49 騎士たちは憂える
あのおぞましい魔物騒ぎから一夜明けたモントロー城では、皆が憔悴しきっている中、ステファンが指揮を執っていた。
魔物によって毒を受けた主君は、解毒の処置が済んでいるとはいえ、いまだ目覚めずにいる。
そんな主君のそばを護るジュールに代わり、ステファンが魔物との戦闘によって破壊された城内の片づけと、修繕の指示をして回っていた。
壁には騎士や兵たちが魔物に向けて放った矢が刺さり、床には魔物に叩き落とされて折れた矢が無数に落ちている。
そこかしこの柱に残るのは、魔物の鋭い爪で切り裂かれた傷。
戦闘の場となったそこかしこには、誰のものとも言えぬ血が乾いてどす黒い痕跡を残していた。
すべてはあの、メイドに扮して城に忍び込んだ、ふざけた女の仕業。
今は地下牢に放り込んで見張らせているが、主君が目覚め、あらかた事が片付いたら、それ相応の地獄を見せてやる。
だが、それより。
あの窮地を一瞬にして救ってくれた、ディアロッテ様。
彼女が精霊師だったなんて。
「それも、よりによって、あの精霊――」
ステファンがつぶやいた時、セザールが息を切らせてやって来た。
「ディアロッテ様を見なかったか?」
「いや、お部屋に戻ったんじゃないか?」
あの後、主君が解毒剤を口にするのを見届けた彼女が、その場を立ち去っていたのは知っていた。
傷ついた主君を心配して、医師だけでなくあまりにも多くの騎士たちが集まってきていたから、自分がいても治療の邪魔になるだけだと思ったのかもしれない。後のことは彼らと医師に託して、とりあえずは自室に戻ったのだろうと。
「それが、部屋にもお姿がないようなんだ……」
「カーラには聞いたか?」
「ディアロッテ様付きの侍女殿か……。そうだな、探して聞いてみるよ」
「ところでセザール、主君の様子は?」
「ちょうどさっき、医師とすれ違ったから聞いてみたよ。まだ眠ってはいるが、おかげで解毒剤が効いて、だいぶ顔色がよくなってきたと。もう少しで目覚めるんじゃないかとも言っていたよ」
「そうか。それなら安心だな」
「それと、医師が言ってたんだが……おそらく、こんなに早く解毒の兆候が見えるのは、精霊の浄化の加護のおかげだろうとな。あの魔物の毒は、主君が飲んだ解毒剤だけじゃ、もっと時間がかかっただろうって。それに、主君だけじゃなく、あの場で毒煙に襲われた者も皆、精霊の浄化を浴びたことで大事には至っていないらしい」
「精霊、か……」
主君は、自分が精霊に救われたということをどう考えるだろう?
そして、精霊師だったと知ったディアロッテ様に、何を告げる?
数日前、まさかディアロッテ様が精霊師だとは知らなかった主君は、虎型の精霊が自分の仇であることを彼女に打ち明けたと言っていた。
だから、仇である存在と承知の上で、彼女は主君の目の前で精霊を召還したのだ。
セザールも、おそらくはステファンと同じことを頭に巡らせたのだろう。
互いに続ける言葉に窮して、二人は黙り込んだ。
その沈黙を破ったのは、ジュールと共に主君の部屋を護っていた騎士の声。
「ステファン様、主君が目を覚まされました!」
待ち望んでいた報せに、ステファンとセザールはただ主君の部屋へと急いだ。
◆◆◆
懐かしい光景を夢に見ていた気がする。
記憶の底に沈んでいた、長く会えずにいる彼。
そして、あの日に出会ったのは……。
すぅーっと意識が夢から現実に戻ってきたのを感じて、ノルマンはまだ少し重たい瞼を開いた。
体を起こそうとして、背中に鋭い痛みが走る。
うっ、と思わず低く呻いた。
「兄上っ!」
ジュールの声が耳に響いた。
「兄上……よかった……」
背中に魔物の爪を受け、その毒に侵されたことは覚えている。
(あの時、俺が見たのは現実なのか?)
考えようとすると、それを拒む自分がいた。
何も考えないほうがいい、と頭の中で声がして、胸の奥がちくりと痛む。
ジュールに支えてもらい、ノルマンはゆっくりとベッドの上に体を起こした。
動けば背中の傷口は痛むが、毒に侵された割には頭も体も驚くほど軽い。
「俺はどれくらい眠っていた?」
「半日、というところです。いや、また夜になってますから、一日に近いかと。具合はどうです?」
「問題ない。完全に解毒されたようだ。ところで……ディアは?」
「あ……」
ジュールが凍り付いたかのように言葉を詰めた。




