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優しいあなたに、さようなら ~二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした  作者: ゆきのひ
1章 王都編

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予期せぬご招待

「あれ? ……お兄様?」


 目が覚めたら、私は馬車に揺られていた。

 目の前では、お兄様が眉をひそめている。


「ディア、起きた? まったく……」

「私、庭園にいたはずなのですが……どうして馬車に?」

「君が酔って寝てしまったって、知らせに来てくれた人がいたんだよ」


 ホールにいたお兄様は、見知らぬ騎士に呼び止められた。

 案内されて庭園へと出ると、その騎士の(あるじ)に横抱きにされ、ぐっすり眠りこけている私がいたのだと言う。


「いい人で良かったよ……。あんな大きなパーティーで、一人で庭園に出て酔いつぶれていたなんて。貴族の令息には不届きな奴も大勢いるんだ。危ない目にあっても、文句が言えなかったんだからな」

「はい……お兄様の言う通りです。誠に申し訳ありません……」


 短い間だが、大した酒量でもなく、しばし眠って酔いも醒めた私は、ただ面目のなさと恥ずかしさに身をすくめた。


「まあ、いいだろう……運よく、何事もなかったんだ。それに、ディアが酔いたくなった気持ちも、わからないわけじゃない。あんなことがあったんだから」

「そのことだけど……」


 私はロベルから、まだ結婚はできないから婚約破棄しよう、と言われたことをお兄様に告げた。当然のようにお兄様はロベルに激怒する。


 でも、もうそのことは、私の中で結論が出た話だから、いいのだ。

 それよりも今は知りたいことがある。

 お兄様を何とか(なだ)めると、「ところで……」と話を変えた。


「その……私を連れてきてくれた方って、どなたでしたか?」


 その人は、隣に静かに寄り添うようにいてくれた。

 ロベルといても決して感じたことのなかった安心感に包まれ、心地よかったのだ。

 だが同時に、自分の見苦しい有様をばっちり見られていたことも思い出し、顔から火が出るほど恥ずかしくなる。


「それなんだけど……。僕にもわからないんだ。身なりや、彼への周囲の者の態度からして、高位貴族であるのは間違いないんだが、見覚えがないんだよ。名前を尋ねる間もなく、立ち去ってしまったんだ……。これまで王宮で見かけた記憶がないのだから、王都から遠い領地のご令息ではないかな」

「そうですか……」


 いい人だったな……。

 また会うこともあるかな……。


(でも、あんなみっともないところを見られちゃったんだから、顔を合わせづらいかな……)


 少し残念な思いに、胸の奥が痛んだ。

 

 ◆◆◆


 翌日、私はお父様に「ロベルとの婚約を破棄したい」と言った。

 意外にもお父様は、あっさりと賛成してくれた。「ディアがそれでいいなら」と言い、それ以上、この件について触れることはなかった。

 たぶん、昨夜のうちにお兄様が話しておいてくれたのだろう。夜会でのロベルの様子と共に。


 その日のうちに、サルグミン家当主のお父様の名で、正式な書面にてショワジー伯爵様に婚約破棄の意向が伝えられた。「小伯爵もすでに承諾されてのこと」と一筆添えられて。


 だが、ショワジー家からは、何の返事も返って来なかった。

 でも、こちらは当主の名で明確な意思表示をしたのだから、返事があろうとなかろうと、婚約は破棄されたのだ。


 「お嬢様、お手紙が届きました」


 それから数日経って、カーラが封書を持ってきた。ショワジー伯爵からか、ロベルからの最後の別れの手紙か……と思って手に取ったら、見慣れない印章が押されている。

 不思議に思って開いてみると、お茶会への招待状だ。

 差出人は、レイラ・クレモ男爵令嬢。

 

 なぜ私に? と思うが、これが私を貶めるためのもの以外に、どんな意図がある?


 当然ながら、どうせよからぬことを企んでいるだろうと、断りの返事をすべきか。それとも、あえて火中に飛び込んでみるか……。


 カーラが部屋を出て行ったのを見届けると、猫のルオンが机に上がってきて、ぐーんと伸びをした。

 机の上に置いた招待状に目をやったルオンが、「それ、どうするの?」と私を見る。

 毛玉も私の肩に乗り、「どう、するの?」とルオンを真似る。


「逃げるのは、性分じゃないよね」

 

 私は早速、「喜んでお伺いいたします」と返事を書いた。




 そして、問題のお茶会の日。

 クレモ男爵家に到着すると、メイドがテラスに案内してくれた。お茶会の支度が整えられたテーブルには、すでに三人の令嬢たちが席に着いていた。


 しかし、令嬢だけではない。彼女たちのパートナーである令息たちもそれぞれの隣の席についている。

 ここでパートナーがいないのは、私だけ。

 でもこの中で、家門の爵位が一番高いのは、私。高位貴族らしく、何ら動じず背筋を伸ばす。

 皆、私の顔色を伺うようにして目を伏せた。


(やっぱり幼稚ね……。想定内だけど)


 その中の一人の令嬢が、私に目配せした。私も視線で返事をする。


 招待状に返事を書いてすぐ、私はランセットに他の招待客が誰なのかを調べてもらった。

 王都のどの屋敷にも、ランセットの息のかかった使用人がいる。使用人に聞けば、招待状を届けた家門も、届いた家門も、すぐに知れてしまう。

 だから、私以外の令嬢たちが「必ずパートナー同伴で」と招待されたことも知っていた。だから、この程度のことは何のダメージにもならない。この後の展開も、容易(たやす)く予測ができる。


 私が席に着くと、そのタイミングでレイラが現れた。

 これ見よがしに派手に着飾り、下品なほどデコルテの広く開いたドレス。そして彼女の隣には、パートナーとしてロベルがいた。

 彼は私がいることを知らなかったのか、表情を暗くして私からすっと目をそらした。


「サルグミン嬢。よくいらしてくれましたねぇ」


 レイラは、明らかに小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべた。

 よくも恥ずかしくなく、この場に一人でいられるもんだ、とでも嘲笑いたいのだろう。しかも、元婚約者が新しい女といる席に。

 

 私はあえて、ロベルが目に入っていないかのように平静を保って答えた。


「いえ。我がサルグミン家は、これまでこちらのご家門ともご令嬢とも、ご親交がまったくありませんでしたのに、このたびお招きいただいたので不思議に思いました。ですが、どのようなおもてなしをお考えなのか、ぜひ拝見しておかねばと思いまして」


 サルグミン家は、メロビング王国建国時から続いている古参の伯爵家だ。いまだ王家の覚えもめでたく、伯爵家とは言え、家柄だけを言えば侯爵家にも準じる地位にある。

 そんな名門伯爵家を、まったく接点のない、格下の男爵家が突然招待状を送り付けてくるなど、儀礼上はあってはならないことだ。にもかかわらず、その無礼に目をつぶって、わざわざ出向いてやったんだから感謝しろ、と言外に込めて言ってやった。


 しかしレイラは、私の言葉の真意をくみ取ることはできなかったのだろう。

 まあ、これまでのくだらない振る舞いで、程度は知れている。隣にいるロベルは私の言葉の真意に気づき、苦い顔を見せた。


「それにしてもサルグミン嬢は、いつ見ても貧相……いえ、慎ましい装いがよくお似合いですねぇ。特に、どうしてそんなネックレスを選んだんですか? ほんと、安っぽいデザイン……。ふふふっ、私にはそんな地味なものがとても似合わないものですから、羨ましいですわぁ」


 安っぽくて、地味ねぇ……。

 他の令嬢たちが何とも言えない渋い顔をしているのに、気づいていないのか?


 意外とレイラ以外の令嬢たちは皆、見る目があるらしい。ランセットの情報では、ここに集められたのは、レイラとさほど親しい友人ではないとのこと。


 ロベルも察して黙り込んでいる。ここでまったく理解していないのは、レイラだけ。


 こんなこと、とても口にしたくはなかったけれど。仕掛けてきたのはそちらですから。

 私にも反撃の権利くらいはあるでしょう。


 私は一呼吸して、口を開いた。

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