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現代の怪談―The Contemporary Kaidan―  作者: 坂本小見山
12.''Tai Yin, Part I'' 「新たなる戦い」
34/42

第十二話・前半

 本話は、一部の人工妊娠中絶に関する批判を含みますが、全ての人工妊娠中絶を批判するものではありません。

 尚、「怪談」としての品位を保つため、直接的な表現は極力避けてございます。

勿論、残酷な描写・性的な描写は一切ありませんので、その点はご安心下さい。

[第十二話]

(一)

 西暦二〇一三年九月下旬の夕方。

 大阪府門真市某所の空き地にクレーン車があり、地面には穴が開いていた。クレーン車の周りには、七人の、桃色のローブを纏った青年たちが集まっていた。その中央にいるのは、あの「おばけ会議」の道明寺である。


 やがてクレーン車が穴から引き上げたのは、一辺二メートル程の、石の立方体であった。それを見て、皆は歓声を上げた。

 興奮する仲間たちに、道明寺が厳かに言った。

「これは始まりに過ぎません。太陰怪獣復活の成否は、我々次第です」



(二)

 時は流れ、十月中旬。


 大阪市の喫茶店「キンメイチク・大阪店」のテラスで、閨川守(ねやがわまもる)園里香(そのりか)が、二人とも私服で食事をしていた。

 憂いを帯びた秋風は、あの「おばけ戦争」の夏がもう遠いということを感じさせた。


「あれからもうすぐ三ヶ月よ。時が経つのは早いわね。」

「そうだな。あれから色々と考えたんだが、幽霊や妖怪がもう少し分かり易い姿なら、理解し合えるのになあ。」

「分かり易い、というと?」

「形があって、さわれて、話し合えたら、ってことだ。」

「それだと、意味ないわよ。『見えざるものへの』敬意でないと。」

「だが、人類はもう子供じゃない。独り立ちした大人だ。親に対する敬意も、無条件の畏怖ではなく、対等な立場での尊敬であるべきじゃないかな。」

「その『独り立ちした大人』っていうのは、人類の英知が十分に広がったって意味かしら?」

「ああ。」

「少し話が逸れるけど、例の目玉シールはまだ全て回収されてないわよね。」

「ああ。あれ以来、道明寺も行方不明だ。それがどうかしたか?」

「実は私、シールの一部を見つけたのよ。」


 閨川は目を見開いた。

「どこでだ?」

「一昨日、門真北中学校で、虐めの現場に偶然居合わせたの。加害者の女子生徒たちを少年課に引き渡すとき、彼女たちの鞄に銅のシールが仕込まれていることに気付いたの。本人たちは、全く身に覚えがないと言ってたわ。」

「まさか、道明寺が暗躍しているのか。」

「有り得るわね。でも結局、仕込まれた経緯も、その目的も判らず仕舞い。でも、いずれまたシール絡みの事件に遭遇できる気がするのよ。」

「なぜ?」

「唯の勘だけどね。あの日、私は仕事の帰りに、普段通らない道を通ったの。そこで、中学校の窓から虐めを目撃したのよ。普段は人目に付かないところでやっていたそうだけど、その日に限ってその道で虐めていたそうなの。」

「唯の偶然だと思うが。」

「勿論、偶然は偶然なんだけど、自分が体験すると、何か、偶然の不思議みたいなものを感じちゃったのよ。」


 閨川は、園の気持ちが理解できないという表情を呈していたが、園は構わず続けた。

「見えないものへの敬意って、そんなものじゃないかしら。」



 そのとき、閨川を呼ぶ声があった。

「守ちゃん!」

 見ると、それは初老の女性であった。閨川は一瞬、彼女の目を見つめたが、すぐに冷たい面持ちで目を逸らした。

「人違いじゃないですか。」

「何でそんなこと言うのよ、守ちゃん。私はあなたの母よ。」

「今、この人と話しているんだ。遠慮してくれ。」

「私はあなたのことを忘れたことはなかったわ。お乳を飲ませたことも、おむつを替えたことも。」


 そのとき、閨川は席を立った。

「園、店を出よう。」

 そう言って、彼は園と共に、手早く支払いを済ませて帰ってしまった。園は言った。

「今の女性、お母さんでしょう?冷た過ぎない?」

「あの女は、新興宗教に走って、家族を捨てたんだ。父が死んだときさえ帰って来なかった。今更母親面される筋合いはない。」



(三)

 翌日、閨川は特殊課の門真基地に転勤した。


 一月程前、空き地で、謎の団体による不法の発掘作業が行われたと聞き、その調査に来たついでに、昨日園が言っていた、目玉シールのことも調べることにした。しかし、どちらも何も判らなかった。



 そんな折、彼は、捜査中に、思いがけず戦友の後姿を見つけた。

「イチロウ!」

 声を掛けられて、麻咲(まさき)イチロウは振り向いた。先の戦いで破れたスカーフやスーツは、すっかり新調されていた。だが、どうも顔色だけは優れていなかった。

「どうした、浮かない顔して。体調でも悪いのか。」

「俺は体調など崩さない。気のせいさ。」

 麻咲はフッと微笑んで言った。

「お前も、あの空き地を調べに来たのか?」と閨川。

「いや、野暮用で来ただけだ。」

「そう言えば、園が、この町の中学生の額に、あの目玉シールが貼られているのを発見したそうだ。何か心当たりはないか?」

「いや・・・。すまないが、先を急ぐんだ。また会おう。」

 そう言って、麻咲は足早に去ってしまった。



 彼は、京阪電車の大和田駅から、折しも着いた電車に乗り込んだ。一刻も早く、東京に帰ろうと思ったのだ。だが彼は、気が急くあまり、方面を間違えてしまったことに、ドアが閉まってから気付いたのだった。



(四)

 所変わって、門真西中学校で、女生徒たちが、次の週末に遊ぶ計画を練っていた。

「ごめん、私、今週末は母さんの付き添いで、病院に行かないといけないの。」

「いいわ。お母さん、病気なの?」

「ううん。産婦人科。妊娠しちゃったから、堕ろすのよ。」


 その言葉が、傍らで聞いていた大島恵(おおしまめぐみ)の胸を刺した。

 この地区では、親が養育費の不十分を理由に中絶するといった話が度々聞かれた。大島は、幼い頃からそのことをおぞましく思ってきた。何度か、彼女は両親にそのことについて問うた。その度に、帰って来る答えは、「経済的な理由なら仕方がない」であった。

 しかし、彼女は考えた。それならば、夫婦の意志で、子を作らなければ済むだけだと。そして、それを怠った責任を、彼らはまるで無視しているのだ。



(五)

 一方、麻咲は、正しい方面の特急に乗り替えるべく、寝屋川市駅で降りた。

 しかし、待てど暮らせど特急は来なかった。


 彼は時刻表を確認し、気付いた。この駅には、特急は停まらないのだ。

(京阪電車は分からん。JRなら多少は分かるから、乗り換えよう。)

 彼はそう考え、駅を出て、JRの東寝屋川駅に向かった。しかし、歩けども歩けども、目的の駅は見えなかった。

 二十分程歩いたところで、彼は漸く地図を確認した。すると、東寝屋川駅が寝屋川市駅から近いというのは、彼の思い込みであり、実際には相当の距離があると判った。

(俺ともあろう者が、こんなミスを犯すとは・・・。)

 既に道程は半ばに達していたので、そのまま歩き続けることにした。しかし彼は、今度は道に迷ってしまったのである。



 曲がりくねった急な阪を上って行くと、住宅地と雑木林とを区切る鳥居が現れた。鳥居の下に、溌剌とした中年の神主が落ち葉を掃いていたので、麻咲は彼に道を尋ねようと近寄った。

 神主は、箒の手を止め、先に口を開いた。

「麻咲イチロウさんですね。お待ちしておりました。」

 麻咲は驚いた。

「なぜ俺の名を?」

「あなたをここに呼び寄せたのは、この私なのです。」

「何?」

「今に分かりますから、付いて来てください。」

 神主は一方的にそう言って、(そびら)を返して鳥居を潜った。麻咲も、警戒しながら彼に付いて行った。



 林の中は長大な参道になっており、木漏れ日が道を照らしていた。麻咲は、古の時代の風情を感じ、どこか懐かしいような気がした。

 歩きながら、神主は言った。

「太陰怪獣の正体は、もう気付きになりましたね。」

 麻咲は、否定も肯定もしなかった。

「しかし、その起源まではまだお知りになっていない。違いますか?」

「仮にそうだとしても、俺には関係ない。」

「まあ、お聞きください。かつて、人間がまだ獣の一種に過ぎなかった頃、『聖』と『俗』は混ざり合い、混沌としていました。しかし、人類が言葉を発達させ、文化を得たことで、聖と俗は分けられました。」


 二人は話しながら、巨大な拝殿の前に着いた。それは、林と調和した、古代らしい拝殿であった。麻咲は、こんな広大な神社が、住宅街の只中に存在していることに驚いた。同時に、あどけない幼少期の記憶を直視するような、くすぐったい小恥ずかしさを孕んだノスタルジアが、彼の胸というスポンジに、水のように染み込んできた。



 神主は、麻咲を本殿にいざない、その扉を開けた。徐々に姿を現したのは、注連縄の奥に聳え立つ、二メートル程の、鶴の石像であった。石像は、ところどころ苔生しており、その苔が、開かれた扉から入ってきた日光が触れられ、緑色の輝きを放った。

 その神々しさに、麻咲は、柄にもなく心を奪われた。彼の認識の全てが、この像に集中した。


「縄文時代晩期に、聖と俗の大きな戦いがありました。決着は着かず、被害は増える一方でした。そこで、当時の神官たちは、霊能力を結集し、聖と俗を、それぞれ石像に封じ込めたのです。」

 麻咲は、神主の目を見た。

「そうです。これこそが『聖』の化身、『太陽聖鳥・ライフ』なのです。」

「なぜ、俺にそれを教える?」

「知っての通り、『俗』の化身である太陰怪獣の封印が解かれてしまいました。このままでは、聖と俗のバランスが崩れて、人心は乱れ、悪しき時代が到来してしまいます。太陰怪獣を再び封印するために、ライフを復活させねばなりません。」

「それで?」

「先史時代では、聖も俗も、抽象的な概念のままで存在することができました。しかし、現代では、人間の心が変わったということもあって、実体が無ければ存在できません。そこで敵は、怪奇現象を実体化させる実験を繰り返していたのです。」

 それは、あの「スプラッター」や「幽霊兵団」、「グロテスク」のことであった。


「麻咲さん。あなたに、ライフと一体化してほしいのです。」

 神主は、麻咲がそれを承諾してくれるものと思っていた。しかし、麻咲は、冷然と言い放った。

「断る。他を当たってくれ。」

 そう言って、背を返して歩き出してしまった。

「あなたでないといけないのです。強いだけでなく、心身ともに清らかな、あなたでないと!」

「何と言われても、俺は太陰怪獣などに関わるつもりはない。」

「卑怯ですよ。逃げるのですか。」


 麻咲は、神主の声に耳を貸さず、去って行ってしまった。



(六)

 その頃、大島は、授業が終わり、集合住宅に帰ってきた。

 彼女には、小学校六年生の弟が一人おり、彼は友達の家に遊びに行っており、家には母しかいなかった。


 母は、息子の破れた靴下に、市販の補修用の布を宛がい、アイロンで熱して固定し、それを更に縫っているところであった。


 大島が鞄を下ろしたとき、母がポツリと言った。

「お母さんね、今日気分が悪くて、病院に言ったの。」

「大丈夫なの?」

「それがね、どうも妊娠してるみたいなの。」

「良かったじゃない!おめでとう!」

 大島は、喜んだ。だが、その喜びは、ただ喜びのためにある喜びだけではなかった。胸の奥より湧出した一縷の不安から目を背けんと、彼女はわざと喜びを強調したのだった。


 しかし母は、喜ぶ娘の姿を見て一瞬ためらった後、意を決して、彼女に現実を突きつけた。

「お父さんとも話し合ったんだけど、育てられないと思うの。」



 大島を囲む全てのものが、一瞬のうちに、夜の海のように黒い絶望に染まった。

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