表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした  作者: ゆきのひ
4章 ランブイユ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

73/81

73 過ちを正す時

 その厚く重い扉は、稲妻に打たれた生木のように左右に分かれて崩れ落ちる。

 反射的に私はミニョンを抱え、外に飛び出した。

 そんな私はミニョンごと、誰かの腕に受け止められた。顔を上げて確かめたその人に、私は溢れてきた涙が止められない。


「ノルマン、様……? どうして……」


 ノルマンにまた会ったらきっと、殺されるかもしれない恐怖に足がすくんでしまうだろうと思っていたのに。

 なのにどうして、また会えたことにほっとして、涙が止まらないのだろう。

 それにノルマンも、どうして私をそんなに切なげな目で見つめるの?

 ルオンも私も、殺したいほど憎いのではなかったの……。


「ディア……ここから離れるぞ!」


 ノルマンの声に、ミニョンが魔法を放った。


 ◆◆◆


 しん、と一瞬、周囲の音が消え、ぱちっと空気のはぜる音。

 ミニョンの移動魔法で、私たちはソロモンホール近くの回廊に移動していた。


 一変した目の前の景色に、私はほっと息をつく。

 近くで待ち構えていたヴァンホーテ侯爵所縁の使用人に案内されて、ホールの人目につかない位置に忍び込むことができた私とノルマンは、思わず息を詰めた。


 ホールいっぱいに広がる不快な魔力の残響に、胸の奥をかき乱されるような不快感がこみ上げる。禁制魔法が発動した証だ。

 少女の姿のまま私たちについてきたミニョンが呟いた。


「ここに浮かんでる魔法陣も本体じゃない。別の場所から転送されてきている。本体がどこにあるかは、あれを壊してみないとかな……」


 玉座に坐する王の眼前には、鈍い光を放って浮かぶ魔法陣と、大きな虎の姿。

 やおら玉座から立ち上がった王が、高らかに宣言した。


「皆の者、しかと見よ! 我が国の魔法師たちがついに成し遂げたのだ」


 濁った灰色の毛並みの虎は、ホール内に立ち並ぶ人々を見下ろすようにして咆哮した。


(あれが……偽の精霊!)


 一見、その虎の姿は精霊を思わせる。精霊という存在を人の話でしか知らない者なら、信じてしまうかもしれない。


 けれど、本物の精霊を一度でも見た者なら、その違いに容易に気づくことだろう。偽物は真の精霊――ルオンが存在することで周囲に醸し出す清廉な気配とはまったく異なる、禍々しい空気だけを纏っている。

 その全身に纏うのは、濃い瘴気。というより、瘴気で出来た存在――魔物と呼ぶべきもの。


 ――あれが僕のふりしてたんだろ! 公爵もそう思ってるみたいだぞ。


 ルオンが言うように、偽の精霊を見据えたままのノルマンが、腰に帯びた長剣に手をかけるのが見えた。


「ディア」


 突然呼びかけられてドキッとした私に、ノルマンは視線を偽の精霊に向けたまま、静かに告げた。


「これではっきりしました。だから……終わったら、きちんと謝罪させてください」

「はい……」

「俺はあれを討ちます。助けてくれますか?」

「もちろんです!」


 玉座に尊大に身を沈める国王の足元には、数人の近衛の騎士に囲まれ、動きを封じられている王太子、アルの姿。

 王を止めようとして、失敗したのだ。


「今宵は王国にとって、記録すべき日となることだろう。魔法によって精霊を生み出し、その尊き存在を思いのままに操ることに成功した余の名は、王国の歴史にしかと刻まれる。我が国の更なる発展と拡大のため、精霊と共に隣国への侵攻と制圧を宣言する」


 この言葉には、それまで固唾を飲んで見守っていた人々から漣のようにどよめきが起こった。


 精霊を思いのままに操る?

 精霊と共に戦争をする?


 ありえない。

 精霊力は魔法に勝る強大な力とはいえ、精霊は善なる存在。

 不必要に人や自然を傷つけ破壊することに使えば、その存在自体が永遠に消滅するのが理。

 ゆえに理に反する行為には、いくら主とする精霊師の言葉であっても従わないし、従うことができない。

 私と同じく、それを知る者たちは王の言葉を訝しみ、疑念を互いに耳打ちし合った。


「ほお……余の言葉が信じられないとはな。ならば、試して見せよう」


 ニヤリと口元の片端を上げ、王は一人の貴族の男を指さし、虎に命じた。


「余を愚弄する、あの不届き者を食らってみよ!」


 途端、虎の姿をした偽物が、咆哮して牙をむき、その男に襲い掛かろうとした。

 同時にその場にいた誰もが、我先にと外へ通じる扉に向かって逃げ出す。

 けれど扉はいずれも外から施錠されていて開かない。押されて倒れる令嬢たちが上げる悲鳴と、騎士たちの乱暴さを諫める声が交錯して、ホールは混とんの場と化した。


 その騒ぎに乗じて、ノルマンが偽の精霊目掛けて剣を一閃する。生じた凄まじい剣気に斬られて、虎の姿をしたものは深手を負い、大きくのたうった。


 これに動揺する騎士たちの囲みを振り払い、アルが魔法を放つ。

 放たれた魔法は、突風が刃となり、発光して浮かぶ魔法陣と偽の精霊を切り裂いた。時を同じくして、ミニョンもアルの魔法に重ねるように炎が無数の矢と化す魔法を放つ。その矢が全身に突き刺さり、炎に包まれた虎は動きを止める。同じく燃える矢を受けた魔法陣も黒い塵となり、霧散したかに見えた。


 だがそれに王は動じることなく、騎士たちにアルを魔法封じの魔道具で拘束するように命じると、魔法師たちに新たな詠唱を命じた。

 ミニョンにも騎士たちが拘束しようと迫ってきたが、ポンッ! と一瞬にして毛玉に姿を変えたミニョンを騎士たちはたちまち見失う。消えたように見えたミニョンに戸惑う騎士たちを尻目に、私のポケットに滑り込んできた毛玉のミニョン。


「わかってると思うけど、精霊力はまだ温存しておいて。魔法陣の本体を探すのが先」


 本体が別にあるなら、目の前を浄化したところで、無限に浄化を繰り返すことになるだけ。それではさすがのルオンの精霊力もいつか底が尽きる。

 騎士や魔法師たちから死角になる柱の陰に身を滑らし、私はミニョンに無言で頷くと、ルオンと感覚を同期する。


 ノルマンに向かってくる騎士たちとは、いつの間にか現れたステファンと数人の味方らしき騎士たちが激しく切り結んでいる。自分を拘束しようとした騎士たちを退けたアルも、魔法で加勢する。


 ノルマンはステファンに背中を預け、魔法師たちに向かって剣気を放ち、詠唱の声を断ち切った。

 しかし、いったん止まったはずの詠唱は残響となって、ホール揺らす低い振動に変わり消えずにいる。見る間に新しい魔法陣が出現し、また宙に浮き上がり始めた。

 本体である魔法陣を破壊しない限り、再生が繰り返されてしまう……。


「ルオン、まだ見つからない? ミニョンはどう?」

「うーん……。今、魔力痕をたどってるとこ。待って」


 ――ここは元々、土壌に含まれている魔石片から放出されている瘴気との区別がつきにくいんだよね……。


 ルオンも思った以上に感知に苦戦している。でも、ここで焦れては余計に感知できなくなる……今は集中!

 ミニョンはポケットから飛び出し、どこかに姿を消した。


 再び浮かぶ魔法陣の中から、さっき消えたはずの虎と同じ姿のものが現れ出る。

 ノルマンがまたそれに斬りかかり、今度はその一撃で討ち果たした――と思えたが、その虎の両眼が禍々しい赤黒い色に変わった。そしてその体を取り巻くように黒い煤のような煙が湧いてきて、繋ぎ合わせていたものが崩れるようにばらばらと散らばり、それが何体もの魔物に姿を変える。

 別々の個体に分かれた魔物たちは四方に散り、逃げ惑う人々に容赦なく襲い掛かっていく。


 その様子を玉座に鎮座したまま、愉快な見世物でも眺めているかのように、にたにたと見守るだけの王。魔法師たちが、王と自分たちだけを囲む結界を張っていたのだ。


 アルやステファンたちが、人々に襲い掛かる魔物を切り伏せていく。魔法が使える貴族たちもそれに加わっていた。


 ノルマンが対峙しているのは、あの虎を核となって形成していたと思われる、とりわけ巨大な魔物。そのトカゲのような姿の魔物は、長く伸びた太い尻尾をノルマン目掛けて叩きつけた。


 バシンッ――!


 ホール全体が揺れるほどの振動。


 しかしノルマンに交わされた魔物の尻尾に激しく打ちつけられた床は、その衝撃に耐えられず、幾つもの亀裂を走らせる。その亀裂から滲み出した、濃い瘴気。


「見つけた!」


 歓喜した私の足元の亀裂は、あっという間に瓦礫と化し、地下の空間へと吸い込まれるように滑り落ちていく。


「ディアーっ!」


 その崩落に足元をすくわれて、逃げる間もなく瓦礫と共に地下へと滑り落ちていく私のもとへ、ノルマンが身を投げ出すように飛び込んできた。


 一瞬にして、私の視界は砂埃に白く閉ざされた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ