招かれざる客人
レイラまで招待していたなんて……。
しかも色しか違わない、同じドレスを贈っていたのだ。
私はデザインを変えてもらっていたからいいものの、知らずにそのまま着ていたら、どんなに笑い者にされたことか……。
私とは一緒にいられない、と言ったくせに、ロベルは腕をしっかり絡ませたレイラと共に、挨拶回りに向かっていった。ロベルが何を考えているのか、まったくわからない。
(婚約破棄したいという意思表示? ……自分からは言いだせないから、私が言うのを待っているとか?)
家同士で決めた婚約の破棄には、慰謝料の支払いが生じる。破棄を先に言いだした側か、あるいは破棄となる原因を作った側が支払うのが常だ。
ロベルの挨拶を受けた人たちは誰だって、隣にいるレイラ嬢が婚約者だと考えるだろう。
かといって、あの二人に割って入ったところで、騒ぎになるだけ。それでは余計に悪目立ちしてしまう。
いい加減、考えるのも嫌になった私は、またそっと会場を抜け出した。あの二人と同じ空気を吸っていること自体が、不快でたまらない。
庭園に続くテラスに出ると、背中から声をかけられた。
「ディア様!」
振り向くと、ロベルの妹のカメリア。
「お兄様が……本当にごめんなさい。代わりにお詫びします……」
「気にしないで。私は慣れてるから」
明るく答えると、カメリアはますます申し訳なさそうな顔をした。
「お兄様ったら、どうかしてます! 婚約者のディア義姉様を差し置いて、あんな品のない男爵令嬢を連れ歩くだなんて……。頭、おかしいんですよ!」
「ははは……カメリアがわかっていてくれれば、それだけでも救われるわ……」
私の代わりに憤慨してくれているカメリアは、本当の妹のように可愛らしい。ロベルの面ざしによく似た、美しい令嬢だ。
「あれ? お義姉様、変わった髪飾りですね。黒いふわふわがついてる……」
「ああ、ちょっと変わってるでしょ?」
「ええ、とっても可愛いです!」
二人でテラスの長椅子に座って話していると、少し気が晴れた気がした。ずっとここにいようか、それとももうすぐダンスの時間になるはずだから、会場に戻ってロベルを待とうか考えていたら、テラスへの扉が開いた。
「カメリア嬢、ここにいたのか」
ロベルの友人のジョエル・ケラー小侯爵だ。先日のパーティーで、私を地味だと笑った奴。
ジョエルは、気が多いことで知られている。そして、相手を見た目だけで判断する、ということも。見た目のいい令嬢には優しいが、彼のお眼鏡にかなわない令嬢には、いたって冷淡な態度をとる。ロベルの友人ということで半端に距離が近いせいか、私はこれまで何度か、面と向かって嫌みな言葉を投げられていた。
相手を選り好みしすぎているせいか、浮気者という噂のせいなのか、いまだ婚約者がいない。
「カメリア嬢のように美しい女性が、せっかくのパーティーを楽しまないなんて、もったいないな。もうすぐ、ダンスが始まるから、俺がパートナーとなってやるよ」
「いえ、けっこうです。私はここで、お義姉様とお話しして、楽しんでおりますので」
「お義姉様ねえ……」
その時、ダンスタイムがまもなく始まることを告げる音楽が会場から漏れ聞こえてきた。ガラスの扉越しにちらりと会場に目を向けたジョエルが、嫌みな笑顔で言う。
「そのお義姉様、っていうのは、誰のことになるのやらね……」
今日の主役は、ロベルだ。ダンスタイムとなれば、婚約者の私がパートナーとして行かねばならない。
仕方なく腰を上げた私がガラスの扉越しに見たのは、向かい合って見つめ合う、ロベルとレイラ。
「ちょっ……あれ!」
私より先に、カメリアが驚いて声を出した。
「お兄様、何考えてるの!」
カメリアが代わりに怒ってくれたせいか、私は冷静さを保つことができた。
それより、ジョエルはカメリアの腕を強引に引いて、会場に連れて行こうとしている。
「やめてください! 私は行きませんから。どうぞ、小侯爵様はお一人で!」
「そんなこと言うなよ。将来、侯爵夫人にしてやってもいいと思ってるんだけど?」
「お断りします!」
カメリアが断っているのに、しつこくジョエルは食い下がる。見ていられなくなった私は、二人に聞こえないように小さくつぶやいた。
「ルオン、毛玉にあいつを追い払うように言って」
私の髪飾りが、不意に跳ねた。高く飛んだ毛玉が、ちょうどジョエルの視線の彼方に、女性の幻影を映し出す。
カメリアもそれに気づいたようだ。
「あれ? ルロワ嬢?」
それを目にしたジョエルは、途端、くるりと後ろを向いて、逃げるように会場の中へと消えていった。
同時に幻影が作り出した女性の姿も消える。
「お義姉様、今、あちらにルロワ嬢がいませんでした?」
「えーっと……いや、誰もいなかったと思うけど……」
「そうですか……じゃあ、他の方を見間違えたんですね……。今日はご招待していなかったはずですから」
ルロワ嬢は、ジョエルのいつもの気まぐれを本気と勘違いして、ここしばらく彼に付きまとっていた令嬢だ。あまりの執着ぶりに、さすがのジョエルも辟易して、彼女が出席するパーティーには決して参加しない。だから、友人として当然それを知るロベルは、彼女には招待状を出していなかった。
毛玉とは四六時中、一緒にいるうちに、その本当の能力が次第に明らかになってきた。
毛玉は、精神に侵食する魔物らしく、相手の記憶にも触れることができる。私の命令を瞬時に理解して、相手の記憶からその命令に最適な幻影を作り出すことができるのだ。あんな頼りない見た目だけれど、敵となると恐ろしく、味方となると心強い。
今日、ルオンと毛玉についてきてもらって正解だった。
もうすぐ、一曲目のダンス曲が終わる。
「お義姉様、私がお兄様を叱ってきます!」
「私は大丈夫よ。次は私と踊ってくれると思うから」
「でも……」
カメリアと一緒に会場の中に戻ると、ショワジー伯爵と夫人が目ざとく私を見つけて、こちらに小走りしてくる。
「ロベルが申し訳ない。私たちが注意しておくべきだったのだが……一足遅かった。ロベルにはさっき、きつく言っておいたし、あの男爵令嬢には帰ってもらったから」
「本当にごめんなさい……。ロベルはあなたが許してくれたから、と言っていたけれど、そういう問題じゃないのよ、って叱っておいたわ!」
伯爵夫妻に代わる代わる謝罪されて、かえって私のほうが申し訳ない気持ちにもなった。
「あの、私は気にしていませんから……いや、まったく気にしていないというと、嘘になりますが。でも、結婚すればロベル様もあんなことはしないと思うんです。そう信じてますから。ロベル様は素敵なので、もてるのも仕方ないことだと思っています……」
「ロベル! 早くこっちに来なさい!」
レイラを馬車まで見送って、戻ってきたところなのだろう。少し息を切らせて会場に入ってきたロベルが、少し憎らしく見えた。
(この空気で、見送る必要ある?)
「ディア、ごめんね。レイラ嬢がどうしても、っていうから、僕も断るのが可哀想になってね……」
いい笑顔でそう言ったロベルに、ああ、そうですか! と心の中で悪態をついてみる。でも、口に出して言うことはできない。やはり、私はロベルに嫌われたくはないらしい……。
無言でいる私に決まり悪くなったのか、ロベルは苦しい笑顔で私に手を差し出して、ダンスを申し込んだ。
今の私には、作り笑いをしてロベルの手を取るしかない。




