46 髪飾りの暗示
身支度を終えて階下に降りると、そこにはベレニスとアルが私を待っていた。
「ロッテ、街に行くなら、アルを護衛として連れていきな」
「いや、護衛なんて、大丈夫よ……」
そばには姿を消したルオンの気配があるし、毛玉も私の上着のポケットの中で息を潜めている。
ルオンも毛玉もいるから、心配はないと思うけれど。
「ロッテ嬢、僕もちょうど散歩にでも出かけようと思っていたところだから、ついでということで」
「アルもこう言ってるんだし、遠慮しなさんな。今はこの街にも、よからぬ輩が増えたからね。ロッテも面倒事に巻き込まれるのは都合が悪いだろ?」
確かにベレニスの言う通りだ。昨日のようなこともある。
いくらルオンたちがいるとは言っても、誰の目があるかわからない街中で容易く精霊師だと知られるようなことはないほうがいい。ベレニスもそれを案じてくれてのことだろう。それにどうやらアルは治安隊にも顔が利くようだし。
「……では、アルさん、よろしくお願いします」
「ええ。おまかせください、ロッテ嬢」
アルに向かってぺこりと頭を下げると、私はローブのフードを被った。
そうしてベレニスに見送られ、私はアルと二人で街に出た。
目に入ってくる街の景色は、以前訪れた時と比べると、随所に活気のなさがうかがえる。
一番賑やかだった大通りにちらほら目につく、閉店して看板の外された店。
広場に面した、街で一番大きなカフェのテラス席でお茶を楽しむ人も数えるほど。かつてはいつも満席で、空席を待つ人の列もあったほどなのに。
通りを歩く人々の表情まで、どことなく疲れているように感じてしまうのは、気のせいだけには思えない。
「ロッテ嬢は、ここに来るのが初めてではないんですよね?」
「はい。前に来たのは、一年ほど前です。アルさんは、いつからこの街に?」
「半年くらい前かな? ベレニスに拾ってもらって、すっかりグランセに居ついちゃったよ」
「ベレニスを手伝っているって聞きました」
「うん。じゃあ、僕が魔法師ってことも聞いてるよね?」
「ええ」
「ベレニスには、いいようにこき使われてるよ。ま、嫌じゃないから、やってるんだけどね。ところで……ロッテ嬢は、ランブイユの方なんですか?」
唐突な問いに、その意図を訝しんでアルを見た。
「えっと……どうしてそう思うんですか?」
「その髪飾り……」
言われて私は、髪飾りを確かめるように手で触れた。
「ん? これですか?」
「そう、それ。その髪飾りはランブイユのものですよね? さっき、ロッテ嬢が頭を下げたときに、たまたま目に入ったもので」
そうだった。これはカルティの行商の市で、ノルマンから贈られた髪飾り。
これを売っていた行商の店主は、確かランブイユの細工師の手によるものだと言っていた。その上、その細工師の品は人気で、ランブイユの外にはあまり出ることのない品だとも。
昨夜、荷物の中に忍ばせてきたその髪飾りを、またしまい込むのがためらわれて、机の隅に置いたのだった。そしてさっき部屋を出る前に、なぜか自然と手が伸びて髪に留めた。
細工は飛びぬけて美しい。でも、大きな宝石がついているわけではない。だから、フードを被ってしまえばそれほど目立ちはしないと思っていたのだけれど。
「あ、そうみたいです……これを売っていた商人からはそう聞きました。でも、これは贈り物としていただいた物で、私自身はランブイユとは何の関係もありませんよ」
「そうなんですね……失礼しました」
「どうしてそう思われたんですか?」
「その髪飾りの細工は、ランブイユ王室お抱えのロルフェという職人によるものです。そんな細工ができるのは、彼以外にはいませんから。ロルフェの手による品は、もともとそれほど多くはなかったんですが、今ではランブイユ王国内でもなかなか手に入らないんです。ランブイユの王家を含めたいくつかの貴族家が所有しているだけとされていますから、てっきりロッテ嬢は、そのランブイユの貴族家門に所縁のある方なのかと思ったんです」
「そんなに貴重な品だったんですね。まったく知りませんでした」
「ええ。彼の作品は、最近の流行には反していますからね。知らなくて当然ですよ」
ランブイユでもメロビングでも、社交の場で身に着ける装飾品は、嵌め込まれている宝石の大きさと色みの美しさを競うことを良しとしている。そういう意味では、ロルフェの品が今の社交界では特に話題にのぼることがなく、私もその名を知らずにいた。
「アルさんは、お詳しいんですね。ちらりと見ただけで目利きしてしまうなんて」
「いや……偶然ですよ。何より、星屑のようなダイヤモンドの装飾に見覚えがあったんです。それはロルフェ独特のデザインですから」
偶然のはずがない。
アルのこの言葉からわかるのは、彼はランブイユ王室お抱えの細工師だったロルフェの品を、一つ二つではなく、幾つも目にしたことがあるということ。
だとしたら、彼がただの自由傭兵であるはずがない。
ベレニスは、アルはランブイユ生まれの魔法師だと言った。事によればランブイユの貴族家門の令息、最低でも、ロルフェの品を所有するランブイユ王家や高位貴族の側近くに仕える騎士か魔法師。そうでもなければ合点がいかない。
「あの、アルさんはもしかして……」
言いかけて言葉を呑んだ。アルも、ベレニスを手伝っているなら、れっきとしたギルドの関係者。だとしたら、こちらから素性を問うようなことをするべきではない。
そんな私の心中を見透かしたかのように、アルは人懐こい笑顔を浮かべた。
「僕はロルフェ氏の作品が好きだったんですよ。そりゃもう、弟子入りしたかったくらい」
「ふふっ……なんだ、そういうことだったんですね。どおりで詳しいはずですね」
おどけた調子で答えたアルに、その真偽はわからないが、私もつられて笑ってしまった。まんまと話を逸らす策に乗せられた気もするが、そういうことにしておこう。
話しながら歩いているうちに、目的とする店が見えてくる。
その店で便箋を一冊買って出てくると、近くの店から漂ってきた甘い香り。
「アルさん、あの店にも寄っていい? ベレニスに賄賂。ただで泊めてもらってるから」
「いいですね。彼女、ああ見えて甘~いお菓子が大好きですからね」
確かに、一見強面のベレニスが、実は可愛らしい見た目のスイーツが好きだなんて、言われなければ想像もつかないだろう。
「いや、ただで泊めてくれてるわけじゃなかった……アルさんと同じように手伝ってもらう、って昨日、しっかり言われちゃったから」
「ははは……それは僕みたいにこき使われますよ。ロッテ嬢も覚悟しないとね」
菓子店の店内のテーブルの上には、ケーキやマフィン、クッキーといった菓子が所狭しと並べられている。
ベレニスにはベリーとホワイトチョコレートで飾られた可愛らしいケーキを、ルオンと毛玉にはクッキーとマカロンを選んだ。
私がベレニスを手伝うということは、ルオンと毛玉にも手伝ってもらわないといけないということ。だから、彼らにも快く協力してもらうため、事前の賄賂が必要だ。
「アルさんはどれにしますか? あ、もしかして、甘いものは苦手とか?」
「苦手ってほどじゃないですが……あまり甘くないものなら大好きですよ。魔力を使った後は、どういうわけか甘いものが欲しくなるんです。だから、討伐から帰還した後なんて、よく食べますよ。でも、僕の分はおかまいなく」
「いえ、今日の護衛のお礼ですから、遠慮なさらず。こうして付き合わせてしまったので……帰ったらみんなで食べましょう」
あまり甘くないもの……並んでいる菓子の中に探してみると、酸味のある果実を使ったケーキが目に留まった。
「アルさん、シトロンのケーキはどうですか?」
「いいですね! じゃあ、遠慮なく」
店員を呼んで、選んだ菓子を紙箱に詰めてもらう。その手元をぼんやり眺めていると、上着のポケットがもぞっ、と動いた。
(出てきちゃダメっ!)
大好物の甘い香りに耐え切れず、毛玉がポケットから顔をのぞかせようとしたのだ。
幸いアルは護衛らしく、店の外に目をやっている。気づいた素振りはない。
毛玉の頭をそっと手で押さえ、ポケットの中に押し戻す。いずれアルに知られるとしても、今じゃなくていい。
その時、店の外が急に騒がしくなった。




