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老婆の家

「どうすればいいのだろうか」


 男は一人思った。 

 己の祖父も親も、世界に名を知られてもいないような名もなき武将だった。 小さな辺境の地でひっそりと生きていたがそれもここまで。

 山に囲まれたこの土地を狙っている者がいると草の者から情報が入ったのだ。


「殿、敵がもう目の前まで迫っています」


 数少ない己の臣下が額を汗で濡らしながら駆けこんできた。 その息遣いは荒さに、急いで駆けつけたのだろうと簡単に想像ができた。


「もう、ここまでか」


 男は舌を打った。 

 敵を迎え撃ちこの命を散らせるか、臣下たちの命を乞い自ら腹を切るか。 

 どちらを選ぼうとも己に残されているのは死という一文字。


「死を選ばれるというのであれば、一つ賭けをしてみませんか」

 

 男が唇を噛みしめたとき、男と臣下しかいない部屋に女のように高くも耳に響く声が入った。 二人して顔をあげるとそこにあるのは男がいつも愛用している台と硯と一本の筆。


「誰だ、いまの声は」

「私でございます」


 かたりと誰も触れていない筆が身を震わせると、そこから女の姿が現れた。 

 墨よりも黒い髪を右の肩でふんわりと結んだその女は男の目の前までくると驚きに唇を震わせる男の頬に触れた。


「貴方様が私と交わり、子を成していただけるというのであれば外の者たちを追い払いましょう」

「…… なぜ」


 女の言葉に男は目を細めた。 そんな虫のいい話を信じる者などいるはずもない。 ぽつりとでた男の問いに女は微笑を浮かべた。


「貴方様のおかげで私は、付喪神へと姿を変えることができたのですから」


 男の前に腰を下ろした女はうっすらと開かれた男の唇に食らいつく。 それに答えるように男は女の腰を引き寄せた。


 ※※※


「それで交わった人と付喪神によって生まれた者をいまでは妖と言うようになった」


 教師の言葉に由希は伏せていた顔をあげた。

 

「そのときに生まれた妖によって男は天下を手に収めるようになったという。 またそれを知った他の武将たちもそれぞれ付喪神や人ならざる者と交わり妖はどんどん増えていき、いまでは生粋の人は少なくなったという」


 黒板に文字を記していく教師の腕には青いうろこがびっしりとはりついていた。

 学校に入学した当初に聞いたのは己が人魚の子だということ。 そのおかげで水の中でも息ができるという。 ただ足はうろこがあるだけで人の足と変わらないということだった。

 由希の周りのクラスメートも角が生えていたり、足が三本あったりと体に特徴のある者たちばかり。


「生粋の人もこの学校では由希ぐらいだろう。 俺も生粋の人は初めて見た」


 教師がつぶやいたとき、クラスの視線が一斉に由希へと向けられた。 

 唯一の生粋な人である由希。 由希がこの学校に入学したころは生粋の人を見たことがない者たちが多く見世物小屋にきた者たちのように由希を見に来た。

 同級生、先輩、しまいには教師たちでさえ見たことがないと足を運んでまでクラスに見に来ていた。

 いまではだいぶ落ち着いたものの、まだ見に来る輩は少なくない。


「先生、もういいから授業を続けてよ」


 由希の言葉に教師は授業を再開した。

 学校が終わった由希は早々に荷物をまとめると学校を後にした。 

 カラオケに行かないかと誘うクラスメートに断りをいれて由希はいつもの場所へと向かった。

 学校をでて、いつもは右に曲がる道を左に曲がり、塀を乗り越えて猫のように歩いていく。 途中で小道に下りると人が一人通れそうなほどぽっかり穴の空いた雑木林をくぐり抜けた。


「にゃあ」


 くぐり抜けた由希を待っていたのか雑木林から顔をだしたとき、黒い猫が鳴いた。 

 由希の顔をざらついた舌で舐めるとついてこいというように由希の先を歩く。 体についた葉を叩き落として由希は猫の背中を追っていった。

 日の光も入らないような雑木林の中を抜けると、ぽつんと孤立するように建つ一軒の店へとたどり着いた。

 開かれた扉をくぐり抜けると店の中いっぱいにお菓子が置かれていた。 お菓子特有の甘い香りが店の中いっぱいに広がっており、それは由希の鼻をくすぐっていく。


「大之助さんはどこ」


 立ち止まった黒猫に店の店主の居所を問う。 

 黒猫がにゃあと鳴くと開かれた店の奥に入っていくのを見送って、由希はそばに下ろした荷物の上に着ていた上着をかぶせた。


「相変わらずお客がいない」


 外にある水道にホースを取りつけて店の庭へと水をまいた。

 しばらく雨が降っておらず干からびた土は、上に降りかかった水を我先にと吸いこんでいく。


「最近、また暑くなったもんなぁ」


 独り言をつぶやきながらまんべんなく水をまき終わると由希はバケツを持って店の中へと戻っていく。 

 店の中に戻ると黒猫に着物の裾を引っ張られながら店主が店に出てきていた。


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