65 魔法師の影
謁見の間でアルは、国王との久々の対面を果たした。
前に会ってから、すでに一年余りは経っただろうか。
実はこれまでもランブイユには頻繁に帰国していたアルだが、その際の滞在先はヴァンホーテの屋敷がほとんど。まれに王子宮の自室に立ち寄ることはあっても、そう長く留まることはなかった。
「ずいぶんと久しぶりだな。王太子としての務めを放り投げて、今までどこをほっつき歩いていた?」
玉座に深く身を沈めている王の顔色は、以前に見た時よりもさらに悪くなっている。生気が失せ、どろりと濁ったような瞳に睨まれて、アルの胸がざわついた。
「王太子の務めなど、私には荷が重すぎるものですから。そもそも私のような不出来な者は、王城にいるより気ままに外の世界に身を置くほうが似合っているようです」
「ふんっ。せっかくくれてやった王太子の座に興味がないと言うか。まあいい。予が呼んでも来ないようなお前が、わざわざ謁見を求めるなど、何の用だ?」
アルは顔にかかった銀の髪を悠長にかき上げるふりをして、王の左右に立つ者を盗み見る。
一人は以前より王に仕えてきた、アルにも見覚えのある近衛騎士。もう一人は、羽織った儀式用のローブで王宮魔法師だということはわかるが、目深にかぶったフードで顔が見えない。
魔法師が多く生まれるこの国で、王宮魔法師が王のそば近くにいることに何の不思議もない。しかし、宰相よりも近い位置に立たせるほどだっただろうか。
王の側近たる者は、その立ち位置で序列を示す。たとえこの謁見が、親子の私的なものにすぎなかったとしても。
「いえ、出来の悪い息子ですが、たまには臣下として陛下にご挨拶をしておかねばと思ったものですから。深い意味はございません」
「ほう……お前にそんな殊勝な心がけがあったとはな。だが、ちょうどいいところに戻ってきたことは褒めてやろう。近日、貴族たちを集めた大規模な夜会を開催する。お前も必ず参加するように」
「……それは、何のための夜会でしょうか?」
アルの記憶している王城での行事に、この時期に開かれる夜会などない。だとしたら、何か特別な意図のあるもののはず。
「それはまだ言えぬな……。だが、これは王命だ。そうだ……背けばお前の母である王妃にその責任を問わねばならぬだろうな」
嫌な笑いを浮かべた王に、アルは仕方なく頷くしかなかった。
だが、大規模な夜会となれば、当分城の中はその準備で慌ただしくなる。城の中を少しばかり見知らぬ者が歩き回ったとしても、気にする者はいないだろう。そうなれば、こちらに悪い話ではなさそうだとも思い直した。
「承知いたしました……夜会を楽しみにしております」
アルは謁見室を後にしながら、顔を見せぬ魔法師の姿を頭に刻み込んでいた。
◆◆◆
ノルマンの元には、王都に戻っていったフレデリクから日々、親書が届いていた。そのすべてが例の呪術紋入りの魔石に関するものだ。
だが、ノルマンが待ち望む報せは別にある。それは一向に届きはしなかった。
王国内随一の情報網を持つと噂の王都のギルドに依頼した、ディアの行方。
ランセットという名のギルドマスターは最初、護りの固いモントロー領での情報収集は難易度が高いと、その依頼をすげなく断った。確かに、ノルマンの指示の元、そのギルドがこれまで領内に送り込んできた間者たちを炙り出し、尽く排除してきたのは事実。
しかし、今回の話は別だ。だからこの件に限り、ギルドから送り込まれてきた者たちを見逃すことを保証するとして、それでも渋るランセットに半ば強引に引き受けさせていた。
けれど、届く報告に進展はない。令嬢はすでにモントロー領を出ている、とだけ。その後の行方は目下、調査中と。
この程度では、フレデリクも有能と太鼓判を押すギルドにしてはお粗末だ。だとすると、これはギルド側で故意に隠している可能性も疑える。
これについては、かつて単身、ノルマンとモントロー領のためにギルドまがいの仕事をこなしていたジュールも強く疑っていた。
一方、例の魔石についても、事はいっそう深刻な事態を暗示してきている。
フレデリクは幾つかの領地で偶然発見されていた例の魔石を手掛かりに、同じ魔石の王国内での捜索と、発見し次第、破壊か浄化することを命じた。
この命令は王室や各領地の騎士団だけに留まらず、王国内で活動している主たる情報ギルドにまで依頼されている。結果、同じ魔石が続々と、メロビング王国のあちこちで発見されるに至っていた。それはモントロー領も例外ではない。
さらに、その発見場所を精査していくうちに、不気味なほどある共通点にたどりつくことがわかってきた。
その場所はすべて次の二つのうち、いずれかに当てはまる。
騎士団の宿舎や武器庫、食糧備蓄倉庫、厩舎といった兵站の要となる施設の近く、あるいはモントロー領などランブイユ王国と国境を接している領地の人里に近い場所。
そして、たった今、届いたばかりのフレデリクの親書に目を通したノルマンは、ステファンとジュールを執務室に呼んだ。
「王太子殿下よりご命令だ。ランブイユに行く」
一見、別物に思えるディアと例の魔石。
だが、ノルマンはアンテ城で、この二つのつながりを確信した。
例の魔石を追うことで、ディアの行方の手掛かりも得られるはず。
ならば、ランブイユ行きにためらいはない。むしろ、芽生えた期待に胸が躍った。




