62 アルの魔法
「ロッテ嬢は……これから僕に何が起こっても、変わらないでいてくれるかな?」
突然、アルが冗談交じりに言った。
バレリーの行く先に心当たりがあると言ったアルは、始めは自分ひとりでそこへ行くと言ってきかなかった。
でも、バレリーが、ルオンと見間違えられるような虎の姿の精霊もどきに関わっているなら、私にもそれを知る権利がある。だから、私も断られてもついていくと言って、譲らなかった。
「えっと……アルがどういう意味でそう言ってるのか、よくはわからないけれど、私はそのつもり」
「そう……じゃあ、その言葉、忘れないでね」
いつものように人好きのする笑顔を見せたアルに、その時、私は大した疑問も抱かずにいた。
そして――。
「馬には乗れる?」
そう尋ねられて、私は「大丈夫」と答えた。むしろ子どもの頃から馬に乗っていたので、何の問題もない。
王都でも、狩猟など貴族的な社交の手段の一つとして乗馬を軽く嗜む令嬢も多い。
でも、サルグミン領では、広大な農地の視察には馬が欠かせない。なので、幼い頃から両親やお兄様と一緒に領内の視察に出ることのあった私にとっては、単なる遊興ではなく実生活に必須のものだったのだ。
「それで、行く先は?」
「うん……国境を越えて、ランブイユだよ」
それ以上詳しく聞こうとしても、アルは聞こえないふりをしてはぐらかし、ただ自分の後についてきて、と言うばかり。
そんなアルの駆る馬の後に、遅れをとらないようについていく。
いつしかアルの馬は、ランブイユの国境へとまっすぐに向かう街道を外れ、森を抜け、アンテ城一帯の統治者のいない無法地帯に入る。
ランブイユは、彼の故郷。
何となくそうじゃないかと思っていたから、聞いてもさほどの驚きはない。
アンテ城で魔法陣を見た時の思いつめたようなアルの表情も、その魔法陣と関わりがあるバレリーがランブイユにいたというのなら、やはり私の気のせいではなく、そこに何かがあるのだろう。
もう少しでアンテ城の領域を抜ける、というところで、先に行くアルが馬を止めた。
「どうしたの?」
尋ねた私に、アルが馬から降りるように言う。
先に馬から降りたアルは、私に手を差し出して、降りるのを助けてくれた。
「この辺りは、ランブイユの土地に近いから、土壌の魔石成分から魔力を受けやすいところなんだ。だから魔力消費の大きい魔法でも簡単に使える」
そう言うと、一瞬にして、すべての音がしん、と鎮まった。恐れすら感じるほどの静寂。
同時に、空気がぱちりとはぜるような音がしたと思ったら、目の前の景色が崩れ落ちるように消え、そしてまた新しい景色が現れる。
「さあ、着いたよ」
アルの移動魔法で着いた場所は、大きな屋敷の中の庭園らしき場所だった。
綺麗……と思って近くの花に指で触れたら、ふわりとした魔力を感じた。この庭園の花は、どうやら自然のものではなく、魔力でできているものらしい。だとしたらここは……。
「ランブイユ……?」
アルに確かめようとしたら、屋敷の中から大勢の人が飛び出してくるのが見えた。
その中の一人――執事と思われる身なりの男性が、アルを見て深々と頭を垂れた。
「お帰りなさいませ、坊ちゃま。侯爵様は今、王城においでです……」




