再会は思いがけずに
「地味ですか……。そうでしょうか? このドレスは、ヘラナス王国でしか織ることのできない、とても貴重な生地を使って、王妃様が贔屓にされているアマリリス衣裳店で作られたものです。ヘラナス製の生地はとても高価なので、アマリリスでしか今のところ扱われていませんし、アマリリスのデザインであることは、日頃からあの店に通い慣れているご令嬢でしたら、一目でわかるはずなんですが……おかしいですねぇ。せっかくのお招きですから、『いい機会』と思って、着てきましたのに……」
柄ではないけれど、私史上最大に厭味を込めて皮肉る。
返す言葉を失くして、こちらを睨むしかないレイラ。
ああ、そんなに唇を噛んだら、血が出てしまうのに。
大人しくてやられっぱなしだと思い込んでいた私が、予想外に豹変して、きっと驚いたことだろう。
でも、これが本当の私だ。ロベルの前では、何となく彼のペースに呑まれて、事を荒立てないようにとばかり考えていた気がする。
レイラが好んで着ているドレスが派手なのは知っていたし、デザインの派手さが優先されて、生地は安価なものを使いがちなのもわかっていた。
第一、あんな派手なだけのデザインは、王都の一流店は扱わないのですが、そんなことはやっぱり、ご存じなかったようですね、いろいろと……。
あなたが地味と蔑んだ私の装いは、王国の名門貴族であるサルグミン家の品格を表しているのですがね……。
これまでのうっ憤もあるせいか、次々と湧きあがってくる、嫌みな思いが止まらない。
でも、今だけは、この品のない毒付きも自分に許していいよね。
先ほど目配せしてきた令嬢に、ちらりと視線を送る。
彼女は、マリエーヌ・サージュ子爵令嬢。サージュ子爵家は、サルグミン家とは何代も前から付き合いのある家門だ。それもご存じなかったらしい。ここまでくると、さすがだわ……。
マリエーヌが声を上げる。
「あの……ディアロッテ様。そのネックレスは、先代のサルグミン伯爵様が国王陛下から賜った『精霊の双眸』ではないですか? 父から話に聞いたことがあります。昼と夜とで、宝石の色が変わるのですよね? なんて素敵なんでしょう! それを直接拝見できる機会をいただけるなんて、来た甲斐がありましたわ!」
マリエーヌ嬢、期待以上の働きだ。賢い人なんだろうな。
ネックレスは一見、ありふれたデザインに見えるかもしれない。しかも、幾つかついている宝石はどれも小さく、昨今の大ぶりな宝石を用いたデザインの流行からすると、地味なデザインに見えるだろう。
けれどこの宝石は、昼夜で色を変える珍しいもので、滅多に手に入らない。採掘できた鉱山は何十年も前に閉じていて、今から新しいものは手に入らないからだ。
だからこの宝石を持てるのは、王家に近しいか、よほど裕福な家門のみ。
いずれも無縁の男爵家程度なら、無知なのも無理はない。
しかも、王家からの御下賜品を貶めるような物言いは、王家への侮蔑と同義。
さすがにこれは理解できたのか、いささか青ざめたレイラが、助けを求めてロベルを見た。
しかし、ロベルの口は堅く閉ざされたまま。
さすが、まったく役に立たない、元婚約者様!
では、このあたりで許してあげるとしましょうか。
「どうも、クレモ男爵令嬢は、サルグミン伯爵令嬢の私がこの場にいるのは、ふさわしくないと思われているようですね。もっとも、王国でのマナーに則れば、なぜ伯爵家の娘である私が、交流のない男爵令嬢に招かれるのか自体がふさわしくありませんでしたが。ま、不埒な目的あってのお招きだということは、しっかり理解できました。この件については、サルグミン家門の中で周知しておくようにします。では、私はここで失礼いたします。皆さま、ごきげんよう」
嫌みなほど完璧なカーテシーをしてみせると、私は席を立ち、くるりと背を向けた。
あ、そう言えば一つ忘れていた……。これも言っておかないと。
私は足を止め、ロベルに振り返る。
「ロベル様、いえ、ショワジー小伯爵様。サルグミン家からは数日前に、婚約破棄の証書をすでにお届けしております。まだショワジー家からは何もお返事がないようですが、王国法に基づきますと、いずれか一方からの正式証書による意思表示があれば、破棄は成立いたします。ですので、私とはすでに正式に婚約破棄しております。ですから今後はどうぞご勝手に。なお、私はもう、小伯爵様に何の気持ちもございません。ああ、今までありがとうございました、と申し上げてはおきますね。では、さようなら、ごきげんよう!」
言うだけ言って、またくるりと背を向ける。
永遠に「さようなら」だ。
モヤッとしていた胸の内がすっきりする。
ロベルは何も言わなかった。
とはいえ、何か返されたところで、答えるつもりもなかったが。
私に続いてマリエーヌ嬢が席を立つと、他の客たちも次々と腰を上げる。
「私も、この辺りで失礼いたしますね」
「あ、僕も用事を思い出しましたので……」
「申し訳ありません、私も早く戻るように父から言われていたものですから……」
「私も……」
後のことは、知らない。
(このネックレス、早く帰ってお母様に返さないと!)
とにかく、これでロベルとのことに、私は自分の中で最後の片をつけることができ、胸がすいた。
◆◆◆
「主君、今なら大丈夫です。早く出ましょう」
副官のステファンに言われて、ノルマンは身を潜めていた部屋の窓から急いで抜け出した。
二人は、クレモ男爵の屋敷に探す物があり、忍び込んでいたところだった。
目的の物を探し当て、屋敷を抜け出そうとしていたところに、不意にメイドが通りかかる。それをやり過ごすために、慌てて近くの空き部屋に滑り込んで身を潜めていたのだ。
だが、すぐに通り過ぎると思っていたのに、メイドはなかなか去ってくれない。
扉を隔てた廊下で掃除でもしているのか、人声と物音が途切れる気配がなかった。しかし部屋の窓から出ようにも、見える位置にテラスがあり、そこでは客人らしき数人の男女が席につき始めていたからだ。
ちっ、とノルマンは舌打ちする。
依然、廊下にはまだメイドたちの気配があり、反対側の窓の外にも人がいる。ノルマンもステファンも、誰かに見られていいはずがない。
(仕方ないな……。テラスの集まりは茶会か?)
こうなったら、ついでにクレモ男爵家とつながりのある家門を知っておくのも悪くないだろう。
廊下か窓の外、いずれかの人の気配が消えるまで、ノルマンはこのまま身を潜めていることにした。
「サルグミン嬢。よくいらしてくれましたねぇ」
テラスから不意に聞こえてきた名に、どきりとする。
(あの夜会の時の令嬢か? 男爵家と何のつながりが……)
ああ、そう言えばステファンからの報告で、サルグミン嬢を酔うに至らせた元凶が男爵の娘だと聞いていた。だとしたら、これは……。
テラスから聞こえる会話に聞き耳を立てていると、予想通り、今開かれている茶会は、男爵令嬢がサルグミン嬢への嫌がらせのために設けた席らしい。
だが、開始早々、雲行きが怪しい。
男爵令嬢の無知を突き、サルグミン嬢がわずかな時間で決着をつけたのだ。
おまけに元婚約者に、見事な啖呵を切った。
(あの令嬢、やってくれるな……)
「サルグミン嬢のおかげで、早く抜け出せましたね」
ステファンも聞き耳を立てていたらしい。彼女の反撃のおかげで、茶会は早々にお開きとなったからだ。
ノルマンはあの夜、酔って泣き笑いしていた令嬢の姿を思い出して、ぐっと笑いをこらえた。




