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優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした  作者: ゆきのひ
4章 ランブイユ編

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72 会いたいあなた

 ランブイユ王国の王城は、潜入するには厄介だ。

 魔道王国の二つ名にふさわしく、王城の至る所に魔法による警備が敷かれている。なので一見、警護する兵士の姿が見えず、忍び込むのに好都合に見えても、その実、潜入者を拘束する魔法がかけられていたりするからだ。


 しかし、ノルマンの乗った馬車は無事に王城の門をくぐった。

 その馬車に掲げられているのは、この王国の名門、ヴァンホーテ侯爵家の紋章。城門を護る兵士は、その紋章を一瞥しただけで無言で頭を下げた。


 夜会の開催されるソロモンホールがある宮殿のアプローチで、ヴァンホーテ侯爵と、その同乗者であるノルマンは馬車を降りる。


「アリエ子爵。よろしいかな」


 侯爵から慣れない名で呼ばれたノルマンは、「ええ」と短く応えした。

 ノルマンが名を借りたアリエ子爵家は、王都から遠く離れた地に居を構える、ヴァンホーテ侯爵家とは古くから親交のある家門。この夜会に忍び込むために、ノルマンはモントロー公爵家とは前公爵の時代から懇意にしていたヴァンホーテ侯爵家に協力を求めたのだ。


 ヴァンホーテ侯爵家には、かつて高貴な血を引く養子がいた。ノルマンが幼い頃、その養子となった少年がモントロー城に長く滞在したことがある。歳の近い二人は、すぐに打ち解け、その後も交流は続いた。


 だが、それが途絶えたのは、彼が王族籍に復帰することとなったから。

 これには彼のほうでも事情があっただろうが、モントロー公爵家としても、そうしたほうがいい事情が密かにできてしまったのだ。


(だが今回、彼が国王の企みとは無関係であったことは幸いだった)


 ランブイユに来てから胸に引っかかっていた一抹の危惧。それはヴァンホーテ侯爵によって完全に払拭された。それにノルマンは何より安堵している。


 そして、アリエ子爵として入場したホールの中で、ノルマンは無意識に、ドレスの令嬢たちの中にディアを探した。


(いや……俺は何をしているんだ。ここにいるはずはないのに)


 だが、この件を追っていけば、ディアにつながる――そんな確信めいたものが日々強くなる。

 だからディアは必ず、ランブイユに来ているはず。もしかして、このホールの中に、自分のように名を変え、姿も変えて、こっそり紛れているかもしれない……。


 けれど見渡す限り、探している面影を宿す令嬢など、一人もいない。

 やはり虚しい期待だったかと諦めたノルマンの視線の先に、令嬢たちの視線を集めている王太子アルシオンと、その友人らしき貴族の令息。

 懐かしい友の姿に、改めて敵ではなかったことに胸を撫で下ろすと同時に、その隣に立つ令息の面立ちと仕草に、胸が掴まれる思いがした。


(ついに俺は、幻覚まで見るようになったのか……?)


 しかし、その令息のクラヴァットに光るブローチに、一瞬にして確信した。

 アルシオンに背を向け、一人ホールを出て行こうとするその姿に、ノルマンは慌てて後を追った。


 ◆◆◆


 ホールを出た私は、後ろから声をかけられた。


「あの……」


 振り返ると、先ほど私とアルを見て何事か囁き合っていた令嬢たちの輪の中にいた一人だ。


「何でしょう?」


 急いで向かわなければならないのに。一瞬でも時間が惜しい。


「いえ、少しお話してみたいと思ったものですから……」


 ああ、私を男性貴族と思ってのことか……。

 うーん、これはかなり困る状況だ。


「ミニョン、お願い!」


「えっ?」と驚いたその令嬢の顔が見えたと思ったら、それは一瞬にして視界から消える。

 同時に周りの音も消え、次の瞬間に私は、自分がすでに地下通路にいることに気づいた。


「移動魔法も使えたの?」

「そう」


 ミニョンには幻覚魔法を頼んだつもりだったけれど、結果、それよりも助かった。

 ここは魔力持ちや魔法師がそこかしこにいる国だ。人が消える魔法を目にしたところで、あの令嬢も騒ぎ立てたりはしないはず。

 私のポケットの中、毛玉姿のミニョンは言う。


「でも、地下広間までは移動できない。あそこは部外者の魔法を弾くようになってるから」

「ありがとう。ここに移動できただけでも助かったわ」


 冷たく薄暗い地下道の先に、地下広間へ続く扉が見えた。

 その扉は、二人の兵士に護られている。


(ルオン、お願い!)


 ――了解!


 床に崩れるように眠りに落ちた兵士を横目に、私たちは扉を開けた。

 扉の中に足を踏み入れた途端、ポンッ! とミニョンが毛玉から少女の姿に戻る。広間にかけられていた解除魔法のせいで、ミニョンの変身魔法が解けたのだ。


 しかし幸いなことに、広間の中には誰もいない。床に描かれた魔法陣だけが残されている。


 魔法師は全員、ホールに向かったのだろうか? 

 一人か二人くらいは、魔法陣を護るために残っていると思っていたのに。

 拍子抜けするほど、うまくいきすぎている。

 私たちにすれば、この上なく都合がいいけれど、どこか引っかかる……。


「ルオン、浄化して!」


 浄化の光が、瞬く間に一面に広がる。

 降り注ぐ光の粒子に、たちまち魔法陣は蒸発するかのように消えていく。

 その光景を見ていたミニョンが、口を開いた。


「この魔法陣、魔力が消えてた。たぶん、すでに廃棄されたやつ」

「どういうこと?」

「この魔法陣を消しても、何の意味もないってこと。きっとすでに別のところに新しい魔法陣が描かれていて、今日、ここの魔法師たちが発動させる魔法陣は、そっちのほうじゃない?」


 ――確かに、ここに入って来た時から、瘴気も魔力もまったく感じなかったよ。


 ルオンも言う。


「そんな……じゃあ、別のところにあるって、どこにあるの? それを壊さないと!」

「うーん……それはわかんないなあ。それより、今気づいちゃったんだけどね……」


 ミニョンが何かを告げようとした時、広間の壁や天井からミシミシと、何かが軋むような音が聞こえてきた。その音が大きくなってきたかと思ったら、みるみる天井や壁に大きな亀裂が走る。


「ここ、魔法陣が破壊されたら崩壊する術がかけられ――」


 ミニョンの言葉を最後まで聞かず、私はミニョンを抱えて崩壊しつつある広間の出口へと走った。

 ここを出ないと、ミニョンは魔法が使えない。


 中央から崩れ始めた広間の天井が、私たちの背後で轟音を響かせた。

 ルオンが崩壊のスビートを遅らせてくれている。でも、完全に止めるまではできない。

 あと少しで入り口の扉に手をかけられる、と思った時、その扉の前に、天井から落ちてきた大きな瓦礫が塞ぐように立ちはだかった。


 出られない!


 早くこの扉を開けて出ないと、崩壊する地下空間に閉じ込められてしまう。

 今、ここを抜け出せるのはルオンだけ……。


「ルオン、侯爵様に知らせてきて!」


 ヴァンホーテ侯爵は今日、協力者と共にホールに向かうと言っていた。アルには今すべきことがあるけれど、その協力者なら……。


 すると、目の前の扉に、凄まじい衝撃音と共に光の線が走った。


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