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優しいあなたに、さようなら ~二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした  作者: ゆきのひ
1章 王都編

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ディアの秘密

 私だけだった馬車の中に、虚空から湧き出るように現れたその猫は、当たり前のように人の言葉を話す。


「どうした? もしかして、またあいつのせい? ディアを泣かすなんて」

「ルオン、慰めてくれるの? ありがとう。うーん……まあ、ルオンの言う通りかな」


 ルオンは、私の精霊だ。精霊としての本当の姿は、高位精霊である銀毛の大きな虎。大抵は精霊の次元に姿を隠しているが、人前に現れる時には仮である猫の姿をしている。


 古くから続く貴族家の血統には時々、精霊と契約できる精霊師が生まれてくる。サルグミン家もその家門の一つだ。

 だが、精霊師の素質ある者が生まれたことを、大抵の家門はひた隠しにする。なぜなら、魔物の出現が頻発するメロビング王国では、精霊使いは貴重な戦力だ。それゆえ政治的な勢力争いの駒として利用され、家門ともども悲惨な結末をたどることとなった例も、過去の歴史に幾度かあった。

 そんな悲劇を避けるため、精霊師が生まれる可能性のある家門のほとんどが、いずれの派閥にも属さない中立派の立場を維持している。サルグミン家も中立派だ。


 それに何より、魔物の討伐は、時に命を落とす危険がある。

 精霊師と知られてしまえば、事があった時に王命での出征命令が下る可能性もある。そんな危険極まりないところへ我が子を向かわせたくない親たちは、我が子にその兆候が現れたら、それを口外しないように厳しく言い聞かせるのが常だ。私のおばあ様も、それを危惧して私に固く口止めし、なおかつ目立たないようにせよと教えた。


「何かあったら、僕を呼べはいいのに、ディアはあいつのこととなると我慢しすぎだよ。そんなにあのロベルって奴のことが好きなの?」


 精霊は基本的に、自分の主と思考や感覚を共有する。でも、主がその共有を切る意思を持った時は例外だ。主の生命が脅かされる事態でもない限りは、使い主の意思が優先される。

 意思の共有は、精霊もその主も幾分かの精神力を使うことになるから、私は必要のない時には共有しないようにしている。なので、さっき起こったことをルオンは知らない。


「ははは……。そんなところかな」

「まったく! あいつ、本当に嫌な奴!」

「そう言わないでよ……。いいところもあるんだから……」


 半ば自分に言い聞かせるようにつぶやいた私に、ルオンは探るような目を向ける。


「ふうん……僕にはちっともそうは思えないけど」


 コンッ。


 馬車の窓を叩いた音に、私とルオンが同時に顔を上げた。

 窓を開けると、碧い小鳥が飛び込んでくる。

 小鳥はくちばしにくわえていた紙片を私の膝に落とすと、また窓から外へと飛び去った。

 その小さく折りたたまれていた手紙を開いても、何も書かれていない。送り主が指定した者にだけ読むことのできる、魔法紙。

 その白紙を指先で軽くなぞると、文字が浮き出てきた。

 ルオンも手紙を覗き込む。精霊であるルオンには、魔法で隠されているものも読めるのだ。


「毎度毎度、軽々しく僕を呼びつけてくれるなあ……」


 ルオンが不満を漏らす。それは、魔物の討伐依頼を受けたというギルドからの出動要請だった。


 私がギルドからの魔物討伐の依頼を受けるようになったのは、二年前。

 きっかけは、サルグミン領の大凶作だった。その年の天候不順で、穀物や野菜の収穫量がぐんと減ってしまった我が領地。領主であるお父様は、領民たちが飢えることのないよう多額の私財を投じて人々に食糧を配布した。それでも足りず、少しだが借金をしたのだ。


 おかげで領民に飢え死にした者はいなかったが、サルグミン家には借金が残った。10年かけて少しずつ返済する契約ではあったが、契約書を見せてもらえば、結構高い利息がついている。ならば一日でも早く返したほうが得策と、高額な成功報酬を得られる、精霊を連れての魔物討伐に志願した。ただし、身分は偽り、隣国生まれの流れ者の精霊師、ロッテと名乗って。

 私の正体を知るのは、ギルド長のランセットだけだ。


 当然、お父様とお母様、そしてお兄様には反対されたが、私は譲らなかった。でも、今は領地の屋敷にいる、おばあ様にだけは内緒だ。知られたらきっと、私は領地の屋敷に閉じ込められ、当面の間、監視されるだろうから。


「そう言わないで。それだけルオンが強い、ってことなんだから」

「ふんっ、そうだよっ! 僕が一番強い! 人間たちもよくわかってるじゃないか」


 得意げに鼻を鳴らすルオンに、私は苦笑した。ルオンは褒められれば機嫌がいい子だ。


「あ、依頼はケラー領……?」


 庭園で、私を地味だと馬鹿にしたロベルの悪友の顔を思い出した。


 ◆◆◆


 ケラー侯爵家が治めるケラー領へは、本来なら馬車で三日はかかる。

 でも、精霊の加護の力を使えば、一瞬で移動できてしまう。


 翌朝、ケラー家の騎士たちによる討伐隊の出立に合わせて、私とルオンもケラー領に着いた。


「ディア、この領となんか因縁ある? 昨日、いやーな笑顔してた」

「……まあ、ちょっと思い出して頭にきただけ。それにちょっと考えたこともあってね」


 魔物が出たという渓谷は、領主の城からさほど遠くない距離にあった。

 この渓谷は、ケラー領の商人が、他の領地へと物資を運ぶ重要な商用ルートだ。魔物が出ることでこのルートが閉ざされてしまえば、領内の物流がたちまち滞る。交易による税収も減り、領民たちは物資の不足に悩まされることになる。ケラー領にとっては生命線とも言える街道なのだ。


 ランセットのギルドから派遣されたのは、私の他に魔法師のエミールと、傭兵のカンタン。

 カンタンは、エミールの魔法で私たちより先に着いて、魔物に襲われた商人たちから話を聞いてきていた。


「ここに出たのは、とにかくどでかい、頭と手足が無数にある一体の魔物だと聞いたが、ロッテはそんな魔物と遭ったこと、あるか? 少なくとも、俺とエミールは経験なしだ」


 頭が無数にあれば、魔物の意思もその頭の数と同じだけあり、統率が取れないということ。魔物は己の本能にのみ従い、他と共闘することができない。

 だから、それぞれの意思に従って勝手に動こうとする魔物は、やがて胴体を同じくしているにもかかわらず、まずは近くにあるそれぞれの頭が互いに攻撃し合い、放っておいても自滅する。だから、その存在自体があり得ないのだ。


「うーん、私も覚えがないな……」

「見たことない魔物だと、どんな能力を持っているかわからないから、心してかからないとな」


 カンタンの言葉に、私も身を引き締めて臨んだのだが……。

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