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優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした  作者: ゆきのひ
3章 スイユ編

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55 魔法師の秘密

 大広間の怪しげな魔法陣が気にかかりつつも、私たちは城の中をもう少し探ってみることにした。

 今、この城の中に瘴気の気配はないし、他に生き物もいないというルオンの言葉に、広間を出て大回廊をさらに奥へと進んでいく。


 あの魔法陣について、アルは禁制魔法によるものだと口にしたきり、それ以上は何も言わない。

 でも、たぶん、彼は大事なことを知っている。


 私の勘がそう喧しく騒ぐけれど、何か事情があるはず。

 話したくない人の口を無理にこじ開けたところで、真実が聞けるとは限らない。その場しのぎの適当な話を聞かされるくらいなら、話そうという気になるまで放っておいたほうがいい。


 大回廊は、壊れた窓を突き破って伸ばされた木々の枝や蔓草に、すっかり侵食されてしまっている。

 床には木の葉や枯れ枝が積もっていて、その隙間からは長い年月に風化した敷物が、塵と化す寸前の姿をさらしていた。


 カサッ。カサッ。


 歩を進めるたびに、足元から枯れた音が立つ。


 ついに大回廊は終わりに至り、建物の外へ出る。すると、そこに見えたのは、小さな塔。

 辛うじて体裁を保っている扉を開けて中に入ると、書物の並んだ書棚が目についた。その書棚から落ちた様子の本が、床にも無数に散らばっている。


「誰かの部屋のようですね」


 部屋の中央のテーブルに積まれた数冊の本。その一番上の一冊を手に取って、埃を払う。

 タイトルを確認すると、魔法について書かれたもののよう。

 アルも書棚の本を眺め渡すと、その中の一冊を手に取り、開いてみる。


「この部屋の中の本のほとんどが、魔法に関するものみたいだね」

「だとしたら、魔法師の部屋ですかね? そうなると、もしや伝承の……?」

「そうかもしれないね……あの禁制魔法は、古い時代のものがベースになっているようだから、この魔法師と何か関係があるかもしれない」


 そう言って、アルが部屋の隅に据えられていたライティングデスクの引き出しを開けようとした時、私はポケットの中に異変を感じた。


「毛玉ちゃん……?」


 上着のポケットの中には、いつものように毛玉を入れてきていた。その毛玉が、なぜかぶるぶると震えているようなのだ。


「ロッテ嬢、どうかしたか?」

「ええ……毛玉ちゃんがね……」


 私に使役魔物の毛玉がいることは、今日、宿を出る直前にアルに告げてあった。いつもポケットに隠れていることも。

 

 ポケットの中から毛玉を出して、掌の上に載せてみる。


「……」


 いつもなら、意外とおしゃべりな毛玉は、ここで小さい目に涙をためて、ぐすぐすやり出すところなのに、今はそういうわけでもない。

 ただただ無言のまま、プルプルと小さく震えている。


「どうしたの? 毛玉ちゃん……」

「おいっ、お前どうしたんだよ!」


 いつの間にか猫の姿で現れたルオンが、背伸びするように前足を私の体にぐんと伸ばして、掌の上の毛玉を覗き込もうとしている。

 傍らのアルは、魔物の毛玉と猫になったルオンが人の言葉をしゃべるのを初めて聞いたはずなのに、驚く気配もない。

 いや、上級魔法師なら、こんなことは慣れっこか……。


 すると、毛玉の震えがだんだんと落ち着いてきた。


「なん、でも、ないです……。気にし、ないで、くださ……い」


 毛玉は消え入りそうな声でつぶやいた。


「そう。ならいいんだけどね」


 アルも私も何も感じていないけれど、魔法師の部屋なら、何らかの魔力の残滓があってもおかしくない。毛玉は体が小さい分、たとえわずかな魔力でも影響を受けやすいのか……?


 毛玉をまたポケットに戻した私に、アルがライティングデスクの引き出しから取り出した日誌のようなものを差し出した。


「こんなものがあったよ」


 そして、アルはその日誌のページを無作為に開いた。


「あれ? 何も書かれていない……?」


 そこには、文字が一つも書かれていない、ただ古びて変色しただけの、まっさらな頁。

 だが、これを見たアルは、驚きもせずに言った。


「へえ……これ、かけられた魔法がまだ有効なようだよ。この魔法師、かなり優秀だったみたいだな。本人にしか読めないようになってる。でも、僕にまったく解けない魔法じゃないから、持って帰って調べてみるよ」


 とりあえず、何かの手掛かりとなりそうな一冊の日誌を確保した私たちは、ベレニスに報告しに戻ることにした。



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