第九話・前半
[第九話] The End of Kaidan, "Part II" or "The Chapter in the Night"
(一)
西暦二〇一三年七月下旬のある日の夕刻。場所は都内の、放送局に近い廃洋館の二階。
「フハハハハア!私は首領怪人・恐怖大魔王様であるぞよ!」
そう言った恐怖大魔王の手に、煌びやかな宝飾を施された杖が出現した。閨川の旧友・中林を屠った杖である。(注1)
大魔王が杖を構えると、その先から短い刃が現れた。
「中林の所に行くがいい!」
そう言って、閨川目掛けて杖を振り下ろした。閨川は、刀でそれを辛くも受け止めた。
その横から、麻咲の赤いペンが飛来した。大魔王は、左手を杖から放し、ペンを掴むと、麻咲に投げ返した。と同時に、目下の閨川を小石の如く蹴り飛ばした。
「ハハハ。そんな力でこの私が倒せるか!」
麻咲は、痣だらけの閨川に肩を貸すと、肘で近くの窓を割った。
「止むを得ん。退却するぞ!」
そう言って、手負いの彼を抱き抱えて窓から飛び降りた。園と道明寺が後を追おうとしたが、既に二人の姿はなかった。
「よい。日が沈みきるまではまだ時間がある。後でゆっくりと始末してくれる。」
大魔王はそう豪語した。
(二)
その後、閨川率いる特殊課と麻咲は、閨川だけが知る、山中の秘密基地に集った。竹中の正体が敵の首魁であった以上、本部はもはや敵の手中であるからだ。
一党が到着したとき、空は薄暗くなっていた。
閨川に部下が言った。
「『おばけヒーロー』について、更に調べましょうか。」
「ああ。では・・・」
閨川は、自分が言いかけた言葉が無意味であると気付いて、言葉を止めた。つまり、彼は「竹中に任せよう」と言おうとしたのだ。
相棒・竹中邦子は、もういない。
いや、「もういない」は全てを語ってはいまい。彼女と死別したのならいざ知らず、彼女は、裏切ったのだ。だから、「最初からいなかった」と言うべきだろう。
彼女に置いていた全幅の信頼も、日頃抱いていた感謝の念も、友情も・・・。全て、空虚であったと判ったのである。
隊員は、閨川の苦衷を察して言った。
「民俗学班に、調べるよう命じておきます。」
「・・・ああ。そうしてくれ。」
閨川は、心の中で隊員に感謝した。
(竹中の裏切りによって傷付いたのは、私だけではないのだ。しっかりせねば。)
ふと、閨川の脳裏を、園里香のことが過った。
「竹中邦子」と思われていた存在が、実は「恐怖大魔王」であったことは、彼女を知る者たちを斯くも傷つけた。況してや、「園里香」だと思っていた自分自身が、実は「鈴木緑」だなどと言われても、彼女が俄かにそれを受け入れることは難いだろう。
信じているものを否定されたとき、拒絶反応は、先ずその否定に対して起こるものである。だからこそ「信じている」という言葉が成立するのだ。
(三)
東京都の、某高校。学生合衆国の加盟校である。ここの一室に設けられた簡易の玉座に、「暗黒学生刑事」が座っており、その頭に何本も管が付けられ、管の先は箱のような機械に繋がっていた。
ゴウン・ゴウンと音が鳴る度に、管の中を、紫色の光が移動する。
「今で何パーセントだ。」
「はい。ペン回しデータ八七%、生前のデータ六十%の移植が完了しております、陛下。」
そう言ったのは、坂口であった。
「これが完了すれば、私は完全に生前の私に戻れるのか?」
「畏れながら、完全とは申せません。生前のデータが、殆ど残っていないので。」
「だろうな。名前も思い出せんし、そもそも本当にペンスピナーだったのかどうかすら怪しいからな。」
そう言って、彼は自分の黒いペンを見た。
「坂口よ。結局私は、生前の暗黒刑事を模して作られたレプリカに過ぎないのではないか。自分が暗黒刑事であるという自意識を含めて精巧に模造されたレプリカだ。」
坂口は、少し考えてから言った。
「陛下。我々は先程、転送装置を使って逃げました。畏れながら、転送の仕組みをご存知ですか。」
「いや。」
「転送は、送信側で対象のイデアをスキャンし、受信側で再合成することで行われます。そのとき、オリジナルは消滅しますが、だからと言って、転送の前後で別人になったなどとは、誰も言いません。」
「そう言えなくもないが?」
「では、普段歩くときのことをお考え下さい。右足を前に出した、次の瞬間、元の自分は分解され、左足を前に出そうとしている自分が合成されるなどと、誰が言うでしょうか?」
「二一世紀人は、みんなお前のように理屈っぽいのかな。」
そう言って、彼は苦笑した。
機械が止まった。
「ダウンロードが完了しました。」
暗黒刑事は立ち上がった。
「坂口。この時代に中央連合はあるか。」
「中央平和連合でございますね。ありますよ。」
「では、まず奴らを根絶し、その後でじっくりと学生捜査官どもを公開処刑にしてくれる。」
(四)
その頃、特殊課では、白衣の隊員が、神妙な面持ちで閨川と話していた。
「警部。川添警視の、改竄される前の正しい個人情報が復元できたのですが・・・。」
「そうか。で、どうだった?」
「見て頂けますか?」
そう言って向けられた、川添の正しい個人情報に、閨川は目を通した。
〈出生名・鈴木仁。哲学兵器開発部の責任者で、人間の自我に関する研究の権威。『他我遮蔽銃』などを発明。〉
――鈴木。
・・・鈴木?
閨川の眦は大きく開かれた。
彼は立ち上がった。
「全てが繋がった!」
(五)
夜。
竹中率いるおばけ会議は、下校時刻を遠く過ぎた、ある高校の教室に集っていた。
「合衆国の助力を失い、太陰怪獣復活の希望も絶たれた今、如何にして起死回生なさるお積りですか。」
と園。
「私のせいで、まったく申し訳ございません。」
と道明寺。
黒い鎧の上に白いマントを羽織った竹中は、余裕綽々に返答した。
「案ずるには及ばないわ。我々の目的は『怪談復古』よ。これから、平和連合でおばけテロを行い、『おばけ教』を信奉しないと、テロを激化させると脅すのよ。」
それを聞いて、道明寺は深い感嘆を口にした。
「なるほど。流石は大魔王様です。」
(六)
都内の病院の前に、スキンヘッドの老紳士=川添が来ていた。彼は、病棟を見つめていた。
背後から、声が聞こえた。
「二つある犯行現場うち、東尋坊は遠すぎましたか。」
それは、閨川守であった。
川添は逃げようとした。閨川は、抵抗する川添を取り押さえながら言った。
「犯罪者は犯行現場に戻ろうとする!逃亡の身にとり東尋坊は遠過ぎたから、もう片方の病院に来た。違いますか!」
川添は、遂に閨川に組み伏せられた。
「お前が緑の顔を知っていなければよかったんだ!そうすれば、私はおばけ会議との戦いに専念できたのに!」
「人には、自分の正体について知る権利があります!でも誤算でしたよ。鈴木緑の顔をした彼女が、まさか本当に園里香だったとはね!」
――読者よ。
全ての真相を悟った閨川が、今、あの園里香のことを、あなたの予想を裏切り、『本当に園里香だった』と称したではないか?これが、何を意味するのであろうか。
(七)
真相の解明はもう少し後に預けるとして、我々は、山梨県は日本高校に移ろう。ここは中央平和連合の首都校である。
平和連合には、「学生自衛隊」と呼ばれる、昭和期の番長グループの流れを汲む戦闘部隊があり、その隊員の学生たちが、夜の校庭で幽霊兵団と攻防を繰り広げていた。戦況は、圧倒的に平和連合の不利を見、攻防と言うより、一方的な「迫害」といった気色を呈していた。
一つの校舎が、丸ごとおばけ会議の幹部たちに乗っ取られていた。
「銅のシールはあと何枚残ってる?」と竹中。
「あと四九二枚です。」と道明寺。
「では、この戦いで更に百枚は使えるわね。徹底的にやっておしまい。」
そこへ、園が口を挟む。
「大魔王様。お言葉ですが、兵力の差は歴然です。ここまでなさることは・・・」
「フフフ、お前もやはり人間ね。『おばけ会議』の使命は、人間共に、超自然の存在の恐ろしさを思い知らせてやることよ。」
「それは承知しておりますが・・・」
そこに、一人のスーツ姿の男が現れ、跪いた。園の部下である。
「園警部。ご報告です。学生合衆国の兵隊が乱入し、双方を攻撃しております。」
三人が窓から校庭を見渡すと、三つ巴の大混戦が繰り広げられていた。
「恐らく、暗黒学生刑事が命じたのです。平和連合への生前の恨みを晴らし、敵である我々の芽をも摘む為に。」
園は、そう言って窓を開けた。
「だとすれば、奴も近くにいるはずです。行って倒してきます。」
園は窓から飛び出すと、緑のローブをはためかせて宙返りし、戦の渦中に見事な着地を遂げると同時に抜刀、鮮やかなるかな峰打ちに打ち、次々と敵兵を薙ぎ払い、突き進んでいった。
(八)
園はやがて、校外に出た。校門の前の道路にまで、戦渦は延びていた。
彼女の前で、三人の平和連合の学生が、黒いつむじ風のようなものに一気に切り裂かれ、同時に絶命した。
園の目は、黒いつむじ風の軌跡を追った。するとそれは、十字路の中央に立つ、一人の青年の手に戻った。
それは黒いペンだった。青年は、夜の闇に溶け込むような漆黒のマントと、漆黒の軍服を着ており、紫の髪を具え、額には金色の目玉シールが貼られていた。
園は、戦渦を離れて、青年の前に立った。
「暗黒学生刑事!貴様、よくも!」
園は、彼に切っ先を向けた。
彼は、ペンをくるくると回しながら言った。
「これは異なことを聞くものだね。私が今殺したのは、平和連合の戦士、つまり君にとっても敵の筈だよ。」
園は、返す言葉を失い、黙った。
そのとき、十字路の横手から、声が聞こえた。
「それはお前が、鈴木緑だったからだ。」
それは、閨川の声だった。
「警部。まだそんなこと言ってるの?」
「だが、あんたは同時に、園里香でもある。」
その言葉に意表を突かれた園は、閨川の方を見た。その横には、川添警視もいた。園は、川添とは初対面のはずなのに、どこか懐かしい気がした。
「この人は、君の父だ。」
(九)
赤いペンが、回りながら暗黒刑事を目掛けて飛来した。彼は、黒いペンを回して、赤いペンを弾き返した。
赤いペンを、パシッと受け取ったのは、麻咲であった。
「暗黒旋士。お前の相手は、この麻咲イチロウ様だ。」
「ほう、ペンスピナー同士、決着を着けようって訳かい。」
暗黒刑事は、マントを脱ぎ捨てた。
暗黒刑事を麻咲に任せ、閨川、川添、園の三人は、脇道に逸れた。
十字路に残った麻咲は、ペンを回しながら、頭の横の辺りでシュタッとそれを構えた。その目はさながら鋭敏なるカメラのレンズのように、しっかと暗黒刑事を捉えた。
「魔を裂く朱赤の竜、十七代目・竜血旋士、麻咲イチロウ、推参!」
対して、暗黒刑事は、黒いペンの中央を、中指と親指で持ち、金色の旭日章を麻咲に向けて突き出し、不敵な笑みを浮かべた。
「私は暗黒刑事・・・、いや、敢えて貴様に従って暗黒旋士と名乗ろう。名はもはやない。」
「行くぞ!」
麻咲は地を蹴り、宙を舞い、手中でペンを回した。
麻咲が空中に描く放物線の先に待つ暗黒旋士は、右手でペンを回しながら、その手を大きく後ろに振りかぶり、脚を左右に開いて腰を落とし、やがて左手を地に着けた。
麻咲は、暗黒旋士の頭上に迫っていた。
次の刹那、暗黒旋士は左手で地面を押し下げながら脚を閉じ、逆立ちのように前転しながら空中に飛び上がった。黒と赤のペンは激しく回り、互いの操縦者の胸を打ちつけ合った。
麻咲は強く吹き飛ばされ、体勢を整えながら着地し、靴とアスファルトの間に火花を散らしめた。
対する暗黒旋士も平衡を失し、数歩後退してより体勢を持ち直し、ニヤリと笑んだ。
「やるな。生前の私を倒した女に負けず劣らぬ手練と見た。」
麻咲は突進した。二人は接近し、ペンを回し、互いに打ち込み合った。麻咲のペンが暗黒旋士の顔に当たりかけ、暗黒旋士がそれをかわすと同時に己のペンを麻咲に叩きつけようとし、麻咲の左手がそれを振り払った。
麻咲が力強い面持ちで戦っているのに対し、暗黒旋士は薄く笑みを浮かべて戦いながら、口を利いた。
「貴様は武道家の『理想』に基き戦っているが、私の力の源泉は『腐敗』に求まる。」
麻咲のペンが、暗黒旋士の頭に命中しかけたが、彼はしゃがんでこれをかわした。
「嫉妬により理想を零落させた者だけが、善という束縛から己を解放できるのさ!」
暗黒旋士のペン回しを麻咲がかわしたと同時に、その隙を突いて暗黒旋士は跳び上がり、麻咲に力強い蹴りを放った。
地に叩きつけられた麻咲は、苦痛の中で考えた。
(この男は、ややもすれば、己の嫉妬を正当化することでプライドを保っているんじゃないか?)
と。
暗黒旋士は、麻咲が立ち上がる間に、後ろに跳び退き、距離を空けた。
「純粋な腐敗と純粋な理想。どちらが強いか確かめようぞ。出でよ、『オニクス』!」
そう言うと、暗黒旋士の足元の地面から深い黒のネイキッド・バイクが出現した。
麻咲は蟹股になり、股間に指先を向けて叫んだ。
「出でよ、『ネオ辰砂』!」
麻咲の股間が強い光を放ち、次の瞬間、彼は一輪車・ネオ辰砂に跨っていた。
二人はおのがじし鋼の愛馬の上でペンを構えた。オニクスのエンジン音が鳴り響くと共に、ネオ辰砂のペダルが踏み込まれた。
注1:第六話。閨川の目の前で、用済みとして処刑された。




