51 欲望の代価
レイラが突如、魔物化したことを知ったフレデリクは、地下牢でジュールに尋問されている彼女の元へ、随行していた魔法師を遣わせていた。眼鏡をかけた、年は若いが実直そうな魔法師だ。
彼が手にしてきた箱を開くと、中には透明な石を中央に嵌めたデザインのネックレス。
それはデザインがこれ見よがしに派手な割には、中央のメインとなる石が宝石ではないことに違和感のある代物だ。
「これは?」
「あの魔物化した女が身に着けていたものです。女は、この石はルビーだったと言うのですが、私が思うに、精霊の浄化を受けて、このように瘴気が完全に消失した無の石に変わってしまったのではないかと。その証拠に、魔物になったというあの女も、今見てきたところでは老婆のような姿ではあるものの、魔物ではなく辛うじて人に戻っています。ルビーに見えたというのは、元は魔石に禁制の魔法をかけ、石の色が赤く変化したものだと推察されます」
魔法師の説明に、ふむ、とフレデリクはくだんの石をよく見んとして、首を伸ばす。ノルマンとジュールも同じく石に目を向ける。
「なるほどね……。素晴らしい、と賞賛すべきか。さすが高位精霊による浄化は威力が違うな。おかげで完全に瘴気の害が消えているようだな」
「はい、さようです……ですが、その石をよくご覧ください。先ほど禁制魔法と申しましたのは、この石には以前、廃屋で魔法陣と一緒に見つかったという魔石と同じ呪術紋が刻まれています」
魔法師がネックレスを箱から出し、石に刻まれた呪術紋がよく見えるように、テーブルの上に載せた。
「魔石に残った、わずかな瘴気の毒性を極限まで引き出す呪術紋です。瘴気が消えても、効力のなくなった呪術紋の痕跡だけは残ります。あの者は魔物に変わる直前に、媚薬を飲んだということでしたよね?」
「そうだ。媚薬入りのワインを飲み干して、それからまもなく体に異変が起こったようだった」
ノルマンの答えに、魔法師は深く頷いた。
「媚薬には必ず、少量ですが魔物の血が用いられています。人の理性を失わせ、欲だけを高めるのに必須の成分ですから。その魔物の血が呪術紋の効果を一気に増幅させる引き金になったのだと考えられます」
とはいえ――と魔法師は続けた。あの女は数日前からこの石を身に着けていたというので、たとえあの時、媚薬を飲むことがなくとも、体は瘴気に染まっていて、魔物化するのも時間の問題だったと言う。
「この石をどこで手に入れたと言った?」
フレデリクの問いに、今度はジュールが答える。
「この石は、クレモ男爵の隠し金庫から持ち出したものと言っていました」
「ほう。そうか、それはいい」
フレデリクは満足げな笑みを見せた。
「これで決定的な証拠が揃ったな。隠し金庫に入れて安心と思っていたのだろうが、あやつも自分の娘に持ち出されるとは夢にも思っていなかったはずだ。もう、自分は関係ないとの言い逃れはできないな」
今も王都で投獄されているクレモ男爵は、現状では魔物の違法取引の罪による貴族籍と爵位の剥奪だけに留まっている。
何よりも問うべき邪術をおこなった罪は、本人が強硬に否認しているのと、肝心の物証が出ずに疑いの域を出られずにいた。それに対抗する策を練ろうとノルマンを訪ねてきたことが、フレデリクには僥倖となったのだ。
あのような邪術は、ともに捕縛された男爵家や子爵家レベルの者たちに行えるものではない。
何より彼らに、大罪に問われる危険を覚悟してまで行うほどの利益も目的も見えない。男爵は事のすべてを知らず、いざという時の捨て駒として何者かに使われたにすぎないと考えるのが妥当だ。
背後にいる者が誰なのか、それを突き止めるためには、この邪悪な石と罪人たちとの関係を示す証拠を突き付け、口を割らせる必要がある。
「それで、女の様子は?」
このフレデリクの問いには、ジュールが嬉々として答える。
「あの女、最初は茫然としていたものの、地下牢の冷気に触れて正気に返ったのか、牢番や見張りの騎士たちに向かってずーっと、喚いていましたよ、『私は悪くないー』『私は貴族だー』って。いやーもう、見苦しいったらありませんでしたよ……。しかも、義姉上を罵るようなことまで……」
ジュールは言いながら、その時湧いてきた怒りを思い出したように口元を引きつらせた。
「あんまりにもうるさくて耳障りだったんで、鏡を見せてやることにしました。牢の中に鏡なんてなかったですからね。そしたらあの女、差し出された鏡をひったくるようにして自分の顔を映した途端、悲鳴を上げて倒れてましたよ」
いくら高位精霊の浄化であっても、一度魔物化してしまった人間の体を完全に元通りにすることは不可能だ。
それに、人の心根を浄化することは絶対に不可能。
フレデリクは呆れたように、ふうーっと深く息をついた。
利己的な罪を犯す人間の態度は、いつもだいたい同じだ。王族として罪人の裁可にあたるたび、似たような醜態を目の当たりにしてきていた。
「ああいう性根の人間には、あの姿で生きているのは地獄にいるのと同じくらい酷だろうからね。でも、自業自得だろ? 卑しい生き方のつけが回ってきたにすぎないよ」
気を取り直して、フレデリクはここまで自らが足を運んできた目的をノルマンに告げることにした。
「ところでこの不穏な石だけど、王都のあちこちに埋められたり、置かれたりしていたことがわかってね。それ以外にも何人かの領主から、自領で怪しい石が発見されたという報告が届いているんだ」




