懲りない人たち
「毛玉ちゃん! ほら、クッキーだよ!」
あれからしばらく様子を見ていたが、毛玉には本当に害がなさそうだとわかったので、鳥籠から出してやった。
ここでの食べ物に困らない生活が気に入ったのか、逃げるつもりもなさそうだ。むしろ、異様にくつろぎすぎていて、その無防備さが怖いほど。
私のベッドのど真ん中で、盛大ないびきをかいて寝ているし……。
私の声に、ぴょんと跳ねるようにして飛び起きた毛玉は、クッキーを掴んでぽりぽり食べ始める。
そんな毛玉を、相変わらず見張っていると言うルオン。そして退屈になると、猫の姿で現れて、毛玉を部屋中追いかけ回して遊んでいる。意外と仲良く共存しているよう。
精霊と魔物なんて、本来なら正反対の敵同士ともいえる関係なのに。
「お嬢様、ロベル小伯爵様からの贈り物をお持ちしました」
そこへ侍女のカーラが、大きな箱を抱えて部屋に入ってきた。
中身はドレスと、それに合わせた靴、らしい……。
ああ、そうか。そろそろロベルの誕生日だった。
その日は毎年、ショワジー家でパーティーが開かれる。ロベルの婚約者として、このドレスを着て参加しろということだ。
箱を開けると、毎度のことだが、少し複雑な気分になる。これでもかというほど大胆なフリルが主張している、ひらひらとした装飾の可愛らしいドレス。
カーラが思わず苦しい笑みを浮かべた。
「とても華やかなドレスですね……小伯爵様はお嬢様の美しさをご存じだから、それにふさわしいものを選んでくださったのですよ」
「いいのよ、カーラ。気を使わないで。自分のことくらい、わかってるつもりだから。いつものことだけど、色もデザインも、まったく私に似合いそうにないんだよね……」
「いえ、そんなことは……」
決して、悪いものではないのはわかる。それなりに高価なものなのだろう。
でも、あまり考えることもせず、適当に選んだんだろうな、というのが丸わかりだ。
婚約者が大事なパーティーで着るドレスは、相手の男性が婚約者の好みを考えて選び、贈るもの。男性自ら王都のドレスショップに足を運び、デザイナーと相談しながら、けっこうな時間をかけて。そうすること自体が、婚約者への愛情と誠意を伝える行為とされている。
(でも、これはそうじゃないな……)
おそらくは、ロベルの使用人が、ショワジー家と懇意の商会にでも頼んだものだろう。
そうでないなら、むしろ嫌がらせかと勘ぐってしまうほどだ。鏡の前で体に当ててみても、まったく私の好みではないし、似合いもしない。
(ま、送ってきただけ、よしとしないとね……)
しかも、これまでロベルから贈られてきたどのドレスよりも派手なデザインだ。
トルソーに着せてみれば見るほど、リボンやら、フリルやら、いやに余計な装飾が多い。最近の王都の社交界での流行りは、もう少しシンプルなデザインのはずなのに。
なんとなく嫌な予感が胸をよぎった。
◆◆◆
ショワジー家でのパーティー当日。
どういう風の吹き回しか、今日の主役であるはずのロベルが、わざわざ屋敷まで私を迎えに来てくれたのだ。
迎えに来てくれるなんて、いつ以来だろう?
そんなロベルを少し見直して嬉しくもなったのだが、すぐにそれを後悔する。
ロベルは私のドレスを見て、何の疑問も抱いた様子なく、「ディアによく似合ってるね。僕が選んだんだからね」と言ってのけたのだ。
確かにこのドレスは、ロベルからあの日に贈られたもの。
でも、どう贔屓目に見ても、私にはあまりにも似合わなさ過ぎた。なので、カーラに頼んで、過剰に見える装飾をかなり取り除き、少し開きすぎている胸元には、レース生地を足して首元まで覆うようにお直ししてもらっている。だから、もしも本当に選んだ本人だというなら、一目見てデザインが変わっていることに気づくはず。
やっぱり……と気分が落ち込んだが、その先に、さらに輪をかけて私を憂鬱にさせることが待っているとは、この時には知る由もなかった。
「ロベル様は、今日の主役ですよね? その主役が迎えに来てしまっていて、よかったのですか?」
「かまわないよ。だって、ディアは婚約者なんだからね。それに、先に話しておいたほうがいいことがあったから。実は昨日、父から、そろそろ本格的に後継者としての手腕を周囲に認めさせるため、僕に商団を任せると言われたんだ」
貴族家で後継者と目される者は、早くから家門が運営する商団の運営に関わったり、領地経営の一部を担ったりする例が多い。そうしていつ爵位を継ぐことになっても戸惑うことのないよう備えるのだ。
10歳からその任に就く後継者も珍しくない中、22歳になるロベルは少し遅れはしたが、いよいよその時期が来たということになる。
「そうなんですね。ショワジー伯爵様に、立派な後継者だと、早くお墨付きをいただけるといいですね」
「うん。それで今日のパーティーには、僕にこれから力を貸してくれることになる人たちもたくさん招待したから、その人たちに挨拶しないといけないんだ。だから……ディアのそばにはあまりいられないと思うけど、いいよね?」
「はい。そういうことでしたら、私は大丈夫です。どうぞ存分に皆さまと、これからのお仕事の糧となるよう、ご相談くださいね」
「ありがとう。では、そうさせてもらうね」
そしてロベルのエスコートで会場となる広間に入った私は、目の前に立ちはだかった人物の姿に、驚きのあまり息を止めそうになった。
「ロベル様! 遅いですわ。お待ちしていたんですよ!」
私には目もくれず、ロベルに走り寄ったレイラ。
彼女は、私が贈られたものと色違いのドレスを着ていた。




