53 舞い込んだ依頼
「うーん……君たち、運がよかったね」
石に刻まれているものをじっくりと見ながら、アルが言った。
「ここにロッテ嬢がいなかったら、その子は魔物になっちゃうところだったよ」
「「えっ!」」
マーシャとカイが同時に声を上げ、顔を見合わせた。
「どういうことですか……?」
恐る恐る尋ねたカイに、アルは石をテーブルに置いた。
マーシャが青ざめた顔でアルを見つめている。
「この石、元は赤かったって言ってたよね。これは魔石なんだけど、本当なら琥珀色のはずなんだ。だけど、石に残っている瘴気が強くなる禁制魔法がかけられていて、そのせいで色が赤く変わっていたんじゃないかな。浄化――」
言いかけたアルは、ゴホッ、と誤魔化すように咳をした。
「いや、ロッテ嬢の治療のおかげで、魔法が解かれたから、石の中の瘴気が完全に消えて、色も透明になってしまった、ってわけじゃないかな。強い瘴気に触れ続けると、生き物はやがて魔物化してしまうんだよ。それは人間だって同じだからね」
アルが言うには、マーシャは瘴気への反応が強く出る体質なのだという。でもおかげで、瘴気の浸食が皮膚の変色という目に見える形で現れたから、魔物化してしまう前に気づいて対処することができた。
一方、そうではない体質だった場合には、瘴気に完全に侵食されきって魔物化する直前まで、表面的には何の兆候も現れず、気づくことができない。それはつまり、何の前触れもなしに時が満ちれば突然、魔物化してしまう、ということだ。
ここまで聞いて、カイがしゅんとした様子でマーシャに謝った。
「そんな……僕、怖い石だなんてちっとも知らなかったから……てっきり、綺麗な赤い石だから、ルビーの原石だろうって思って、あげたらマーシャが喜んでくれるかなって……マーシャ、変なものあげちゃって、ごめんっ! 本当にごめん……」
マーシャは首を左右に振る。
「カイは悪くないし、私は気にしてないよ……だって、こうしてちゃんと治ったんだから。ねっ、だからカイ……もういいよ」
「でも……」
泣きだしそうな顔をしたカイの背中を、マーシャがさすって慰めている。
この子たちを見ていると、ラファエルのところから連れてきたリュカがちょうど同じ年頃だったなと思う。
私がいなくなって、リュカが気まずい思いをしていないだろうか。
いや、リュカのそばには、オデットもジゼルもいる。それにノルマン様なら、目の届くところにいる彼らをそんな目には遭わせないはずだ。
またちくっと、胸の奥が痛んだ。
「だって、カイは私のこと、治そうとして、お医者さんに行くお金を作るために、勇気を出して、もう一つの宝石を売りに行ってくれたじゃない」
「だけど、あの宝石屋の奴ら、治安隊なんて呼びやがって……」
あ……。
少年少女の微笑ましてやりとり……なんて思いながら二人を見守っていたのに、このカイの言葉で、私とアルはおそらく同じことを思って、顔を見合わせる。
すると、腕組みして壁に寄りかかっていたベレニスが私とアルに目配せした。
「あんたたちにちょっと話があるんだ。詳しいことは、あたしの部屋で話そうか」
ベレニスがカイとマーシャに、「お前さんたちは厨房に行って、調理人から食事を貰っておいで」と言うと、「はーい!」と二人は慣れた様子で、ぱたぱたと厨房へと走っていった。
「あの子たちの親、スイユでの働き口を失くして、家に子どもだけ残して遠くの街まで出稼ぎに出てるんだよ。だから時々、ここで食事の面倒を見てやってるっていうわけ。時には大人じゃ得られない、いい情報もくれるからね」
同じようにベレニスが面倒をみている子が、あの子たちの他にも何人かいるらしい。
実は、子どもが耳にしてくる話は馬鹿にならない。相手が子どもと侮って、聞かれたらまずい話でも平気でする大人が多いからだ。子どもは大事な情報屋でもあるのだ。
「それでその子たちが最近、ルビーの立派な原石を見つけた子がいると言っていてね、それがカイだったのさ。でも、その見つけた場所というのを聞いて、変だとは思っていたんだよ。そしたら、あんたたちが出かけてすぐ、ランセットから依頼が届いてね――それが、これ」
ベレニスの部屋のテーブルの上に、一枚の紙が広げられた。そこに描かれていた文字のようなものは、さっきの透明になった石に刻まれていたのとよく似ている。
「あれと同じものだよね? どういうこと?」
「この呪術紋が刻まれている石の出所と、関係してる魔法師を突き止めてくれ、っていう依頼でさ。そんでもって、その石は危険だから、見つけ次第、破壊か浄化しろってことだ」
「依頼人は?」
「王太子からの直々の依頼だってことだ。うちだけじゃなく、他のギルドにも頼んでいる様子だよ」
「もしかして、国を挙げて、ってこと?」
「だろうね。その石がどう危険なのかは知らされてなかったけど、あんたたちのおかげで私もよく理解できたよ。それとどうも、宝石と見紛われることがあるっていうので、宝石商にも王太子の名でお達しが回されているみたいだね」
「ということは当然、治安隊にも命令が下っているよね……」
「ロッテのお察しの通りだよ。ちょうど街に出てたんだから、ここまで話せばぴんと来ただろうが、治安隊に追われてたのは、カイだよ」
やっぱり。
カイが、マーシャにあげたのとは別にもう一つ持っていた赤い石を売りに行った先の宝石商が、王太子からの命令書に基づいて治安隊に通報したのだ。
当然、治安隊の中にもギルドの仲間がいる。ベレニスが面倒を見てる子だと知って、こっそり逃がしてくれたのだ。
「あたしのほうで掴んでる情報だと、何でもその怪しげな石は、最近になって魔物の出現が増えた地域で発見されることが多いんだとか。まあ、この街もまさしくそれにあたるってわけだ」
どうして王太子がギルドを使ってまで動いているのか、理解できた。禁制魔法まで使って、誰かが国を揺るがそうと企んでいるのだ。
「そこであんたたち二人に、まずはカイがこの石を見つけた場所に行って、探ってきてほしいんだ。……アル、ロッテは上級精霊師だ」
「ああ、知ってるよ」
間髪入れずに答えたアルに、ベレニスがにやりとした。
「へえー、さすがと言うべきか、アルなら最初からお見通しか」
「いや、何となくは察していたけど、確信したのは、ついさっき。ね、ロッテ嬢?」
「ええ。さっき、言い当てられたの。そう言うアルだって、魔法師としては上級なんでしょ?」
肯定するようにアルは私を見て、微笑みを浮かべた。
「じゃあ、そういうことで、今回の依頼は、あんたたち二人で組んでおくれ。アルは剣士でもあるからね。あたしの勘だと、かなり厄介な依頼になると見てる。いくら援護するアルの腕が立つって言っても、浄化するにも破壊するにも並の精霊師じゃ手に負えないんじゃないかって案じてたから、ロッテが来てくれて助かったよ」
そう言うとベレニスは、今度はスイユを中心にした地図をテーブルに広げて、その石があったという場所を示してくれた。




