59 なぜそこに
遊技場デシュアスの入り口は、人目につかない裏通りに面していた。
私は、ヘッドドレスのベールを下ろして目元を隠す。
古びてはいるが、いかにも重厚な木製扉の左右には、一目で傭兵とわかる目つきの悪い男たち。
「見せろ」
男に言われて、アルは胸ポケットから古い時代の銀貨を出した。
その銀貨を一瞥した男は、無愛想に扉を開ける。
「よし、行け」
私とアルが扉の中に入ると、すぐに扉はまた閉められた。
「ふう……無事に入れたね」
小声で呟いたアルに、私は無言で頷く。
目の前には、地下へと続く薄暗い階段。
アルの腕に掴まりながら、慣れないドレスの裾を踏まないよう、一段一段、慎重に降りていく。
降りるにつれ、聞こえるざわめきの音は大きくなり、階段を降り切った先には大勢の人が集うホールがあった。
そこには魔灯石の明かりがいくつも灯されてはいるが、気だるげな様子の人々が吸う怪しげな煙草から燻る煙のせいで、ホールの中の光景は白く霞んでいる。漂う煙にむせそうになって、私は開いた扇を口元に当てた。
いくつもの円卓が並べられ、金貨を賭けたカードゲームに興じる者もいれば、ワイングラスを傾けながら何やら話に耽っている者もいる。あるいは、人目があるのも憚らず、乱れた衣服で異性と戯れる者も……まさに、退屈した貴族や裕福な商人が刺激を求めて集まる場だ。
そんな人々をちらちらと観察しながら、ホールの中をアルと二人、奥へと進んでいく。
ベレニスの言ったことは正しかった。
確かにこの中では、このくらいのドレスでないと場違いだった……。
でも、何人かの女性が、明らかにアルに視線を向けている。彼女たちの気持ちも理解できるけれど、これ以上いるとアルが目立ってしまって、まずいのでは……と思っていたら。
「美しいレディ、見ない顔ですね? ここは初めて? よろしければ……」
酒に酔った男が、私の腕をぐいと引いた。
けれど私が戸惑う間もなく、アルが男の腕を掴み上げる。
「この方は、私のパートナーです。近寄らないでくださいね」
「す、すみません……」
薄い笑みを浮かべながら威嚇するアルに恐れをなしたのか、男は足早に去っていった。
そこへ、いつの間にかすぅーっと寄ってきた給仕服の若い男が、すれ違いざまに耳打ちする。
「『古城の魔女』の左」
はっとして、私もアルも壁に掛けられた絵画を見回す。
二人ほぼ同時にその題材の絵画を見つけ、左に目をやった。
その円卓には、大胆に胸元を開けた妖艶なドレスの女と、その女の従者らしき若い男。
女は、平民から成り上がった商団の女主人というところか。
女の正確な身元は、後でさっきの給仕に扮していたベレニスの手先に聞けばわかるはず。
女が煙草を咥えると、すかさず従者の男が火をつける。
そして、煙草を燻らせ始めた女と話している、その男。
その顔にどこか見覚えがある気がして、記憶を呼び覚まそうとする。
(えっ……バレリー? モントロー城で見た、バレリー・カミユなの?)
それを告げようとして、アルを見ると。
「ロッテ嬢、僕は……彼を知っている」
私より早く、彼がそう告げた。
思いがけないアルの言葉に、詳しいことを聞き返したいのは山々だったが、バレリーと話していた女が今しも席を立とうとしている。
慌てた様子のバレリーが女を引き留めようとしているところを見ると、女に持ちかけた話がうまくまとまらなかったのだろう。
バレリーの引き留める言葉もむなしく、女はあまりにもあっさりと席を立ち、従者の男と奥の休憩室へと消えていった。
後に残されたバレリーは、休憩室への扉を口惜しそうに見つめると、ふいと席を立って出口へと向かう。
私たちもその後を追った。




