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優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした  作者: ゆきのひ
1章 王都編

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思い出の中の彼

 時に子どもは、正直であるがゆえに残酷だ。

 同じ年頃の子どもを集めて開かれるお茶会で、たびたび幼い私とロベルは顔を合わせていた。お互いの家が、いずれも中央の政治からは一歩引いた立場を取る中立派に属することもあって、自然と親たちの距離も近い。


 そんなお茶会で、親たちがおしゃべりに興じる一方、子どもたちも親交を深めるよう、別の場所に集められる。

 そこにも大人の社交界とさして変わらない光景があった。可愛らしく華やかな容姿の令嬢が、令息たちの関心を集めるのだ。

 関心を引きたい令息たちに丁重に扱われる令嬢がいる一方、それ以外への扱いは、時に厳しい。


 その日のお茶会は、王宮の庭園だった。王妃様の発案により、フレデリク王太子との親睦を図る目的で、同じ年頃の伯爵家以上の子どもたちが招かれたのだ。


 しかし、当の王太子は姿を現さない。王妃様によると、滅多に王都に出てこない有力貴族との謁見に急きょ国王陛下と同席することになったとかで。

 なので、肝心の王太子の不在のまま、子どもたちは王宮の庭園に放たれた。


 いつものことというか、ひときわ華やかな容姿で、それにふさわしく着飾ったリュネブル侯爵令嬢のキャリエンヌに令息たちは群がった。

 そんなキャリエンヌ嬢に嫉妬の眼差しを向ける令嬢もいたけれど、きっと「可愛い」に勝てるものなどないのだろう。いくら嫉妬に歯噛みしようが、面と向かって何かを言い立てる令嬢はいない。


 確かに、私より少し年上のキャリエンヌ嬢の美しさには、同性の私でも見とれてしまう。私でさえ、親しくなってみたいと、つい思ってしまうほどだ。

 でも、私には縁のない人たち。

 なぜなら――。


『ディア、このことは秘密にしておきましょう。お約束してね』


 いつになく真剣な眼差しで言った、おばあ様が頭に浮かぶ。


『誰かに言いたくなる気持ちもわかるけれど、内緒にしておきましょうね。私は可愛いディアが、危ない目に遭うのは嫌なの。だから、目立つことも避けましょう。なぜならね……』


 私は目立ってはいけない。その理由も知られてはいけない。

 にぎやかに笑い合う子どもたちの輪からそっと抜け出して、王宮の庭園を一人で見て回ることにした。


 今が満開のオルテンシアの生け垣を抜けると、池があった。池には魚が放たれていて、気持ちよさそうに泳いでいる。

 その時、何人かの男の子たちがこちらに駆けてきた。池を覗き込んだ一人が、水面に顔を出した魚に向かって小石を投げつける。


「やめてよ! 魚が死んじゃうじゃない!」


 咎めた私に、彼は途端に顔を歪めた。


「うるさい女だな! 俺のやることに文句つけるな!」

「可哀そうじゃない! 静かに泳いでいるだけなのに、石なんて投げなくてもいいでしょ?」

「はあ? お前みたいな可愛くもない女の言うことなんて、誰が聞くかよ!」


 嘲笑うように言った彼は、仲間たちにも魚に石を投げるように言う。


「勝負しようぜ! 一番に魚に石を当てた奴が勝ちだ!」

「やめてってば!」


 私は止めようとして、石を握った彼の腕をつかむ。


「邪魔なんだよ! お前なんかあっちに行ってろ!」


 彼は私を振り払うように、力いっぱい突き飛ばした。


 ドボンッ。


 勢いよく、私は池に落ちた。

 思っていた以上の池の深さに溺れた私は、思い切り水を吸い込んでしまう。

 苦しい……。


(あ、死ぬかも……)


 そう思って意識が遠くなったとき、誰かが強く手を引いてくれているのがわかった。大人より少し小さい、子どもの手。


(……助かった?)


 安心したら、意識がぷつんと途切れたのだ。

 そして、目を開けたときに見たのは、私を不安げに取り巻く人々。何人かの大人に混じって、ロベルがいた。


「ディア! ……大丈夫?」


 しかし、私を突き飛ばした彼らの姿はない。怖くなって逃げたのだろう。


「ロベル様……ありがとうございます」


 手を引いて助けてくれたのは、ロベルだったのね……。

 ほっとしたせいか、急に瞼が重くなって、私はまた気を失ったのだ。


(ロベルが助けてくれなかったら、私、溺れて死んでいたかもしれないな……)


 あの時、私を助けるのには勇気がいったことだろう。

 だから、ロベルは優しい。今はああいう態度でも、いざとなれば誰よりも優しい人なんだ……。


(今はまだ婚約者だけど、結婚して、妻となったら、ロベルも変わってくれるのかな)


 侯爵家ご自慢の、深い愛情の象徴ともいえる薔薇を私はぼんやりと見つめる。

 夫人への挨拶を終えた人々なのだろう、一人二人と、庭園へと出てくる人影があるのに気づいた。そろそろ私も挨拶に行かないと。

 ホールへ戻る道へ足を向けた私は、聞き覚えのある声に耳を澄ました。

 気づかれないように、物陰から覗き見る。


「お前さー、なんでわざわざ、あんな地味な婚約者を選んだんだ?」

「そうだよ。ロベルならもっと、いい相手を選ぶこともできたんじゃないか?」

「いや……」

「ま、確かにサルグミン家は古くからの名門伯爵家で、いまだ王家の覚えもめでたいようだけど。でも、それだけだろ?」

「ロベルの見た目なら、もっと華のある令嬢だって狙えただろうに」

「いや、……ははは」


 三人連れは、ロベルと、ケラー小侯爵のジョエル、ジアン小伯爵のエドモンだ。

 婚約者を馬鹿にされているのに……。

 そこは曖昧に濁すんじゃなくて、違うとか言ってくれてもいいんじゃないの?

 

 まったく否定してくれないロベルが悲しい。


「あ、でもさ、レイラ嬢はないな。華があると言っても、少し品がないよな。あのドレス、場違いだろ?」

「本当だよ。しかも男爵令嬢だろ? 伯爵夫人に成り上がりたいのが見え見えで、見ていてむしろ痛々しいな」

「えっ……うーん、そんなことはないと思うんだけど……」


 レイラの悪口には、否定するんだ……。

 どうして? ただの友人なのに、婚約者より大事なの?

 無性に悔しくなって、私は小走りするようにホールに戻った。


 ◆◆◆


 帰りの馬車の中、挨拶に行った時に言われたモンタナ夫人の言葉を思い出す。

 夫人は私の顔を見るなり、私に身を寄せて、他には聞こえないよう声を落とした。


「あなた、彼で本当にいいの? 後悔しない?」


 夫人に挨拶したロベルは、隣にレイラを連れていたはずだ。その不可解さに、当然夫人は気づいていた。


「……」


 私は何も答えることができなかった。代わりに、思ってもいなかった涙が頬を伝う。

 夫人はそれ以上何も言わず、私をしっかり抱きしめてくれた。そしてまた耳元に囁く。


「我慢が美徳は、昔の話。自分の幸せを大事にしないとね」


 夫人の優しさに、涙が溢れてくる。


(愛されている人は、すごいな……)


 こんな顔で帰ったら、家族に心配をかけてしまう。

 涙を拭おうとハンカチを手に取った瞬間、私の膝の上に艶のあるシルバーの毛色の猫がちょこんと乗った。

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