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優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした  作者: ゆきのひ
3章 スイユ編

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57 望まぬ再会

 カイは、魔法で生じた黒い煙の中から、大きな虎が姿を現したと言った。

 その話に、どうしても聞き流せない重要なことがある。

 ルオンも猫の姿で私の膝の上に丸まりながら、物言いたげに頭を上げ、私を見つめた。


「ねえ、カイはその虎を見て、何だと思った? 魔物だと思った?」


 私の問いに、カイは少し悩むように小首を傾げた。


「うーん……僕は、魔物とは違うのかな、って思った。だからね、僕……まだ見たことないんだけど、あれが精霊って奴なのかな、って思ったんだ」


 精霊、の言葉に、カイ以外の私たちがぴくりとする。

 ルオンは長い尻尾を振って、私の腕を叩いた。カイがいるからルオンは話に入ることができず、じれったいことだろう。


「虎、って……?」


 ルオンの本体を知るベレニスも、怪訝そうに呟いた。当然、精霊の本来の姿は唯一無二、この世に二体と同じ姿をしたものがいないことを知っているからだ。

 そんな私たちを代弁するかのように、アルが尋ねる。


「カイは、どうして精霊だって思ったんだい?」

「だってさ、魔物はみんな、恐ろしい姿をしているんでしょ? 前に住んでた村で狐に似た魔物を見たことがあるけど、見れば魔物だってすぐわかる、牙をむいたすっごく恐ろしい姿をしてたもの。目の色も真っ赤だったし。でも、あの時見たのは、立派な虎の姿をしてたから……灰色の毛の立派な虎の姿だったし、目の色だって、最初は魔物と同じ赤に見えた気がしたけど、その後もう一度見たら違ったから。魔物じゃないなら、あれが精霊なんだろうなって」

「本当にそう思うのかい?」

「あの時はそう思ったんだけど……ねえ、違うの? だって僕も、あの時一緒だった友達も、本物の精霊なんて見たことないから、そんなこと言われても僕にはわかんないけど……」


 自信を失くして、カイの声が小さくなった。

 でも、確かにそうだ。魔物よりはるかに数が少ない精霊を、カイのような普通に暮らす人々が直接目にする機会は少ない。ならば、魔物の特徴である赤い目と、見るからに恐ろしい姿を持たぬものがそこに突然、何もないところから湧き出たように現れたのなら、それを精霊と見間違えても仕方がないこと。


 でも、これでルオンに濡れ衣を着せたものが何か、わかってきた気がする。

 だったら、それを突き止めてルオンの汚名を晴らすことが、ルオンと契約した精霊師である私の務め。


「そうだよね……。話してくれて、ありがとう。じゃあ、それが精霊だったのか、魔物だったのか、君たちが見た男を捕まえて、聞いてみないとね。その前に、せっかくの食事だから、冷めないうちに食べようか」

「うんっ」


 また元気よく返事をしたカイを微笑ましく眺めながら、私たちは食事を続けた。


 ◆◆◆


 食事を終えて、カイが部屋を出て行くと、早速ベレニスが話し出した。


「カイたちに協力してもらって、男の立ち入り先は掴んでいる。ロッテとアルは、そこで男を探ってほしい」


 その男は、デシュアスという街の地下遊技場に頻繁に出入りしているという。


「あそこは表向き、堕落した下級貴族や、金持ちの商人の交流の場とされているけど、当然、そういう奴らを利用しようという、後ろめたいことを企む輩の集まる場所でもある。近頃、急にランブイユからの流れ者が何人も顔を見せるようになったって聞いてる」


 国境に近いスイユで、隣国の人間が遊技場に出入りするのに不思議はない。しかし、商人や貴族、しがないならず者とは明らかに毛色の違う者たちが突然現れるようになったとしたら、そこは何やらきな臭い。

 しかもそれが、隣国の魔法師というのなら、なおのこと。


「魔物が出るようになった時期と、奴らが現れるようになった時期が一致しているとしたら、見過ごせないだろ?」


 ふさわしい衣装は用意しておくからというベレニスの言葉に、明日の晩、アルと二人でデシュアスに潜入することになった。


「じゃあ、お二人さん、明日、よろしく」


 話が終わり、席を立とうとした私を、ベレニスが呼び止めた。


「ロッテ、あんたに手紙が届いてるよ」


 そう言って手紙を渡しながら、ベレニスは私の肩をポンと叩いた。


 手紙の封蝋には、サルグミン家の紋章。

 部屋に戻るや否や、その扉を閉めるのももどかしく、私は封を開けた。


 手紙には、お父様らしい生真面目な文字が記されていた。


『事情はわかったから、いつでも戻っておいで。お母様もエミリアンもディアが戻ってくるのを待っているよ。でも、すべてはディアがしたいようにすればいい。私たちはいつでもディアを信じているから。

 モントロー公爵家からは、ディアの居場所を問う使者と手紙が届いている。それについては、私たちも知らないから、公爵家で何かわかったらこちらにも教えてほしい、とだけ答えておいた』


 手紙の最後に綴られていた『誰が何と言おうと、私たちはディアを誇りに思っているから』という一文に、ついに堪えていた涙が溢れた。


 お父様、面倒をかけてごめんなさい……。

 お母様も、お兄様も……。


 ◆◆◆


「お前、本当にわかってないねえ……」


 女は、床に額をつけて謝罪する男の頭をつま先で小突いた。

 女の周りには、他にも三人の見栄えのいい若い男が侍っている。彼らも女同様、床に這いつくばるようにしている男を蔑むように眺めていた。


「申し訳ありません……」

「はぁ……お前は、自分の役目が何だか、わかってる? あたしを気分良くさせることなんだよ。なのにさあ……他の女にちょーっと目配せされたくらいで、あたしのことを後回しにするなんて」

「いえ……そういうつもりでは、まったくなかったんです、カルメン様……」


 その答えに、カルメンと呼ばれた女は目を吊り上げた。胸元を大きく開けたドレスは一見品がなくも思えるが、この女には不思議とよく似合っている。

 不快を隠さないカルメンの足元で、男は所在なくうなだれた。


「はあ? お前ごときがあたしの名を気安く呼ぶなと言っただろ? お前は、女の名を呼べることの有難みを知らないようだね。この中であたしの名を好きに呼んでいい男は、バトラだけだよ、ねえ……」


 そう言ってカルメンは、そばにいたバトラの背中に手を回して、自分のほうに引き寄せた。バトラはその手に身をゆだね、カルメンの腰にそっと手を回す。


「ありがとうございます、カルメン様。僕はあなたにお名前を呼ぶことをお許しいただいて以来、カルメン様以外の女など、目に入りません」

「ほら? これがお前との違いだよ。こういう一途な男には価値があるのさ。覚えておくんだね。さもないと、用なしとして追い出すからね」

「承知しました……」


 やっと聞こえるような声で答えた男に、カルメンは追い払うように手を振って、部屋から出て行くように命じる。

 そして思い出したように、出て行くその背中に声をかけた。


「ああそうだ、明日、お前もスイユに連れていってやるから、支度をしときな。いいね、ロベル?」


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