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優しいあなたに、さようなら ~二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした  作者: ゆきのひ
1章 王都編

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二人目の婚約者

 あれは本当に不快なお茶会だったが、収穫もあった。

 マリエーヌ嬢と親しくなり、時々会ってお茶をする仲になっていたのだ。


 マリエーヌのサージェ子爵家は、小規模ながら堅実な商団運営をしている家門だ。他に扱いのない珍しい商品を、いち早く扱うことに長けている。それは卓越した情報網を王国だけでなく近隣諸国に張り巡らせていなければ不可能だ。


 あの日、レイラのお茶会に参加していたメンバーに、レイラと親しい者は一人もいなかった。

 レイラにはそもそも、親しくしている令嬢なんていないから、という何とも自業自得な、お粗末な理由。


 その訳は、玉の輿を狙ったレイラが、次々と手ごろでめぼしい令息たちに近づいていたから。

 しかし、大抵の手ごろでめぼしい令息には、婚約者がいて当たり前。なので、手を出された令息の婚約者である令嬢とその家門を次々と敵に回していった結果、招待状は門前払い。仕方なく、ほとんど言葉を交わしたこともない男爵家と子爵家に絞って招待したというわけだった。


 当然、よく知らない男爵令嬢からの突然の招待状に、受け取った令嬢たちは返事を悩む。

 そんな彼女たちにランセットが密かに手を回し、サルグミン家に好意的な家門の令嬢にだけ参加するよう仕向けていたのだ。要は、お茶会の前から、すべては私の手のひらの上にあったということ。


「あの……近々、レイラ嬢とショワジー小伯爵が婚約するらしいです。何でも、ショワジー家のほうがかなり渋っていたらしいんですけど、レイラ嬢が小伯爵を連日激しく責め立てたんだそうです。それに耐えかねた小伯爵が、伯爵夫妻に懇願した末のことらしいですよ。毎日のように強引に押しかけてくるレイラ嬢と、そのはしたなさに激怒する伯爵夫妻とで、ショワジー家は今も大騒ぎのようですよ」


 マリエーヌの報告に、私は右往左往したであろう伯爵夫妻が少し気の毒になる。そして、カメリアのことを思うと、ずっと将来の義姉として慕ってくれていたのに、そうなってやれなかったことを申し訳なくも思う。


 同時に、私にはもう、ロベルに何の感情もないことに気づかされる。こんな話を聞いても、まったく心が動かない。


「それが彼女の目的だったんだから、いいんじゃない? 目的を果たしたんだから、これで私にかまう必要もないだろうし。私としては、面倒な悪縁が切れて、さっぱりとしたわ」

「ディア様のサルグミン家と、ショワジー家との関係に変わりは?」

「今のところは何も。変わってないわ」


 だが、双方の家が代替わりしたら、関係は間違いなく変わる。

 お兄様はロベルに激怒しているから、おそらくショワジー家との関係は断つ方向に動くだろう。家門の間に生じたいざこざは、後々まで尾を引くものなのだ。


「ところでディア様、モンタナ侯爵夫人が、ある方の婚約者を探されているそうですよ」

「夫人が? どなたの婚約者をお探しなんですか?」


 私は婚約破棄をしたばかり。本当は、他人の婚約の話なんて、どうでもいい。よくある噂話の一つとして、適当に聞き流すつもりでいた。


「それが……どうも名門貴族の方みたいなんです」

「ふーん……。情報通のマリエーヌ嬢なら、誰なのか、見当はついているんでしょう?」

「ええ……。それがなんと、噂の冷血公爵様らしいんです」


 ああ……冷血公爵ねえ……。

 正しくは、ノルマン・モントロー公爵。彼の噂は、私でも知っている。なぜなら魔物討伐に、精霊師を雇うことなく、わざわざ公爵自身が剣を持って出て行く珍しい貴族だと、ギルドの仲間たちの間でよく話に出ていたからだ。


 そうする理由は、公爵が魔物を剣で切り裂くのを楽しんでいるからだと。

 嬉々として恐ろしい魔物に斬りかかり、返り血を浴びながら、倒した魔物を足蹴にして満足そうに高笑いするのだとか何だとか……。


 おまけに、数年前に若くして公爵位を継いだこともあり、家門の中にはそれを承服しかねる動きもあったが、それらの反乱分子を、家臣たちの面前で無慈悲に処刑したともいわれる。

 他にも、既成事実を作って公爵夫人の座に就こうと彼の寝室に忍び込んだ女性を、見つけるや否や半裸の状態のまま、厳寒の屋敷の外に叩き出したという話もあった。


 それらさまざまな逸話を重ねたがゆえの、冷血公爵の異名だ。


「だから、いくらモンタナ夫人からのお話でも、そんな恐ろしいところに娘はやれないと、お話のあった家門ではお断りしているそうです。でも、公爵家から贈られる多額の支度金目当てに、困窮している下級貴族の中には娘を売るも同然に婚約させたいと申し出る家もあったそうですが、それについてはモンタナ夫人のほうがお断りしているそうですよ。夫人のお眼鏡にかなうご令嬢でないと、ということらしいです」


 マリエーヌからそんな話を聞いた日の夜、お父様が私を執務室に呼んだ。

 行ってみると、執務室にはお父様だけでなく、お母様も、お兄様もいた。三人とも、なぜか渋い顔をして座っている。


「ディア、実は話があってな……」


 言いにくそうなお父様に代わって、お母様が口を開いた。


「モンタナ夫人から、あなたに縁談のお話があったのよ……それであなたの意見を聞きたくて」


 モンタナ夫人? 

 あ……。それはもしかして。

 

 お兄様が続ける。


「ディア、嫌なら嫌と言っていいんだぞ。他でもない、お前を可愛がってくれているモンタナ夫人からの話だから、断るにしても一応、お前の意思も聞いておかないと、と思っただけなんだから」


 どうもお兄様は断る前提らしい。

 それで聞かされた話は、やっぱり予想通りの、冷血公爵との婚約だった。


「どうしたいか、正直に言ってくれ。断って構わないんだぞ……。大貴族とは言っても、あのモントロー公爵だからな……」

「そうよね。焦ることなんて、ないわ。あんな怖そうな人と結婚だなんて……」

「そうだぞ、ディア。結婚なんて、無理にすることはないんだから……」


 三人とも、私が当然断るだろうと思って、心配してくれている。


 マリエーヌの話を、始めは適当に聞き流すつもりでしかなかった私だが、あの後、少し考えてみた。

 そうしたら、もしかして私にとっては、すごく都合のいい話なんじゃないかと思えてきていたところだったのだ。


 私の年齢で、次の婚約はなかなか難しいことだろう。誰かと恋愛ができればいいけれど、私はそういう方面がまったく得意じゃない。

 私自身、本音を言えば、どうしても結婚したいわけではないけれど、いずれお兄様も結婚して、この家を継ぐ。そうしたら、私がこのまま屋敷にいては、お兄様の奥様に余計な気を遣わせることにもなりかねない。悪くしたら、私が居座っているせいで、お兄様の婚期が遅れる可能性だってある。

 そう思ったらますます、私にとってはいい話なんじゃないかと思えるのだ。


 それに……。

 私は、ロベルの「優しさ」というやつに、これまで散々、振り回され、弄ばれてきた。

 だとしたら、もうこれはいっそ、ロベルとは正反対の「冷血」と呼ばれるくらいの人のほうがいいのかもしれない。冷血な人に期待なんて、はなから何もできるはずがないのだから。期待しなければ、振り回されることもない。


 優しいだけの人は、もうコリゴリ……。


 そしてもう一つ、冷血公爵様は、魔物討伐に精霊を使わない。だとしたら、私が精霊師だって隠していても、罪悪感を持つ必要がない。


 これが普通に魔物討伐に精霊師を呼ぶ家門であれば、領地に魔物が現れて精霊師を必要としている時なのに、それを隠していないといけないというのは、かなり後ろめたい気分になるはずだ。

 でも、公爵は、好きで精霊師を呼ばずに自分で討伐に出るんだから、これに私が気後れする理由はまったくない。

 しかも、持参金不要だなんて! 借金はあらかた返し終えているとはいっても、まだまだ余裕のない我が家にとっては、有難い限り。


 考えるほどに、私にはいいことしかない……気がする。

 だから――いいんじゃないかな?


「私、そのお話、お受けします。冷血公爵様と婚約します」


 自分でも驚くほど、きっぱりとそう宣言した。

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