ハグをおひとつ
「フリーハグ? 」
朝食を終えて歯を磨いていた由希の耳にテレビから声が入ってきた。
題材は【フリーハグ】
海外の文化らしい。
テレビの確認にきた由希はテレビの先の海外で自由に抱擁する者たちの姿を眺めていた。
みなそれぞれ楽しそうに行う文化になんだか面白そうだと思うと、すぐに口の中をきれいにすると台所で食器を洗う墨に抱きついた。
「どうした、由希? 」
洗う手を止めて由希の方を振り返った墨に正面から抱きつくと墨は満更でもないと嬉しそうに由希を抱きしめ返した。
たしかに暖かくて心地よくて、悪くない。
「テレビでね、フリーハグのことを言ってたから墨にとしがみついてみたんだ」
「フリーハグ? また変わった文化があるものだな」
「うん。 だからいっぱい墨に抱きつこうかと思って」
息子の突然のお願いに墨は喜んでと言わんばかりに由希を抱きしめる。
ふわりと墨から香るおいしそうなご飯のにおいに思わず喉を鳴らしそうになった。 さっき食べたはずなのに、空腹をそそるにおい。 父親からするにおいに由希は思わず笑った。
「お前はかわいいなぁ」
由希がかわいくて仕方ない墨は何度も抱きしめて、ほおずりをして、口づけて。 由希がくすぐったいともらすまでそれは続けられた。
そんなときチャイムが二回。 その音に墨の眉間にしわがよっていく。 誰がきたのか、なんて二回の合図で決まっている。
返事をする前にチャイムを鳴らした当人が家の中へと入ってきた。 無数の目をぎょろつかせながら抱きしめ合っている由希と墨を見つけると百目鬼は二人ごと抱きしめて、墨の額に口づけひとつ。
「二人でなにをされているのですか! 私も是非とも混ぜていただいて」
「だああうざい! なんの用できやがった! 」
「久々の非番をもぎとってきたので墨をかわいがりに来たのですよ! そしたら私を差し置いて二人でらぶらぶしているから! 」
「来んな!! 」
百目鬼がきたのはいつぶりだっただろうか? 警察である百目鬼は最近、大きな事件を担当していたのかしばらく姿を見せていなかった。
由希を挟んで二人で言い争って? いる姿に相変わらずだと思う。
「墨だって百目鬼さんが来なくて寂しそうな顔をしていたのに」
由希の吐きだした言葉に肩をびくりと動かす墨と無数の目を限界まで広げて輝かせる百目鬼。
「ばっ誰がっどっうめきなんか」
動揺を隠せていない。
瞳を右に左に泳がせて顔を背けた墨の耳がまるで夕日のように赤く染まっている。
「墨! なるほど! いま流行りのツンデレというやつですね! 」
由希が二人の腕の中から逃れるのと墨の拳が百目鬼の頬にめりこむのは同時だった。
勢いよく倒れた百目鬼に息を乱した墨は由希の背中を押す。
「今日は大之助さんのところにお世話になろうかな…… 」
「子どもはそんな気を回さなくていい!! 」
これ以上はやめておこうと由希は後ろで言い合う妖怪たちを置いて家を出た。




