63 彼の居場所は
やっぱりアルは、ランブイユの高位貴族の令息だった……。
私の髪飾りを一目見ただけで、ランブイユ王室お抱えのロルフェの品だとアルが言い当てた時から、それは予想できていたこと。なので、意外にもそれほどの驚きはない。
「エドガー、坊ちゃまはやめてくれ……もう僕もそう呼ばれるような歳ではないからね」
「これは大変失礼いたしました。つい、昔の癖で……」
「それと、彼女は僕の大事な友人だ。部屋を用意してやってくれないか?」
「承知いたしました、アルシオン様」
「僕たち二人とも、途中までは馬を急がせてきたんだ。おかげで服が埃っぽくてね」
「では、お嬢様には着替えのドレスもご用意いたしましょう」
「そうだね、頼んだよ」
アルがエドガーと呼んだ年配の執事は、私に穏やかな笑みを向けた。
「お嬢様。ヴァンホーテ侯爵家へようこそいらっしゃいました。お部屋にご案内いたします」
アルは「僕は行くところがあるから、戻ってくるまで部屋で休んでいて」と言うと、さっさとどこかへ消えてしまった。残された私は、エドガーに案内されて部屋へと向かう。
歩きながら屋敷の中を見回すと、あちこちに美術品が飾られている。どれも飛び抜けて素晴らしい作品であることが、並の審美眼しか持たない私でも容易に知れた。
おそらくこの屋敷の主であるヴァンホーテ侯爵様は、美術品に造詣が深い方に違いない。こんな環境に育ったアルだから、ロルフェの品に目利きができて自然と言える。
「あの……エドガーさん、アル……アルシオン卿がどこに行ったのか、ご存じですか?」
「お嬢様、私に敬語は不要ですよ。エドガー、とお呼びくださいね。それでアルシオン様ですが、お戻りをお知らせするご挨拶に行かれたのかと」
確かに、アルはここを長く不在にしていたのだろうから、心配してくれていた家族や親しい人たち面々に無事の帰還を知らせに行って不思議はない。
「お嬢様は、どうぞアルシオン様のお戻りまで、お部屋でおくつろぎください」
こちらです、と案内された部屋は、芸術を好む主に相応しく、上品な家具と装飾でまとめられていた。
間もなくやって来た二人のメイドが、湯浴みの準備ができていることを告げた。
確かに、着ている服だけでなく、髪も土埃を受けてごわついている。
メイドたちに促されるまま私はお湯に浸かり、全身にまとわりついていた土埃を洗い流すと、用意されたドレスに着替えた。
◆◆◆
ヴァンホーテ侯爵邸の庭園から移動魔法を使って消えたアルは、王城内の一室に姿を現した。
その部屋は、主が不在であることのほうが多いにもかかわらず、いつでも塵一つなく、主の戻りを待つように抜かりなく整えられている。
アルが呼び鈴を引くと、それほど時を隔てずにノックの音がして、従者らしき青年が扉を開けた。
「お帰りなさいませ」
「湯を頼む。すぐに体を流したい」
「かしこまりました。すぐにご用意させます」
青年は呼び鈴を引くと、やって来た使用人に湯浴みの準備を申し付けた。
上着を脱ぐアルを手伝いながら、青年が尋ねる。
「このたびはいかほどのご滞在となられるご予定ですか?」
「そうだな……いつもよりは長くなるかもしれない」
アルの言葉に、受け取った上着を畳みかけていた青年は、ぴたりとその手を止めた。
「ついに、あのお方を見つけられたのですか?」
「いいや……残念ながら、それはまだだ」
「さようですか……」
「それと……謁見を申請してくれないか」
青年は軽く畳んだアルの上着を腕にかけ、去り際に恭しく頭を下げた。
「はい、すぐに。それまでしばし、ごゆるりと過ごしください、殿下」




