54 古城の呪い
「ロッテ嬢、気をつけて。この城は廃棄されて久しいから、迂闊に触れると崩れてくるかもしれない」
「ええ、そうですよね……」
朽ちかけていた城門の扉を開けて中に入ると、予想をまったく裏切らない有様だった。
石組みの壁は、積み重ねられた石と石の隙間に雑草がびっしりと根を張っているし、木製の窓枠や扉、装飾柱はことごとく朽ち果て、無残な残骸と化していた。
この、かつての栄華がいまや見る影もない場所は、アンテ城。
スイユの街と、ランブイユ王国の間に位置しながら、いずれの国にも属さない廃城だ。
メロビング王国もランブイユ王国も、この城の所有を主張しない理由ははっきりしている。
「さすが、呪われた城と言うだけあるよな」
アルの言葉に、私も頷くしかない。
私たちがここに足を踏み入れることになったのは、カイが例の石を見つけた場所だからだ。
この城には不吉な伝承があり、それがこの地を忌地として人を寄せ付けずにいる。
その伝承はこうだ。
かつてこの城の地下から、濃い瘴気が噴き出し、城にいたすべての人間が魔物と化した。だがそれは、この城に仕えていた魔法師の女が、覚えのない罪を着せられて処刑される直前に、自らの命を贄としてこの地を呪う魔法をかけたせいだとされている。
その魔法は、自分を罠にかけた者たちと、無実を訴える自分の言葉に耳を貸すことなく断罪した者たち皆を魔物に変え、さらにはこの先の未来永劫、この城に住む者を死に至らしめよ、と言うものだった。
だが、事が起こったのは数百年以上も前のこと。今となっては、それが真実を伝えているのかも疑わしい。
それでも、かつてこの城が濃い瘴気に覆われていた痕跡は確かにあるようで、ここで何かがあったのは間違いないようだ。それが魔法によるものだったのか、自然現象によるものだったのかはともかくとして。
瘴気は時として自然に、何の前触れもなく、場所を選ぶこともなく噴き出してくることがあるものだから。
過去には、統治者不在のこの城に目をつけて、盗賊や食い詰めた傭兵たちのような荒くれ者の集団が根城にしようと乗り込んできたことが幾度かあったようだ。
だが、そんな怖いものなしであるはずの者たちも、この城で寝起きして数日もすると皆、揃っておかしくなり、何かに怯えるようにして我先にと城の外へと逃げ出したと言われている。
この話もまた、どこまでが本当なのか、誇張されたものなのかは不明だけれど、この城に誰も住もうとしないことだけは否定しようのない事実だ。
「しかし、よくあの子たち、こんなところに入ってみようなんて思ったわよね」
足元に散乱するガラス片や木片の類に躓かないよう、注意しながら城の奥へと歩みを進める。
「そりゃあ、子どもっていう奴は、こういう怪しげな場所ほど気になって仕方ないっていう生き物だからね」
「ふふっ、そう言うアルだって、子どもの頃、こういう場所に心惹かれたんじゃない?」
「ま、そうだな……確かにそうだった気がするよ。でも、それは僕を誘ってくる、勇敢すぎる友達がいたせいだ。そいつに誘われて、僕はいつも渋々、仕方なくついていった、というところだよ」
「へえー、そんな友達がいたのね。どんな子?」
「ああ、それは……」
なぜか言葉を濁したアルは、急に話題を変えた。
「ロッテ嬢、手紙は書けた?」
意表を突かれて、今度は私が言葉を濁す番だった。
「えっと……どうしてそんなことを聞くの?」
「大事な人に手紙を書くために、昨日わざわざ便箋なんて買いに行ったんだろう?」
アルの言うことは正しい。
なんてことない手紙なら、旅人のために用意されている、部屋の机の引き出しの中の便箋を使えばいいことだから。
現に、ランセットと実家の家族への手紙は、急ぐのもあって引き出しの中の便箋を使ったのだ。
でも、そうはしたくない理由がいろいろあった。本当に、その理由は一つだけでなく、いろいろと。
そして昨晩、ようやくの思いで文字を綴った。
けれど、長くは書けず、ごく短く、簡潔に。
「大事な人だから、きちんと伝えたいと思ったのよ。でも、難しいわね……」
「ふうん。ロッテ嬢には、そんなに想う人がいるんだ。少し羨ましいね」
「そんなんじゃない、かな……」
「へえー。隠さなくていいのに。どんな相手か、会ってみたいね」
「アル、無駄口はいいから……」
そんな軽口をたたきながら城の建物の奥へと進んでいた私たちは、かつて大広間だったと思われる場所にたどり着いた。そして、二人同時にぴたりと足を止める。
「アル……あなた、感じる?」
「ああ、たぶんロッテ嬢と同じくね……」
嫌な感じがする……。
一歩、足を踏み入れた時から感じる、耳鳴りのように煩わしい低く不快な残響。
それは、ここで何らかの魔法が発動したという魔力の痕跡だ。
しかも、遠い昔の消えかかる痕跡ではなく、紛れもなく近い過去に、しかも幾度か繰り返し魔法が行われていたということを示している。それも、単なる魔法ではなく、邪術を伴う禁制魔法の気配。
そして、広間の一番奥に、そこだけ不自然に瓦礫が取り除かれている一角があるのが目についた。
気になって近づいた私は、そこに見つけたものに思わず息を呑む。
「アル、これ……」
魔法陣!
しかも、瘴気を感じるのは、これが魔物の血で書かれているからだろう。
「この魔法陣、どんな魔法を発動するものなのか、わかる?」
アルのほうを向くと、私の声が聞こえていないかのように彼は魔法陣を見つめたまま、石のように黙り込んでいる。
「ねえ、アル……どうかした? 何か気になることでも見つけた?」
「あ……ごめん」
だが、すぐ我に返ったアルに、もう一度、魔法陣について尋ねてみる。
「これは、禁制魔法のものだと思う」
「どんな魔法を発動させるものなの?」
「うん……」
また押し黙った彼の瞳が、わずかに揺れた。




