どっちがいい? 」

「どちらもお断りさせていただきます」


 大之助の問いに間をあけずに答えた由希は棚を拭いていく。 お菓子には決して雑巾が触れないようにどかして一つ一つ丁寧に。

 ちょうどざらめで作った飴を持ち上げたとき、由希の左足にぞわりとした感触が走り不意に声をあげた。

 落としそうになった飴を棚に戻して左足に視線を送るとそこには大之助からのびてきたであろう黒い尾が絡みついていた。 

 ほどこうにもそれは由希を逃さないように何度も太ももを撫でながら、足をひっぱる。 言葉で来いともいわずに尾で呼ぶ大之助に由希はため息をこぼす。

 

「なんですか、僕はすることがあるのですが」


 尾に導かれるままに大之助の前にきた由希。 それを確認すると由希の左足から尾を放す。 先ほど手に持っていた巫女の服を由希に合わせてはうんと声をもらしてもう一つのメイド服を合わせる。

 右と左に持った服を何度も由希に合わせてはうんとうねり声をもらした大之助は諦めたようにそれをそばに放り投げた。 主人が放り投げたのを見た黒猫はそれを咥えて店の奥へと戻っていく。


「制服が決まらない」

「掃除がメインだからこのままでも大丈夫です。 それに何度も言いますけど僕は男ですから」

「いっそのこと、服を脱いで割烹着一枚でも俺は」

「そんな恰好をしてくれる女性の方を探してください。 僕は絶対に遠慮です」


 この大之助という男、初めて会ったころからおかしかったと由希は思う。


 もともと働くつもりのなかった由希。

 中学の卒業式の帰りに家路へと向かっていた由希の道沿いでなぜか壁と電柱に挟まって動けなくなっていた大之助をひっぱりだして助けたのがきっかけ。


 それから由希のなにを気に入ったのかずっと付きまとうように。

 学校の行きがけと帰りがけ、見渡せば必ず男の姿があった。 それは男が女をストーカーしているようにとてもしつこく、由希はうんざりしていた。


 要件を問えば、気に入ったので店で働いてほしいというもの。


 毎日のようにいる大之助の姿に由希は仕方なく店を手伝うようになったものの、大之助がいつも商品を作って家にこもっているため由希の仕事といえばまれにくるお客の相手と店の掃除くらいだった。


 そんな日々のなかで制服を決めようと大之助が考えてくるものはなぜか女が着るようなひらひらとした服ばかり。 理由を問うも、


「似合うと思うから」


 の一点張りで由希の否定など全く聞き入れはしなかった。 一度、由希にタイトミニのスカートをはかせようと服を脱がせたところでお客が来たことがあった。


 そのときばかりは由希の平手打ちを大之助は頬に食らい、しばらくは腫れがひかなかった。


「そういえば新商品を作った」


 食べてくれと言う前に由希の口に押しこんだ大之助。 感想を聞くまで逃すつもりのない大之助は口を動かす由希の右腕に尾を絡ませる。


 くすぐったさに肩を上下させた由希にどう? と問う。 


 口いっぱいに広がる甘い味、それがチョコレートだと知った。

 溶けたチョコレートの中から苺味の液体があふれてせきこみそうになるもなんとか吐きださずに済んだ。


「おいしいです。 けど中の液体、多すぎないですか」


 むせそうになったという由希にうんと大之助はそばにあったメモ紙に由希の言葉を忘れないように記していく。 


「中の苺はどうだった、はちみつとかのほうがよかった? 」


 先ほどの苺味をはちみつに変えてと考えた由希だったが首を横に振った。


「それでもおいしいかもしれないけど、僕はこっちのほうが好き」


 納得をした大之助は由希の右腕を解放すると家の奥へと戻ってしまう。 足元に体をすりつけてきた先ほどの黒猫の頭をなでたとき


「すみません」


 来客を告げる声が聞こえた。 ここ二、三日で初めての来客だ。


  ※※※


「ただいま、帰ったよ」


 客はあれから来なかった。 あのときにきた者一人だけ。 片方の耳を亡くした犬神の男。

 甘いお菓子のにおいにつられてきたといい、店に置いているお菓子を適当に選んで帰っていった。


 それから掃除を済ませて由希は家路へとついていた。 


「お帰りゆきぃぃ、飯が冷えるだろ」


 由希の帰りを待っていたというように一人の男が台所からひょっこりと顔をだした。 薄い灰色の交じった白い髪を腰までたらし、縦線の入った着物を着ているその男は由希を見つけると靴を脱ぐ由希を抱きしめた。


 中途半端に靴を脱いだ状態で抱きしめられたため、靴は散らばり由希の体は崩れ落ちるように男の胸へと引き込まれた。


「さあ飯を食うぞ。 今日は腕によりをかけたぞ」

「それ、いつも言っている気がする」


 男の名は墨と言った。 


 筆の付喪神だというのに名はなぜか墨だといい、おかしいと由希は思っていた。 墨の名は昔の主人がつけたといい当の本人も特に気にしてはいない。 見た目は三十ほどに見えるこの男も付喪神として生まれて数百年というから由希は驚きが隠せなかった。


 由希は小さい頃に両親を亡くして一人でいたころに墨と出会い、いまでは家族のように二人で暮らしており、一緒に風呂に入るほど仲が良い。


「たんと食って大きくなれよ」


 由希の頭をわしづかむように撫でる墨に痛いと手を振り払って由希は靴をそろえて上がった。

 家の中にはハンバーグのおいしそうなにおいが由希の鼻に届き、それと呼応して由希のお腹が反応を示す。

 早く食べたいと由希が口にせずとも正直なお腹につい笑みがこぼれた。


「今日はどんなことを教わったか」


 己で作ったハンバーグの出来にうなずきながら墨は今日の由希が体験したことを問う。

 由希はというと頬いっぱいにハンバーグを押しこんでおり、声を発することができなかった。 胸元を叩き、なんとか声をだすことができるようになると。


「おいしい。 いつもと変わらないよ。 相変わらず人と妖と妖怪の違いについて勉強したくらい」


 ほかにクラスメートからすごく見られたと報告をした。 



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