67 決意の時
「王城、ですか……?」
「そう、王城の夜会」
アルは事も無げに言ったけれど、他国の一介の貴族令嬢でしかない私が王城に足を踏み入れるなど、それ相応の理由なしには難しい。それにアルには、私が伯爵家の嫡女だと話した覚えもない。アルは私を、ギルドでの通り名の精霊師のロッテとしか知らないのだから。
「でも、どうして王城なんですか?」
「そこにあの魔法師――バレリーがいるはずなんだ。それだけじゃない、アンテ城で見た魔法陣も。だから、夜会をいい口実に入城して、探る」
アルは以前、城の中で頻繁に見かけた魔法師の中に、バレリーがいたと言う。
そして、アンテ城にあった魔法陣を見て戦慄したのは、同じ魔方陣を城の中で見たことがあったからだと。
あの時、魔法陣を見つめたまま黙り込んだアル。何かあるとは思っていたが、やはり重要なことを知っていたからだったのだ。
「僕もそれなりの魔法師だからね、一目見て、あれは同じ魔方陣だとわかったよ。魔力の痕跡も同じだと、即座に感じられた」
「それならなぜ、あの時そう言ってくれなかったの?」
「うん……ごめんね。なぜか言いたくなかったんだ。たぶん、信じたくなかったからなんだと思う」
「それって、まだ確信が持てなかったから、だったと思っていい?」
自国の王城で禁制魔法が行われていただなんて、確かにたとえ過去のことであっても口にはしづらいだろうし、信じたくもないだろう。
「そうだね……きっと。でも、あの魔法陣が精霊もどきを生み出していると知って、ものすごく嫌な予感がした。だから、この国の王城で何がなされようとしているのかを自分の目で確かめないといけないと強く思った。それが僕の義務だと」
これまで私には一度も見せたことのない重い表情で、アルは遠くを見るような目をした。
「君だって、禁制魔法でつくられた偽物の精霊が、君の精霊と似た姿をしているなんて、許せないだろう?」
「ええ。許せない……絶対に!」
そう。ノルマンが仇と狙う虎型の精霊も、同じ禁制魔法で生み出されたものに違いない。
ルオンにかけられた濡れ衣を晴らし、ノルマンが本当の敵を討てるようになるためにも、その証拠となるものが王城にあるなら、そこに行って突き止めないと。
ルオンの潔白を、証明しないと!
「僕は、ロッテ嬢の精霊を見て驚いたんだ……いや、それより本物の高位精霊の浄化の力に圧倒された。すべての闇を払う力を実感して、神々しささえ感じた。でも、精霊力と魔力は対極にある。だから、魔法でつくった偽物の精霊に、そんなものが感じられるはずはないし、できるはずがないってこと、僕が魔法師だからこそよく理解している。ましてや、禁制魔法でつくられた存在は危険でしかないってことは魔法師の常識だ……」
「でも、どうしたら私がアルと一緒に行けると言うの? いくらアルが一緒だと言っても、正式な身分がないと王城に入る許可が出ないでしょう?」
そんな私の心配に、アルがその計画を話し出した。
「その夜会は陛下が主催するもので、ランブイユの全貴族が招かれている。もちろん、僕も。それでロッテ嬢は僕のパートナーとして……と本当なら言いたいところだけれど、今の僕がそんなところに女性を連れて現れたら、少し面倒なことになるからね」
確かにそうだろう。
アルのような適齢期の高位貴族の令息が、女性連れで陛下主催という格式高い夜会に現れたとしたら、それは婚約者だと思われるのが自然だ。侯爵家の令息がお披露目を兼ねて、公式の場で陛下に婚約のお許しを請いに来た、と解釈されて不思議はない。
「だからね、ロッテ嬢には――」
その計画を聞いて、私は深く頷いた。
そんな私にアルは、前にも一度聞いたことのある言葉をまた言った。
「君は、これから僕に何が起こっても、変わらないでいてくれるよね?」
そう、念を押すように言ったアルの瞳が揺れる。
だがそれも束の間、気を取り直したようにアルが言う。
「侯爵が、ロッテ嬢と夕食を共にしたいと言っているけど、いいかな?」
また、「侯爵」……。
そんな関係の親子と一緒に食事して、大丈夫かな?
「あ……ええ、もちろん。私こそ、侯爵様にちゃんとご挨拶できていなかったので、嬉しいです」
◆◆◆
「ロッテ嬢、よくいらっしゃいました。何かあれば遠慮なく、使用人に申し付けてください。執事にもロッテ嬢にくれぐれも不自由がないようにお仕えするように、と伝えてありますので」
夕食の席で初めて顔を合わせたヴァンホーテ侯爵は、穏やかで高位貴族らしい気品ある人物だった。
「メロビングの方だと聞きましたが、ランブイユ風のドレスがよくお似合いだ」
「ありがとうございます、侯爵様。突然の訪問にもかかわらず、いろいろとお気遣いいただきまして感謝申し上げます」
メロビング風にカーテシーして挨拶すると、にこやかに着席するよう勧めてくれた。
侯爵とアルとの関係には、険悪な素振りなどまったく見えず、むしろ良好な関係がうかがえる。なぜアルが他人行儀な侯爵呼びをしていたのか、見当がつかない。
勧められた席に着きながら、私はアルと侯爵のやりとりを見守る。
アルは運ばれてきた食事を口に運びながら、神妙な面持ちで侯爵に尋ねた。
「侯爵、夜会にはロッテ嬢を伴っていくつもりだ。陛下は夜会で何をするつもりだと思う?」
ほら、また「侯爵」……。でも、当の侯爵は、そう呼ばれてもまったく気にする素振りがない。
それにどことなく、アルへの言葉遣いが親子の会話にしては丁寧すぎる。もちろん、アルの口調もおかしい。
「陛下は、貴族たちの前で何かをお披露目することを目論んでいるようです。その何かは……王権の権威を示すための、王宮魔法師がらみのものであろうかと」
「やはりな」
「そんなところへロッテ嬢とご一緒するとのことですが、危険ではありませんか?」
侯爵が、こちらにちらりと視線を送る。私は「心配いりません」と小さく頷いてみせた。
「大丈夫だ。ロッテ嬢は……魔法師ではないが、事によると僕以上の使い手だからね」
私にウインクして見せたアルに、もう一度、こくりと頷く。
「使い手」と言う言葉に、侯爵は何かを察したようだ。
「そうですか……。でも、くれぐれも油断されませんよう。あの魔法師たちは手段を選びません」
「わかっているよ」
「ところで……一つお伺いしてもよろしいですかな?」
「ん? なんだ?」
「ロッテ嬢と夜会にご一緒されるということは、そういうご関係だと考えてもよろしいのでしょうか、殿下?」
えっ……今、何て?
思わず食事の手を止め、私はアルを見つめた。
「殿下?」
アルとの関係は、当然疑われるものと想定していたが、これはもう、それ以上に……。




