第二話 島塚家の人々
あの牛のような妖魔を倒した後。
私は、島塚君の家へと向かっています。
理由はーー妖魔に襲われた時に土まみれになってしまったからです。このまま家に帰れば両親は何があったのかと心配するでしょう。
島塚君の家がここから近い。とのことで、お母さんに友達の家で勉強するから帰りが遅くなるとメールをして、島塚君の家へと向かっているわけです。
「ここ……ですか?」
「ああ」
島塚君の家は、極々普通の二階建ての一軒家でした。そう言えば売りに出されてましたね……ここ。
「ただいまー」
島塚君が家のドアを開けると、廊下からパタパタと足音が聞こえてきました。
島塚君のお姉さんでしょうか?ふわっとパーマをかけた腰まで届く髪とタレ目の瞳は島塚君と同じ色です。
「お帰りなさいー。いえくん。……あら?」
お姉さんとばっちり目が合います。お姉さんは私をまじまじと見た後、後ろを振り向いて叫びました。
「お姉様方!!いえくんが女の子を連れてきましたわ!!」
その声にばたばたと二人分の足跡。それぞれベリーショートと床につきそうな程のロングヘアーの女性。どうやら二人共島塚君のお姉さんのようです。
「い、家久!転入早々女子を連れ込むなど破廉恥であるぞ!」
「まあまあ、弘子ちゃん良いじゃないー。家久も年頃なんだからー。ねー。歳子ちゃん?」
「そうですわね義子お姉様。弘子お姉様も落ち着いて下さいませ」
……ええと。
ロングヘアーの方が義子さん。
ベリーショートが弘子さん。
ふわっとパーマが歳子さん。
でいいんですかね……。
「姉ちゃん達何言ってんだよ。この子は俺の契約相手」
「は、初めまして。鏑木美琴です」
呆れたように言う島塚君に視線で促され、ぺこりと頭を下げます。
「あらー。そうなのー?残念ー」
……何が残念なのでしょうか……。
「よくよく見ればお前達土まみれだな……妖魔と戦ってきたのか」
「そう。だから美琴風呂入れてやってくれない?」
「では今すぐ用意致しますわね」
「……ふう……」
漸くお風呂に入れた私はゴシゴシとスポンジで身体を洗います。
「あれ?」
首も洗おうとして、島塚君に噛まれた傷口が無いのに気が付きました。
「あー。それは神子は治癒能力が高くなるからよー」
「へえ成程……ってえええ!?」
な、な、なんで義子さんがいるんですか!?しかも裸で!!
「お背中流そうと思ってー」
「じゃあ裸になる必要なくないですか!?」
「だって服濡れるしー」
……ああ。もう良いです。何でも。
私はツッコミを諦め、義子さんに背中を洗ってもらうことにしました。
…………それにしても、義子さんはその、大きいです。弘子さんや歳子さんも大きかったし…………。
思わず自分のまな板に手をやり、はあと溜息をつきました……。
お風呂から出た私は、和室に通されました。机を挟んだ向こう側には、和服に身を包んだ義子さんの姿。
「…………さて。では少々真面目な話をしましょうか。美琴ちゃん」
先程までの口調とは違う真面目な義子さんに、私は緊張していました。
「……まずは、妖魔のことから説明しましょう。妖魔とは人の『闇』から生まれた存在です」
「闇……」
「妬み、恨み、怒り……それらの負の感情が集まり混ざり合い、異形のモノになる」
「…………」
それじゃあ、あの化物は私達人間が生み出したモノ。なんですね……。
「次に、私達の家系について説明しましょうか。
……貴女は、血を飲んだ後の家久を見ましたか?」
「は、はい……その、まるで、鬼のようでした」
「その通り。我等は鬼の末裔です。……とは言っても実際のところは貴女達の言う吸血鬼に近いでしょう」
「きゅ、吸血鬼……」
「千年以上前、我等の一族は人間の血を餌として生きていました。
一方、人間達は妖魔に対抗する術が無く困っていました。そこで、戦闘能力の高い我等に目を付けた。
ある日、霊力の高い人間がこう言って来ました。『自分達の血を与える代わりに妖魔を倒して欲しい』と。
我等としても霊力の高い人間の血を飲んだ方が糧になりましたからね。それが退魔師と神子の始まりです」
「…………」
「代を重ねることに鬼の血は薄くなり、人間の血を餌にすることはなくなりましたが……神子の血を飲めば、我等は鬼の姿となります」
「そう、だったんですね……」
正直、信じられない話ですが、私は見ています。
あの化物を。
姿が変わった島塚君を。
「……長く話してしまいましたが、ここで貴女の意志を伺います」
「……意志?」
「家久のパートナーとして、共に戦うのか否か」
「……!それは……」
確かに、私は地味な女で地味な生活をしていたいです。
…………でも、私は知ってしまったから。
「正直、怖いです。……でも……
島塚君が、守ってくれるって、言ってましたから」
「……そうですか」
義子さんは微笑むと、「家久のことお願いねー」と先程の口調に戻ったのでした。
その後。
綺麗に洗濯された制服を着て、私は自分の家へと帰っています。見送りの島塚君と一緒に。
「あ、ここで大丈夫です」
「ん」
家の前まで来ました。それじゃあと家に入ろうとする私の背後から島塚君の声。
「また明日な」
「……はい」
明日からどんな生活が待っているのか、分かりません。でも、島塚君を信じて、やるだけやってみよう。
私はそう、心に決めたのでした。