75 許された人
私がノルマンと一緒にモントロー城への帰途についたのは、ランブイユの王城での一件から、ひと月後のこと。
ランブイユでは王の急逝が民に伝えられた。だが、その死因については、叛逆を企てた王宮魔法師たちによって殺害されたと公的な発表がされている。現在は、国葬の準備中だ。
急なことで混乱するかに思えた国政も、王妃様とヴァンホーテ侯爵をはじめとする有力貴族によって、思いのほか恙なく回されているようだ。
そして私はあの後、しばらく王太子宮に留まることとなった。
アルから王城内の浄化を頼まれたからだ。「あの王宮魔法師たちの企ての痕跡を王城内から完全に消してほしい」というアルの頼みに、ルオンと共に隅々まで浄化をして回っていた。
当然、他国の者である私に、王城を自由に歩き回らせていいのかと言う意見もあったと聞いた。
しかし、ランブイユには元々、魔力持ちは多く生まれる割に、精霊師となれる者は滅多に誕生しない。さらに、あの日のソロモンホールで銀毛の虎の精霊を目にした者たちが皆こぞって、その浄化の権能を魔法に勝る替えがたいものとして称賛した。そこに王子であるアルのお墨付きも加わって、緊急時の例外として許されたのだった。
ノルマンからの疑いを晴らせたからか、城内の人々から寄せられる崇め称えるような眼差しのせいなのか、ルオンは妙に張り切って、浄化をして回っていた。
しかしミニョンはあれから姿が見えない。いなくなる直前に、「魔法陣、消してくれてありがと。本当なら、あたしが壊さなきゃいけなかったんだけどね」という、ちょっと意味深な言葉を残して。
「どうせ移動魔法を使って、ほっつき歩いてるんだよ。消えていた記憶が戻って、懐かしい場所にでも行ってるんじゃない?」
「確かにそうかもね。また、移動魔法を使って戻ってくるかな」
「どうかな……あいつ、お菓子が食べられるところなら、どこでもいいんじゃない?」
戻ってこないかもしれないとは思いながら、いつ戻ってきてもいいように、私は部屋のテーブルの上にクッキーが山盛りになったお皿を置いてある。
そして王太子宮での滞在中はヴァンホーテ侯爵の計らいで、ノルマンが護衛としてついていてくれることになった。
ノルマンがヴァンホーテ侯爵と知り合いだったという偶然には驚いたが、私もノルマンもこの国で迂闊に身分を明かすのは躊躇われる。
なので相変わらず、アルシオン王太子の友人で精霊師でもある他国の貴族令息と、その護衛を買って出てくれたヴァンホーテ侯爵家と縁のあるアリエ子爵として通している。
アリエ子爵が並外れた剣の使い手であることも城内の人々には知れ渡っていたから、護衛とするのに不審はない。でもこれは、のちのち本物の子爵が登城するようなことがあれば、ご本人には厄介なことになりそうでお気の毒だけれど……。
「王国を救ってくれた精霊師様に何かあってはいけませんから」
そう言って王太子宮の侍従は、私を新しい部屋に案内してくれた。その部屋は護衛騎士の控える部屋と扉一つで繋がった格式高い貴賓室。
「あの……この扉で繋がった部屋は、アリエ子爵様の部屋になりますか?」
「さようです」
「その……子爵様に従者のような真似をさせるのはちょっと恐れ多くて……」
ノルマンの部屋とは、モントロー城でもこんなに近くはなかったから少し気まずい。
けれど侍従は、何の問題もないと繰り返す。それも仕方がない。彼は私を令嬢ではなく、令息だと思っているのだから。
「今はまだ城内も落ち着かず、何があるかわかりません。精霊師様に何かあった際には、護衛がすぐに駆け付けられる距離にいてくれないとなりません。何より、アリエ子爵様が構わないと言っておられますから」
「その通りだ、精霊師殿。俺も護衛するなら、このほうが都合がいいんです」
言いながら視線をそらしたノルマンの頬が少し赤らんで見えて、私も顔が熱くなる。
「では、何かありましたら呼び鈴でお呼びください」
二人とも黙り込んだのを了承の返事と捉えたのか、侍従は一礼して立ち去った。
先に口を開いたのはノルマンだった。
「あの……話がしたいんだが、いいかな?」
「あ……はい。私もお話ししたいと……でしたら、こちらへ」
部屋に入ったノルマンは、これまで見たこともないほどおずおずとして、私に尋ねた。
「触れても、かまわないだろうか……」
「はい」
私が頷いた途端、ノルマンにそっと抱きしめられた。
「辛い思いをさせてしまった……すまない。本当にすまなかった……ディアがまさか精霊師だとは知らなかったから、俺は本当に酷いことを言ってしまった」
「いえ、いいんです……。私も秘密にしていましたから。それに誤解も解けましたよね?」
「ああ。俺が間違っていた。許してもらえるだろうか?」
「もちろんです……。ノルマン様が悪いわけではありません」
「君の精霊も許してくれるだろうか……」
「ええ。ルオンももう、許しているはずです。ねえ、ルオン」
すると、猫の姿のルオンが足元に現れた。
「いいよ。僕も許してやる」
こちらを見上げるようにして人語を話した銀毛の猫に、ノルマンが目を見張った。
「あ……この猫は……?」
「ルオンは、普段は猫の姿でいることが多いんですよ。本来の虎の姿になるのは、魔物と対峙した時くらいです」
「そうだったのか。精霊様も、許してくれるのか。ありがとう……」
「うん。もう僕は許したから、いいよ。じゃあ、そういうことで、僕はこれからしばらく外の様子でも見てくるから、あとはお二人でごゆっくりー!」
えっ、と思う間もなく、ルオンの姿が消えた。気配すらも感じないので、本当にどこかに散歩でもしに行ってしまったのだろう。
「精霊様は、本当にいなくなったのか?」
「ええ、そうみたいです。ルオンったら、変な気を回して……」
「精霊様のこと、これから俺にも教えてくれないか? 俺も知っておいたほうがいいだろう?」
「はい。でも、精霊様と言っても、あんまりにも人間と変わらないので、呆れられてしまうかもですが」
くすっと笑った私に、ノルマンが真顔で言った。
「あなたとまた会うことができて、俺は本当に幸運だった。だからもう、黙ってどこにも行かないと言ってくれないか。そして、俺にディアを護らせてくれ、これからずっと……」
いつの間にか溢れてきた涙で、視界が潤む。
ノルマンに再び抱き寄せられた私は、落ちた涙で彼の胸を濡らした。




