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現代の怪談―The Contemporary Kaidan―  作者: 坂本小見山
06.''A Slash of Tears'' 「目玉シールの殺人鬼」
16/42

第六話・前半

[第三話のあらすじ]

 特殊刑事・閨川守(ねやがわまもる)は、謎の「目玉シール」を追う中、悪に走った同業者・園里香(そのりか) の顔を見て驚く。

九年前に死んだ筈の伝説のスケバン・鈴木緑にそっくりだったのだ。

 園の正体が鈴木かどうかを見極めることにこだわるあまり、閨川は園を取り逃がしてしまい、左遷されてしまう。

 一方、園は、謎の怪物が作った組織「おばけ会議」に入会していたのだった。

[第六話]

(一)

 西暦二〇一三年六月上旬の夕方。場所は東京の郊外。学校帰りの女学生二人が、曇り空の下を共に歩いていた。


 ぽつりと、雨滴が彼女らの頭に掛かった。

「降ってきたわね。」

「帰り着くまでは、大丈夫と思うわよ。」

「そう言えば、『スプラッシュ・キラー』の噂、知ってる?」

「聞いたことはあるわ。雨の日に、高校生ばかりを狙う殺人鬼でしょ?」

「そうそう。でも、おかしいと思わない?」

「何が?」

「だって、殺人事件があれば、先ず警察が動くだろうし、ニュースにも流れるはずじゃない?」

「それを言ったらおしまいよ。所詮は都市伝説だもん。」

 そう言って二人は笑い合った。

「でも、『スプラッシュ・キラー』って、超能力で人を殺すんでしょう?もしかしたら、超能力で証拠を消しているのかも知れないわよ!」

 一人が、冗談らしくそう言った。

「聞いた話だと、『窒息』、『カマイタチ』、それから・・・」

「『爆発』よ。」



 そのときだった。そう言った彼女の体が、もう一人の前で「爆発」したのだ。彼女は、爆風に吹き飛ばされて、アスファルトに叩き付けられた。目を開けると、視界は、赤に支配されていた。爆発した友人の鮮血であった。彼女の鼻から、血の臭気が進入し、彼女の肺腑に染み渡った。彼女は、恐怖のために絶叫した。



 震える彼女の耳に、更に、足音が聞こえてきた。

 びちゃっ、びちゃっ。

 びちゃっ、びちゃっ。

 水を滴らせながら歩くような足音だった。

「来ないで!助けてください!」

 彼女は必死にそう叫んだ。しかし、「それ」は、着実に彼女に歩み寄っていった。その額には、銀色の、目玉を模したシールが貼られていた。



(二)

 エンジンの音と共に、白いアメリカン・バイクが到着した。運転していたのは、紺のレイン・コートとヘルメットに包まれた、長髪の青年であった。特殊刑事・閨川守(ねやがわまもる)である。


 閨川は、辺りを見回した。だが、誰もいなかった。雨がヘルメットを打つ音だけが、徒に彼の頭に響いていた。

(匿名の通報は、唯のいたずらだったのか・・・?)

 そう思いながら、彼はふと、落ちているキイ・ホルダーに気付き、それを拾った。そして、右手からグローブを外して、それにかざした。彼は目を閉じて、右手に意識を集中した。

 やがて、彼は目を開け、深刻な面持ちで言った。

「遅すぎたんだ・・・!」



(三)

 閨川守は、被害者の残留思念を読み取り、惨劇の全容を知るに至った。閨川は、直ちに部下に命じて、現場を検証させた。しかし、奇妙なことに、血痕はおろか、被害者について語るものが何一つ見つからなかったのだ。


 閨川は、民俗学者でもある相棒・竹中邦子(たけなかくにこ)巡査に意見を求めた。

竹中は言った。

「私が思うに、『スプラッシュ・キラー』は、水の力を利用して、証拠を消したのではないでしょうか。」

「水だと?」

「ええ。Splashとは、水しぶきのことでしょう。それに、(ほし)は雨の日に犯行に及ぶそうですよね。それらを鑑みて、(ほし)は、水の力を操る能力を持ってるのだと思うんです。〔原文ママ〕」

 すると横から、別の部下が嘴を容れた。

「そうは言っても、高が水だろう?ルミノール反応すら出ないほどに清められるものか?」

「水には、古来、清めの力があるとされてきましたから。(ほし)はその力を、最大限に引き出したのでしょう。」



「残留思念の中に、目玉シールが見えた。園里香(そのりか)警部と関わりがあるのだろう。」

 閨川はそう言いつつ席を立ち、愛刀「村正丸」を、巧みにスーツに隠した。

害者(がいしゃ)の身元を当たってくる。君たちは、通報メールの差出人を調べてくれ。何か知っているはずだ。」

 そう言って、彼は出て行った。



(四)

 閨川は、事件現場の付近の高校の協力を得て、誰が殺されたのかを調べた。そして、無断欠席をしており、家族と連絡が付かない者が、二人いることが判った。閨川は、その者たちの家を訪れることにした。



 その家に着くと、閨川は呼び鈴を鳴らした。すると、ドアが開き、中から男が現れた。

 閨川は、その顔を見て驚いた。

「イチロウ!」

 それは、彼の戦友である、ペンスピナー・麻咲(まさき)イチロウであった。

「遅いぞ。俺はもう、被害者の家を二件とも調べ終わった。」


 閨川は、麻咲にいざなわれて、家の中に入った。中には誰もいなかった。

 麻咲は言った。

「夫婦も娘も、忽然と姿を消している。これを唯の夜逃げと思うか?」

「いや、違う。家具一式そのままだ。それに、巧みに繕ってはいるが、争った形跡がある。」

「そうだ。もう一人の被害者の家もそうだった。『スプラッシュ・キラー』とやらの仕業だ。恐らく、奴は証拠隠滅のために、家族単位で殺害するんだろう。」


 麻咲は、閨川の顔を見た。飽くまで冷然としていたが、その瞳には、怒りの炎が灯っていた。

「許せん・・・!」

 閨川は、麻咲を顧みもせず、その家を後にした。



(五)

 所変わって、都内の、ある高校の会議室。

 ここに、三人が集まっていた。女学生、青年、そして緑のローブを着た、短髪の女性である。


「学生合衆国」の大統領・坂口。

「城南大学・太陰サークル」の代表・道明寺。

 そして、悪の特殊刑事・園里香。

 そう。謎の組織「おばけ会議」のメンバーである。



 坂口が道明寺に言った。

「あなたが貸してくれた『虐殺怪獣・スプラッター』は優秀よ。これも『おばけ会議』の賜物ね。」

「それは光栄です。彼は、私が『目玉シール』から作った最初にして最強の怪獣です。存分に驥足を展ばさせてやって下さい。」


 そこに、園が嘴を容れた。

「二人とも、自分のことしか考えていないわね。」

「え?」

「私は、『大魔王』様の思想こそが、日本民族のエスニシズムを復活させる道だと信じているからここにいるのよ。それなのに、道明寺君は『太陰怪獣』の復活、坂口さんはライヴァルを滅ぼすことにしか興味がないじゃないの。」

 二人は園に何も言い返せなかった。



 そのとき、部屋の奥から霧が立ち込め、二本の角を持つ、大きな人影が現れた。

「大魔王様のおなりです。」と道明寺。

 三人は、同時にサッと跪いた。

 影は、園に向かって声を発した。

「園よ。お主の忠義は嬉しく思うが、『おばけ会議』は、利益を共有する者同士の同盟である。これでよいのだ。」

「御意にございます、大魔王様。」



(六)

 一方の閨川は、曇り空の下、近在の学校を回り、スプラッシュ・キラーの情報を集めていた。彼は地道な捜査の末に、ある法則を発見した。スプラッシュ・キラーにまつわる都市伝説が、「学生運動グループ」が幅を利かせている学校に多いのだ。

(とすると、奴を操っているのは、学生運動グループと対立している「学生合衆国」ということか・・・。だが、学生合衆国が、なぜ目玉シールを・・・?)

 閨川は、かつて「学生捜査官」であった。学生捜査官とは、学生でありながら警察官として動き、学校の事件を解決する職域である。そのため閨川は、学生の裏社会の情勢に通じていたのだ。



 閨川は、ああでもない、こうでもないと考えつつ歩んでいたが、やがて歩みを止め、一人の男に目を遣った。


 閨川は、男に駆け寄った。

「中林君じゃないか?」

「閨川?」

 閨川は笑みを浮かべた。

「こんなところで遇えるとは、奇遇だな。どうしているんだ?」

「ああ・・・、児童相談所で働いてる。君は?」

「私は今でも刑事だ。君からもらった勇気を胸に、日々戦っている。」

「勇気?」

「ああ。君は、自分が『あんな目』に遭ってきたのに、いや、だからこそ、同じ目に遭っている子供たちを救う仕事をしたいと言っていた。君は私に、どんな逆境に立とうと優しさを持ち続ける勇気を教えてくれた。だというのに・・・、」

 閨川はそう言って、拳を握り締めた。

「君のような優しい男がいるというのに、世の中には、人間を苦しめることを楽しむような奴がいるんだ。そいつに犠牲者の無念を叩きつけてやることが、私の使命だ。」


 閨川は、我に返り、中林が俯いていることに気付き、話題を変えた。

「もっと話したいんだが、勤務中でな。良かったら今夜会えるか?」

「ああ、勿論さ。」

 そう言って二人は、約束を取り付けて別れた。



(七)

 閨川は、学生の裏社会の情勢を、更に具に調べた。その結果、学生運動グループ勢力下の学校のうち、五校が「学生合衆国」に吸収されており、その五校ともから、雨の日に行方不明者が出ていることが判ったのだ。



 閨川は、ある高校の池のほとりで考えていた。

(やはり、学生合衆国が裏にいたか。とすると、合衆国がシールを造っていたのか?いや、彼らにそんなテクノロジーはないはずだ。)

 そのとき、彼の背後から、彼を呼ぶ声がした。

 振り向くと、麻咲であった。

「閨川。お前に、一つ忠告しておく。」

「忠告とは?」

「憎しみに身を任せるな。憎しみは憎しみを生むだけだ。」

「何?」

 閨川は、表情を強張らせた。

「犠牲者の無念を晴らすことが、私の使命だ。」

「違う。俺たちの使命は、これ以上被害者を出さないことだ。被害者の憎しみを肩代わりすることじゃない。」

「同じことだ。そして犯人への怒りは、そのまま逮捕への原動力となる。」


 麻咲は、閨川から目を逸らすと、池の方に歩いて行った。彼は、水面を見つめながら、独り言のように言った。

「情に流されず、憎しみを持ち続けることなど、できないし、するべきでもない。」

「同情の余地のない悪人達を嫌というほど見てきたお前が、なぜ今更そんなことを言う?」

「人は、生まれながらに業を背負い、その業によって悪事を働く。そういうものだ。」


 閨川は、踵を返した。

「これ以上お前の説法に付き合う気はない。私は私のやり方で犯人を逮捕する。」

 そう言って閨川は、水面に臨む麻咲を尻目に、立ち去った。



(八)

 閨川が本部に帰還した。

「警部、例の・・・」

 隊員の言葉が終わらぬうちに、閨川はコンピュータの画面に飛び付いた。

「中林君・・・!」

 そうである。画面には、中林の顔写真が映し出されていたのである!

「お知り合いですか?彼は、匿名で事件を予告する通報メールを送った張本人です。」

「彼は、私が学生捜査官時代に関わった、ドメスティック・ヴァイオレンス事件の被害者だ。」

「ええ。彼の経歴を調べたら、その通りでした。その五年後、彼は、児童福祉司の資格試験に落ち、それ以来、現在まで定職に就いていません。」

「何だと?」

 閨川は驚いた。児童相談所で働いていると言ったのは、嘘であったのか。

「一つ、気になることがあるのです。」

「何だ?」

「一年前から、中林は、アルバイトすらしていません。それなのに、近隣の住人によると、生活に困っている様子はなく、更に、食料を仕入れている様子もないそうなんです。」

「莫迦な。人間なら、食事をせずに済む筈がない・・・」

 そう言いながら、閨川はハッと気づいた。

 人間なら・・・?

「まさか!」



(九)

 日は沈んだが、曇り空に星は見えなかった。蒸し暑い中、閨川は、都内の公園に来た。


 街灯に照らされている閨川は、辺りを見渡した。

 ふと、声が聞こえた。

「閨川、こっちだ。」

 閨川は、声の方を向くと、暗闇の中から、笑みを浮かべた中林が現れた。

「ここは、僕と君が始めて出会った場所だ。」

 郷愁の念は、閨川の顔にも微笑をもたらした。

「ああ、そうだとも。あの頃の君は、痣だらけだったな。」

 中林は、返答しながらベンチに腰掛けた。

「父は確かに僕を虐待していた。でも、父も運命の犠牲者だったんだ。父もまた、祖父から虐待を受けていた。」

 閨川もまた、彼の隣に腰掛けた。

「十年前も、君はそう言ってお父さんを弁護していたな。君を酷い目に会わせていたというのに。」

「そうだったな。」

「優しさこそが、君の長所だ。今でもそうじゃないのか?」

「いや・・・。」


 そう言って中林が俯いたのを見て、閨川は改まって言った。

「中林君。たとえ君が、道を誤ったとしても、君なら、優しさを取り戻すことができると、私は信じている。」

 中林は、閨川の目を見つめ返した。


 二人は、何も話さずに見詰め合った。

 そしてやがて、中林が沈黙を破った。

「気付いていたのか。」

 その言葉は、閨川にとって、一縷の望みを断ち切るものだった。

「一体・・・、なぜなんだ?」

「僕の中にも、代々受け継がれてきた嗜虐性が眠っていたんだ。それを、このシールが呼び覚ましてしまったんだ。」

 そう言って中林は、ポケットから銀色の目玉シールを取り出した。

 閨川は驚いた。

「それをどこで手に入れた?」

「一年前、城南大学の『太陰サークル』の代表者が、僕にくれたんだ。」

「何のために?」

「最初は、実験だったんだ。今は封印されている『太陰怪獣』の力の一部を宿したこのシールで、怪獣を作る実験だ。それが、最近になって、太陰サークルと『学生合衆国』が同盟を結んだとかで、合衆国と敵対する高校の一般生徒を殺す使命が与えられた。見せしめのためにね。」

「なぜ、それに従うんだ。」

「このシールを付けている間は、僕は優しさから開放されるんだ。」


 閨川は、中林の両肩を掴んだ。

「シールを捨てて、組織から足を洗ってくれ。そうすれば、私は君を不問に伏す。」

「僕は犯罪者だぞ。」

「君が自分で通報したということは判っている。君の葛藤がそうさせたのだろう?憎むべきはシールだ。君じゃない。」


 そのとき、中林の頬を、涙が伝った。

「ありがとう・・・、こんな僕を信じてくれて。」

「解ってくれたか。」

 閨川の顔に、笑みがこぼれた。



 中林は、銀色の目玉シールを、閨川の前で破った。シールの破片は、すぐに蒸発した。

「よくやった。」

 まさにそのとき、閨川の携帯電話が、電子メールを受信した。閨川は、電話を開き、メールに目を通した。それは、署長からであった。話があるので、すぐに来いとのことであった。

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