第五話 裸の付き合い
島塚君と出会ってからおよそ二ヶ月が過ぎました。その間にも妖魔が現れ、それを退治してきました。
ある日のことです。
部屋で宿題をしていると、スマホの着信音が鳴りました。画面に表示された名前は『島塚君』。
「はい。鏑木です」
「あー。美琴ちゃんー?義子ですー」
「あ、こ、こんにちは」
てっきり島塚君が出ると思っていたので、義子さんの声にびっくりしました。
「あの、何か御用でしょうか?」
「あのねー。美琴ちゃんー。一緒に温泉行かないー?」
「……は?」
義子さんによると、毎年島塚家はとある旅館に家族旅行に行くそうです。
「良いんですか?私が行ってもお邪魔になるだけじゃ……」
「良いの良いのー。ね?行きましょー?」
「はあ……分かりました」
半ば義子さんに押し切られるような形で、私は了承の返事をしました。
数日後。
訪れたのは立派な旅館です。
「わあ……凄いですね」
「でしょー?温泉も食事も良い所なのよー」
私達は荷物を部屋に置き、早速温泉へと向かいます。薬湯で疲労回復等の効果があるらしいです。
……格差社会に私が落ち込んだことは、省略するとして。
温泉を堪能した後は、豪華な食事に舌鼓を打ちました。
「あ、そうそう、いえくん。売店までビールとおつまみ買ってきてくれません?」
「何で俺が……」
「いいから行って来い」
「へーい……」
島塚君が出て行った後、三人に取り囲むようにされました。
え?え?
「……それでー、ぶっちゃけー、家久とはどうなのー?」
「どう、とは?」
「それは勿論、恋愛ですわ!」
「……えっ?」
「美琴は家久のこと、どう思ってるんだ?」
「えっ?えっ?」
……お、お姉さん達の視線が痛いです。この場から逃げるには……。
「わ、私、温泉入ってきますね!」
「逃げられたー」
ダッシュで部屋を出て温泉に向かいます。幸いお姉さん達は追っては来ませんでした。
「はあ……」
私は溜息を一つつき、どうせなら本当に入ってしまおうと脱衣場に入ります。
結構な時間になっているので、私の他にはお客さんはおらず、一つ、籠に衣服が入っているだけでした。
服を脱ぎ、温泉への扉を開けると、そこには見知った顔が……。
「樺地さん!?」
「っ!?お前、家久の……」
「か、鏑木美琴です。樺地さんも、旅行で?」
「……妖魔退治の帰りだ」
「そ、そうですか」
「…………」
き、気まずいです……。
とりあえず身体を洗うと、お湯に入ります。気持ち良さそうに伸びをしている樺地さん。……お姉さん達には負けますが、その、大きいです。
「どこを見てんだお前はっ!」
「す、すみません!!」
私の視線に気付いた樺地さんが胸を両腕で隠します。
……そういえば。
「あの……樺地さんって、何で男性の格好をしてるんですか?可愛いのに……」
「可愛いとか言うな!」
「ひい!すみません!!」
樺地さんは、はあ。と溜息をついた後、話し始めました。
「……舐められねえようにするためだよ」
「えっ?」
「『女だから弱いだろう』……散々言われ続けて来た。それが嫌なんだよ。女だって強い事を証明してやるんだ」
「そう、だったんですか……」
沈黙が流れます。
樺地さんが私の方に向き直り、言いました。
「家久が初めてだったんだ。俺を女だからって舐めないで真剣に向かって来てくれたのは」
「……だから、好きになったんですね。島塚君のこと」
「っーー!
お、お前こそ、どうなんだよ!」
「え?」
「だから、家久のこと好きなのかよ……?」
「……私は……」
あれ……?
どうなんでしょう。私は、島塚君のことーー。
「……ふん!まあ良い。お前みたいな地味な女には負けねえからな!」
びしっと私を指差し、のぼせたのかフラフラとした足取りで樺地さんは温泉を後にしました。
「…………」
頭の中でぐるぐるとさっきの言葉が回っています。
島塚君のことが、好き?
確かに嫌いではないです。でもーー。
「……分かりません」
自分の気持ちが。分かりません。
「美琴?」
「し、島塚君?」
温泉から上がり、部屋へ戻ろうと廊下を歩いていると、島塚君に会いました。
「どうかしたんですか?」
「あー、姉ちゃん達が宴会始めたから逃げて来たんだよ。うるせえからまだ戻らない方が良いぞ」
「そうですか……」
「……どうかしたのか?」
島塚君がずいっと顔を近付けて来ます。慣れた行為のはずなのに、私の顔は真っ赤に染まっています。
「な、なんでもないです」
「…………」
私は島塚君から離れようとしますが、島塚君に壁に追い込まれて逃げ場がありません。
「島塚、君……?」
「…………」
戦いの時のような真剣な表情。私は島塚君から目を離せずにいました。
「美琴……」
「…………」
「……なんでもない」
そう言って島塚君は離れて行きます。
ほっとしたのと同時に、何故かちくりと胸が痛んだのでした……。