61 真実を見抜く者
カルメンの伴として、ロベルはスイユの街に連れられてきていた。
カルメンは、平民として貧しい家に生まれながら、一人で商会を立ち上げ、財を成した女だ。この女に拾われたのは、ここに来る数日前。
平民に落とされ、幾ばくかの金を持たされて家を追い出されたロベルは、まずはいつもつるんでいた二人の友人を訪ねてみた。しかし、ジョエルもエドモンも、今までの関係が夢ででもあったかのように冷淡な態度を見せた。
「君のような罪人と知り合いだったなんて、本当に恥ずかしいよ。もう来ないでくれ」と、取りつく島もなく追い返されたのだ。
レイラに助けを求めようとクレモ男爵家に行ってみれば、屋敷は王家の騎士たちに囲まれていた。
何でも男爵が罪を犯したからだとかで近寄れもしなかったし、レイラもすでに逃げたのか、屋敷にはいないようだった。
ならばと、パラディアで知り合い、親しくなった商人たちに面会を求めることにしたが、こちらも軒並み、けんもほろろに断られた。
だが、そんな中でたった一人、話を聞いてやろうと言ってくれたのが、カルメンだ。
「ふうん……。みんなお前のこと、優しいとか、いい奴だなーんて、しきりに言ってたのにねえ。いいざまだねぇ」
小馬鹿にするような口調が気になったが、次の言葉にほっとした。
「なら、あたしの従者に加わるかい?」
だが、それは思っていたのとは違った。
カルメンはとにかく、はっきりしない物言いを何よりも嫌悪する性質。ロベルが少しでも曖昧な態度をとると、人前でも構わずにロベルを罵倒する。
「は? 嫌われたくない? だからあたしより、寄ってきた女を優先したって言うのかい? お前はほんと、救いようがないほど頭が悪いね」
カルメンは、持っていた扇でロベルの頬を思い切り叩いた。ロベルの頬に血が滲む。
「お前、よく聞きな。お前が嫌われたくないってことで、そいつをかまっている間、あたしがどう思うか考えたことがあるかい? あたしはね、飼い犬があたし以外に尻尾を振るのが、死ぬほど不愉快なんだよっ! お前は誰のおかげで、ここにいられると思ってるんだい? よその女のおかげかい? よーく考えるんだね!」
そんなロベルに、他の従者たちも容赦がない。
「馬鹿だな、お前。カルメン様の性格を知っているだろ? なんで、寄ってくる女を振り払えない?」
「だって……そんなことしたら、僕のこと嫌な奴だって思うだろ? 誰にも嫌われたくないんだ……」
「は? どんな女でも、好かれりゃあいいってもんじゃないだろ?」
「嫌われるよりいいかな、って……」
「へー、やっぱり馬鹿じゃないの? ま、勝手にやってくれ、お前がどうなろうと、俺には関係ないし」
カルメンの従者の男たちは皆、端正な顔立ちだ。派手な風貌でただでさえ目立つカルメンが、そんな男たちを引き連れて歩いていれば、行く先々で女たちの視線を集める。
そんな中には、カルメンの目を盗んで、声をかけてくる女もいる。
他の従者たちはカルメンの性格を知っていて、決してそんな声に振り向くことはない。
というより、彼女の一番のお気に入りのバトラをはじめ、他の従者たちもカルメンを慕っているようだった。それも異性としてではなく、主人として、あるいは人として。
実はカルメンには、男女を問わず、不思議と信奉者が多い。
男勝りで気性の激しい彼女は、たとえ相手が貴族でも、白黒はっきり物言いする。当然、そんな彼女を毛嫌いする者もいるが、それがなぜ慕われるのか、ロベルには不可解でしかない。
ロベルは、女たちの声を拒むことができず、つい振り向いてしまう。それにカルメンは目ざとく気づいて、そのたびに叱責され、時には食事を抜かれたり、打ち据えられたりする。
でも、ロベルには行くところがない。
嫌われなければいいと思っていたのに、そうして愛想よく振る舞っていた相手からはことごとく拒まれた。
「お前たち、今夜は商談についてきな。役割を忘れるんじゃないよ」
カルメンが行く先々に男たちを引き連れていくのは、成功した商会主としての権威を見せつけるため。そしてもう一つ、愚かな放蕩女として相手を油断させ、本音をぽろりと吐き出させるため。
平民上がりの女と見くびって、騙してやろうと近づいてくる輩が後を絶たない。つまり、そんな輩を見極めるため、いろいろと有効なのだ。
商談相手から指定されたのは、ランブイユ王国に近い街、スイユにあるデシュアスという遊技場。
その地下のホールは、違法な薬物交じりの、変に甘ったるい匂いの煙がむせかえるほど漂っていた。そこに入るなりカルメンは、バトラに耳打ちする。
バトラは、何やら探すようにぐるりと視線を走らせた。
「カルメン様、あの柱の左の絵画が『古城の魔女』かと」
その絵画のそばの円卓に、カルメンは躊躇いもせず真っすぐに向かっていく。
待ち人の来訪に気づいたのか、円卓に座っていた男がすいと立ち上がった。
その男の顔に、ロベルは全身が強張るのを感じた。
(バレリー……なんであいつが!)
自分を罠に嵌めた男――。
無意識に足が止まる。
あいつに見つかれば、またきっとよくないことが起こるに違いない。
これ以上の悪いことが起こるなんて、もう考えたくもない……。
最後尾を歩いていたロベルは、カルメンや他の従者たちに気づかれないよう、立ち歩く人に紛れてそっと後ずさりすると、一目散にホールの出口へと走った。
◆◆◆
デシュアスから戻ってきたディアとアルが、ベレニスに報告をしていた、その頃。
ディアの部屋に一足先に戻った、ルオンと毛玉。
それまで姿を消していたルオンは、猫の姿に戻って大きく伸びをした。同時に毛玉がぴょんと跳ね、テーブルの上に置いてあったクッキーを両手で抱えて食べ始める。
「おい、毛玉!」
ん? と毛玉が食べるのをやめて、ルオンを見た。
「お前さ、本当は魔物じゃないだろ?」
「……」
毛玉は何も答えず、何も聞こえていないかのように、またぽりぽりとクッキーを食べ始めた。
「ふうん……しらばっくれるんだな。じゃあ、お前が偽装している瘴気、完全に浄化してやる」
ルオンがニヤリとした途端、毛玉の周りにきらきらと金色の光の粒が舞った。
ポンッ!
毛玉の黒い毛が弾けたように、細かい塵となって四方に散る。
その後には、クッキーを咥えた黒髪の少女が、きょとんとした顔でテーブルの上に尻餅をつくように座り込んでいた。
そこへ――。
廊下からアルとディアの話し声が聞こえてくる。
ベレニスとの話を終えて、部屋に戻ってきたのだ。
「じゃあ、明日。ルオンにも話しておくわ」
「そうだな。では、おやすみ……」
「おやすみなさい」
部屋の扉の前で二人が挨拶する声がして、扉がガチャッと開かれようとした時。
ポンッ!
部屋に入ってくるなり、ディアが驚いたように言った。
「あら? 二人ともまだ起きてたの? 先に寝ていてよかったのに」
足元には、長い尻尾を不機嫌そうにバタン、バタンと床に打ち付けるルオン。
机の上には、何事もなかったかのように元に戻った毛玉が座っていた。




