第六話 妖魔王
季節はすっかり冬になり、今日は雪が降っています。
そんな時でも関係無く、妖魔は現れます。
「らあっ!」
島塚君のパンチが、巨大な鳥の嘴に当たります。
『ギエエエエッ!!』
巨大な鳥は炎に包まれ、消滅しました。
「…………」
「どうした?美琴?」
「いえ……最近妖魔の出現率が高いような気がして……」
今までは多くても一日に一匹程度だったのが、今では二、三匹に増えています。
何か、嫌な予感がするのです。
『うむ……もしかしたら……』
「又三郎さん?何か知っているんですか?」
『…………いや、なんでもない』
又三郎さんは何か知っていそうでしたが、首を降って何も言おうとはしませんでした。
「集団殺人事件?」
「ああ。××村を知ってるか?30人程度の住人が暮らす村なんだが、そこの住人が一晩で全員殺されたらしい」
樺地さんが腕を組みながら説明します。
「妖魔の可能性が高いな」
「そういうことだ。勝負の機会が訪れたな家久!」
「今回も協力しような葉」
「い、いや、だから勝負……」
「葉が協力してくれたら助かるなー」
「…………し、仕方ねえな!」
……流石島塚君。樺地さんを丸め込みました。
…………何故か胸がちくちくします。
『そなた達気合いを入れるのじゃ。妖魔だとしたら今までとは比べ物にならぬぞ』
「…………」
嫌な予感が消えません。
そんな私の様子を察したのか、島塚君がポンポンと私の頭を撫でます。
「大丈夫だ。美琴。
美琴は俺が守る」
「……はい」
ですが、
この時の嫌な予感が、当たってしまうことになるのですーー。
××村に着くと、今までとは比べ物にならない程の嫌な感じがします。
変身した島塚君と樺地さんが村に踏み込むと、空間が歪みーー。
『……貴様ら、退魔師だな?』
現れたのは耳がゲームのエルフのように尖ってる以外は普通の人間に見えました。黒いローブを着た男性です。
「……強力な妖魔程、その姿は人間に近いと文献に書いてありました」
『うむ……手強いぞ、あやつは』
山田さんの言葉に、又三郎さんが深く頷きます。
……島塚君……。
「我等が王を裏切った者共め!愚かな人間と共に滅びるが良い!」
妖魔はそう言うと、両手を天へと掲げます。すると、頭上からいくつもの稲妻が落ちて来ました。
「舐めんな!」
樺地さんが氷の壁を頭上に作り、稲妻と相殺します。
その間に島塚君は妖魔へと近付き、炎を妖魔に向かって放出します。
『甘い!』
妖魔は雷を手から放出し、それは炎を貫き島塚君へと狙いを定めます。
「くっ……」
避けきれず、肩に雷が当たります。バリバリと身体中を雷が駆け巡っています。
「あああっ!!」
「家久!くそっ!」
樺地さんが両手を突き出し、妖魔を凍らせようとしますが、妖魔は雷を身体の周りに纏い、凍らせることが出来ません。
「くそっ!どうすれば……!」
「…………」
肩で息をする二人。こんなに苦戦しているのは初めて見ました。
『もう終わりか?弱過ぎるぞ退魔師よ!』
妖魔は高笑いし、纏わせていた雷を解除すると再び雷を放出します。
……え?なんでわざわざ解除を?
もしかして……『攻撃』か『防御』のどちらかしか出来ないとしたら!
「樺地さん!氷で相殺して下さい!島塚君はその間に!」
「ーー!」
樺地さんは氷の壁を作り、雷を相殺します。その間に島塚君は走り、無防備な妖魔の腹に拳を叩き込みます。
『しまっ……!』
「おらぁ!!」
妖魔が雷を纏わせる隙を作らせず、連続パンチを叩き込みます。
妖魔は二、三歩後ろへとよろめき、がくりと膝を付きました。
『ば、馬鹿な……この、私がっ!こんな小僧共にっ!』
『ーー油断したね?』
『!そ、その声は……王!』
どこからか声が聞こえてきました。
……王?
『がはっ!』
「!」
突然、妖魔の胸から黒い腕が生えました。いえ、黒い腕に貫かれたのです。
『お、王……!何故……!』
『お前はもう、いらない』
そんな冷淡な声が聞こえたかと思えば、妖魔の身体が一瞬にして黒い腕に吸い込まれていきました。
「誰だ……お前は……」
『…………』
現れたのは黒髪の少年。黒いパーカーにズボンを着ています。
今まで感じた事が無いくらいの、嫌な感じ……。ずしりと重い、空気。その重力に逆らえず、私は思わずその場にへたりこんでしまいました。
『僕は妖魔王。妖魔の中の王』
「妖魔王……だと!?」
『くっ、逃げるのじゃお前達!こやつはお前達の手には負えぬ!!』
又三郎さんが叫びます。
ですがーー。
『遅いよ』
妖魔王の背後にある何本もの黒い腕。それが樺地さんを貫きました。あっさりと。
「が……はっ」
「葉様!!」
「葉!ちくしょう!!」
島塚君が妖魔王に向かって拳を繰り出します。しかしそれは黒い腕に簡単にガードされ……。
「ーーっ!」
黒い腕が、島塚君の、胸を。
「いやあああああっ!!」
「っ、逃げますよ鏑木様!!」
「いやです!!島塚君が、島塚君が!!」
私の手を取って逃げようとする山田さん。ですが私はあまりのショックに首を横に振って動こうとはしませんでした。
島塚君はぴくりとも動きません。
島塚君、島塚君……!!
『逃げられるとでも思った?』
「!!」
私達の目の前に、妖魔王が立っています。黒い腕に薙ぎ払われ、私と山田さんは吹き飛びました。
『ああ。その顔良いね。絶望だ』
妖魔王は地面に倒れている私の髪の毛を掴んで持ち上げます。子供のような笑みを浮かべてそう言います。
『絶望は妖魔の何よりの餌。やっぱり先に退魔師を殺しておいて良かったよ』
「……!!」
『憎しみ、怒り、……良いね。更に僕の餌を増やしてくれた。
お礼に苦しまずに死なせてあげるよ』
妖魔王が黒い腕を振り上げます。私は目を閉じました。
『……あれ?』
「……?」
妖魔王のそんな声に、私が目を開けるとーー。
「……美琴に……何してやがる……」
「島塚君!!」
『あれ?死んで無かったんだ?油断しちゃったなあ』
胸には穴が空き、口から大量の血を吐いている島塚君が、妖魔王の肩を掴んでいます。
その目は虚ろで、本来なら動ける状態ではないことを物語っています。
「美琴は……俺が守るんだ……どんなことをしても!!」
『なっ……!!』
島塚君が妖魔王の肩に噛み付き、そして肉を食いちぎりました。それを……咀嚼しています。
島塚君の髪も目も、真っ黒に染まっていきます。胸の傷も、みるみるうちに塞がっていきます。
「があああっ!!」
島塚君が咆哮を上げ、妖魔王に拳を振り上げます。それを黒い腕でガードすると、妖魔王はまた子供のような笑みを浮かべました。
『面白いね。実に面白い。
……今日のところは殺さないであげるよ』
風が吹きます。
次に目を開けた時には、妖魔王の姿はどこにもありませんでした。
『なんということを……妖魔の肉を食らうなど……!!
暴走して手がつけられぬぞ!!』
「っーー」
又三郎さんの言う通り、島塚君は壁に激突したり頭を抱えたりと、力を制御出来ていない様子です。
何よりーー今の島塚君からは妖魔と同じ嫌な感じがします。
「島塚君!!」
「……があああっ!!」
島塚君は倒れている樺地さんの方へと向かっています。
咄嗟に両手を広げ、島塚君の前に出るとそのまま押し倒されます。
『美琴!!』
島塚君の牙が、私の喉を突き破ります。今までの優しい噛み方とは違う。本気で食いちぎられそうな噛み方。
「しま、づか、く……」
喋る度にごぽっと血が溢れます。それでも私は島塚君を呼び、そっとその頭を撫でました。
「…………み、こ、と…………?」
島塚君の髪と目が元の色を取り戻していきます。
「よ、かった……」
元に、戻ってくれたんですね……。
私はそのまま、意識を失いました。
「美琴!美琴っ!!」
島塚君が私を呼ぶ声を、遠くで聞きながらーー。