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現代の怪談―The Contemporary Kaidan―  作者: 坂本小見山
02.''Changed'' 「化け蛙」
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第二話・後半

(七)

 一方、特殊課の基地では、会議が催されていた。

 閨川が言った。

「私が遭遇したとき、奴は蛙のような鳴き声を発していた。」

「しかし、蛙の霊にしては、大きすぎますよ。」

 一同が首を捻ったとき、竹中が口を挟んだ。

「あの、私の意見を申し上げて宜しいでしょうか。」

「言ってみたまえ。」

「実は、似たような民間伝承があるんです。警部は、『蠱毒の術』をご存知ですか。」

「聞いたことはある。たくさんの小動物を、最後の一匹になるまで戦わせて、生き残ったものを呪いに使うというやつだろう。」

「そうです。昔、蛙でその術を試みた老婆がいたんです。すると蛙は、互いに食らい合って巨大化し、老婆を食い殺してしまった、という話です・・・。」(注1)



(八)

 夕方。島田は、例の大きな箱を抱えた北村を伴い、例の池に来た。

 二人は、箱の蓋を開けることにした。蓋には、北村の細工で、小窓がついており、普段はそこから蛙を出し入れしていた。だが、今回は、全てを開放するので、蓋全体を開けることになった。

 長い間開けられなかった蓋は、軋み、なかなか開かなかったが、やがてガパッと開いた。



 特殊課の基地では、警報音が鳴っていた。

 隊員が言った。

「あの池で心霊反応を受信。例の事件です!」

 閨川は立ち上がり、コートを羽織った。

「君たちは、池の周囲にバリアーを張っていてくれ。」

「了解しました。」

 出口に向かう閨川に、竹中が駆け寄った。

「私も行きます。」

「今回の任務は危険だ。研修生は、残っていろ。」

「私は民俗学の専門家です。きっと役に立ちます。」

 閨川は微笑んだ。

「いいだろう。来い。」



 すっかり暗くなった池では、異変が起きていた。

 発泡スチロールの箱が、ミシリ、ミシリと音を立てて歪み始めた。島田と北村は、箱を放してのけ反った。

 ぶおおおおん・・・

 くぐもった、蝦蟇のような声が聞こえたと同時に、箱を突き破って、巨大な蛙が出てきたのだ!

 巨大蛙の眼は、ぎょろりっと二人を睨み付けた。

 蛙の鳴き声は、気のせいか、次のように聞こえた。

「ヨクモナカマヲクワセタナア・・・!」

 と。



 閨川は、白いアメリカン・バイクの後部に竹中を乗せて走っていた。

「君はどう思う」

「何がです?」

「あの昔話だ。なぜ、生き残った蛙は巨大化したんだろう。」

「私の解釈ですが、蟲毒の術は、それまで仲間同士だった生き物同士を、共食いするように仕向けることで、『豹変』させることに意味があると思うんです。その『豹変』が、伝承の過程で、蛙が巨大化した話になったんじゃないでしょうか。」

 閨川は少し考えて、斯く返した。

「もし、他者の心というものが、観測者の解釈に依存するものだとしたら、どうだろう。」

「そうは思えませんわ。人には人の心がありますもの。」

「では、もう一歩踏み込んで訊くぞ。相手が人形ならどうだ。人形の心なんて、見る者の想像に依るだろう。」

 竹中ははたと気付いた。

「つまり、蛙の心も、見る者の感情移入に左右されると?」

「もっとも、生き物である以上、人形ほどではないだろうがな。」

 閨川は更に付け加えた。

「・・・もしそうだとすれば、人間の解釈次第で、蛙は本来の知能以上の感情を持つことができ、本来持てる以上の『怨念』も持てるんじゃないか・・・。」



 話しているうちに、閨川たちは池に着いた。二人の中年男が、巨大な蛙から逃げ惑っている姿が見えた。

 閨川はバイクから降りると、手刀を構えた。

「風よ、奴を吹き飛ばせ!」

 そう言って手刀を振るうと、摩訶不可思議、手が風を呼び、蛙を吹き飛ばした。

 閨川は、島田と北村に逃げるよう言った。島田たちは、少し離れたところの物陰に身を隠した。


 ぶおおおおん。

 そう鳴きつつ体勢を立て直した蛙の目が、ぎょろりと閨川を捕捉した。

 閨川は言い放つ。

「動物霊・化け蛙。きさまの企みは、ここで終わる。」

 蛙は歩いてきた。

 ずうん、ずうん。

 蛙の右手が閨川に迫った。

 閨川は両腕で蛙の右手を押さえ、辛くも跳ね返した。

 閨川は飛び上がり、蛙に蹴りを放った。が、蛙はびくともしないどころか、片手で閨川を跳ね飛ばしてしまった。

 閨川は身を翻して着地した。

「なんという力だ。」



 そのときだった。

 何かが凄まじい速さで回転しながら、竜巻のように蛙を吹き飛ばしたのだ。

 やがてその何かは、宙に弧を描き、迂回して戻っていった。

 戻った先には、男が歩いてくる姿があった。男は右手でパシリと、その何かを掴んだ。それは赤いペンだった。赤いペンを、指の間でくるくると回しているその男は、前の開いた漆黒のスーツに純白のワイシャツを秘め、首には赤いスカーフを巻いていた。

 男は歩きながら呟く。

「『衆生、困厄を被り、無量の苦、身にせまるに、観音妙智力(かんおんみょうちりき)、世間を苦より救い能う。』・・・。」(注2)

 やがて男は、閨川の横に並び立ち、ペンを、シュタッと耳の後ろに構えて言った。

「魔を裂く朱赤の竜、竜血旋士(りゅうけつせんし)麻咲(まさき)イチロウ、推参!」


 閨川が言葉を発した。

「よう、イチロウ。」

「閨川、助太刀に来てやったぞ。」

「助かる。」

 そのとき、蛙が起き上がり、二人に襲い掛かってきた。

 蛙の前足は、二人に向かって次々と繰り出された。麻咲はペンを凄まじい速さで回して、閨川は手刀で、それぞれ敵の攻撃を打ち返した。そして、麻咲の放ったペン回しと、閨川が超能力で呼んだ風とが、同時に蛙を直撃し、蛙は吹き飛び、木に直撃した。


 蛙は、分悪しと見て、逃走した。

 特殊課の隊員たちが、機械を用いてバリアーを張っていたのだが、蛙は力尽くでそれを突破した。そして、山の車道に乗り入り、巨体に似合わぬ速さで走り始めた。

「なんという速さだ。このバイクでは追いつけない!」

 閨川は焦燥した。

 だが、麻咲の顔は、余裕に満ちていた。

「後は俺に任せろ。」

「解った、任せる。」

 すると麻咲は、蟹股になり、両手の先を股間に向けて、叫んだ。

「来い、ネオ辰砂!」


 麻咲の股間から、強烈な光が閃いた。

 麻咲の姿が光に隠れた次の刹那、彼は大きな赤い一輪車に跨っていた。

 これこそ、麻咲の秘密兵器「ネオ辰砂」なのである!

 麻咲は、一輪車に乗った侭、大きく跳躍し、車道に入った。

 それを見ながら、閨川は呟いた。

「手柄を奪われたな。」



(九)

 飛び跳ねながら、凄まじい速さで車道を逃走する巨大な蛙の背後に、麻咲の一輪車が、更なる速さで迫ってきた。

 きこきこ、きこきこ。

 やがて二者の距離が腕一本分程に縮まったとき、一輪車が地を離れた。

 車輪が、蛙の背に叩きつけられた。

 ぶおおおおおん!

 蛙は鳴き声を上げて転倒した。一輪車は、その上を飛び越え、前方遠くに着地し、くるりと振り向いた。

「仲間を食うようにされてしまって悔しいだろうが、怨念からは何も生まれやしない!」

 蛙は、鳴き声を上げながら、麻咲に向かって大きく飛び跳ねた。

 麻咲は一輪車に跨ったまま言った。

「妙技・一輪車ペン回し!」

 そして、ペンを回している麻咲を乗せた一輪車もまた、蛙に向かって大きく飛び跳ねた。

 蛙は、舌を弾丸のように放った。

 蛙と麻咲が宙で擦れ違った。

 そのとき、麻咲のペンと、蛙の舌とが、同時に相手に飛び掛った。


 やがて二者は同時に着地した。暫しの沈黙が、深夜の車道を支配した。

 だがやがて、雌雄は決された。化け蛙は、光の粒になり、天へと昇った。



 その一方、池の辺りから、島田、閨川、北村、竹中の四人が、麻咲の戦いを見守っていた。

 北村が呟いた。

「全部俺のせいなんだ。」

 するとそこに、麻咲が戻ってきた。一輪車は既に消えていた。

 麻咲は北村に向かって言った。

「北村とか言ったな。俺があの霊を倒したのは、憎かったからじゃない。苦しみから救うためだ。」

 麻咲は北村に歩み寄った。

「普く衆生には、苦しみから解放される権利がある。あんたにもだ。」

「覚悟はできている。そのペン回しで俺を殺してくれ。」

 麻咲は、一息吐くと、落ち着いた面持ちで言った。

「あんたにとっての救いは、死じゃない。あの蛙は死んでいた。だが、お前は生きている。幸福を掴むのが、何よりの罪滅ぼしだ。」

 麻咲は、全てを見通していたのである。そして、その全てを容赦したのだ。


 麻咲は次に、島田に歩み寄った。

 麻咲は、島田の目を、愛おしむようにじっと見据えた。

「島田。俺は、あんたに一言伝えるために、ここにいる。」

「え?」

 島田は面食らった。

 麻咲の慈悲深い両手が、島田の肩を包み込んだ。

 麻咲は言った。

「たとえあんたに何も残っていないのだとしても・・・、命ある限り、未来を捨てないでくれ。」



(一〇)

 後日、島田は学界から追放された。


 彼を嫌う学部長の一派が、「実験動物シンポジウム」での島田の発言を録音しており、都合のよい部分だけを抜粋して、マスメディアに売ったのだ。

 彼の「高等な哺乳類、そして類人猿・・・と、段階的に使用することを提案したのです」という台詞のみが強調され、「島田は残虐な動物実験を推進している」として報道されたのである。

 動物愛護団体は、彼の弁明に聴く耳を持たず、感情の赴くままに島田を糾弾し、学界は、その圧力に屈して島田を追放したのだ。


 だが、島田は絶望しなかった。彼は、出版業界の人脈を使い、実験動物関連の文筆家として、転身したのである。



 一方の北村は、島田の家に居候し、不器用ながら、家事を手伝うことになった。



 二人の「嘗ての少年」は、新しい生活の中で、それぞれの居場所を見つけたのかもしれない。



 第二話・完

注1:筆者が少年時代に祖母から聞いた話からヒントを得た。しかし、未確認のファクターが多いため、実際には、(作中での竹中の議論ように)学術的な議論で扱うべきものではないということを、お断りしておく。これは「民俗学」ではなく、「怪談」なのだ。


注2:「観音経」より抜粋。書き下しは筆者による。




2016/02/05起筆

2016/03/15公開

2023/04/02文章手直し(セリフ以外)




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